88 西のサライ/ケント商隊の宿泊スペースにて

 皆、それぞれの宿泊スペースに戻った。


 「はぁ~!落ち着く~」


 ラクトが寝袋の置かれた木製の台の上に、仰向けになって寝転んだ。


 「でもお前ら、今日は本当に、よく頑張ったな」


 ケントが、嬉しそうに3人に言った。


 「へへ……」

 ラクトが照れ臭そうに、鼻をすする。


 マナトは部屋の端に設置されている、石のイスに座り、同じく石のテーブルの上に持参したマナのランプを置いた。


 ミトは、いつかのように、また多肉植物をサライの外から摘んできていた。


 そして、すり鉢を取り出し、地べたに座って、何やら作業を始めた。


 「おう、また薬作りか」

 「はい。……ええと、アクス王国での訓練で、結構、消費しちゃったから、増やせる時に増やそうと思って」


 ミトは多肉植物のトゲトゲした堅い葉に切り込みを入れ、中の果肉を取り出し、木の実や根っこなどと共に鉢に投入すると、すりこぎ棒ですり始めた。


 ミトの作業を見守りつつも、ケントは言った。


 「お前ら、今日はもう、早めに休んでいいからな。俺も……ふぁ~」


 ケントがあくびした。


 「さっさと寝るぜ。おやすみ~」

 「あっ、はい、おやすみなさい……」


 ――パタン。


 ケントは個室に入り、扉を閉めた。


 「……」


 ラクトが、薬作りをするミトの近くにやってきた。


 「今の、演技だと思う?」 

 小さな声で、ラクトが言う。


 「いやぁ……正直、ぜんぜん分からないなぁ」

 ミトがすりこぎ棒を回しながら、首をかしげた。


 ウテナより、もしかしたら、ケントもフィオナも、深夜に外に出てくるかもしれない。そうなったらいよいよだ。2人が出ていったら、みんなもこっそりと外に出ちゃおうという提案を受けていたのだ。


 大学のサークルや仲間うちでありがちな、悪ノリのようなそれだ。


 「ラクトさ、さっき、みんなで何話してたの?」

 「あぁ……ウテナが、落ち込んでたんだけど」

 「あっ、そうなの?」

 「でも……う~ん、わかんね。お前が来たら、パッと顔上げたんだよ」

 「へぇ」

 「やっぱり、女って、分からねえ……」

 「あはは、ラクトは、昔から、女の人が苦手そうだったからなぁ」

 「それを言うなよ……んっ?」


 ラクトは、イスに座って、会話に参加せず、マナのランプに照らされたテーブルの上で筆と紙で書き物をしているマナトを見た。


 「おい、マナト」

 「んっ?」

 「なに、長老みたいなことしてんだよ」

 「あぁ、いや、さっきここに来るまでに、ケントさんにジン=グールについて教えてもらったことを、記しておこうと思って」


 マナトは言うと、また筆を走らせた。


 ケントは、ジン=グールについて、少しばかり知っていた。


 ケントいわく、ジンの中でも異質な存在で、言うなればジンの亜種のようなものなのだという。


 何より、人間を喰らうという常軌を逸した行動については、他のジンには見られない、ジン=グール独特の習慣とのことだった。


 また、人間を喰らう際は、その生死を問わないほか、死後の経過時間もある程度までは問わないらしい。


 そして、人知れず死人のもとへ、または、死にゆく者のもとへと訪れる。


 そのため、その姿を見ることはほとんどないという。


 だが、ごくまれに、先のように生きている人間に襲いかかるジン=グールもいるのだという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る