69 塵と雨
――カンカンカン……。
少し高音の、鐘の鳴るような音が、草原に鳴り響いた。
と、ジンが攻撃をやめた。
「ハァ……ハァ……?」
息があがり、傷だらけな上、ダガーを失ったミトとラクトは、身構えたまま、硬直している。
「……仕込みの時間だね~」
ジンは、腹の下にずり落ちている前掛けのポケット部分から、手の平サイズの懐中時計を取り出した。懐中時計はカンカン……と鳴り続けている。
「まったく、いくらジン=マリードといっても、ちゃんと、休息は取らないといけないんだけどなぁ~」
ジンは苦笑しながら、懐中時計を軽く振った。すると、鐘の音が止まった。
「料亭へ戻らないとね〜!」
――サァ~。
「なっ……」
3人は、ジンの足下の異変から目を離すことができなかった。
ジンの、太い足の爪先から、塵となって消え始めた。
「また今日も、長い一日が始まるよ〜。やれやれ〜、若い者を相手にするのは、大変だな〜。最初は全然、死んでもらおうと思ったんだけど……そう、どこか、君たちが、私の料亭のコたちと似てたんだよね〜」
話しながらも、ジンは、少しずつ、足から消えてゆく。塵は、風になびいて飛散しゆく。
「契約だよ〜。私の正体を他人に漏らさないこと、いいね~?まあ、君たちがいくら言っても、この王国の人々は、どうせ信じないと思うけどね~」
膝あたりまで消えたジンが、マナトのほうを向いた。
「さっき君が言ったみたいに、私をジンって思いたくない人が、たくさんこの国にはいてくれるからね〜!」
今度は、ミトとラクトを見た。
「君たち、ホント強いね〜!人間ができる動きの限界をかる〜く超えてたよ〜。力を合わせれば、ジンの中でも、シャイターンくらいまでは勝てるかもね〜」
――サァ〜。
足全体がなくなった。腰が消えゆく。
「あっ、あと、普段、ジンはジン同士、不干渉条約が暗黙の了解であるんだけど、これは私の名誉ために言っておくけどね~。今、王国の外で暴れているジンは、私ではないよ~。それだけは、信じておくれ~。それじゃ……」
「て、亭主!!」
マナトが叫んだ。
亭主、という言葉を聞いて、バストアップだけを残したジンはピクッとなった。
そして、マナトのほうへ振り向いた。
「料亭の客として、言わせて下さい。もう、カメ肉は、出さないでくれませんか?」
「ん〜。それを食べて、美味しいって言ってるの、当の君たち、人間なんだけどな〜?」
「もし、聞き入れてくれたら、いいこと、教えてあげますよ」
「……」
ジンは答えない。もう、顔まで消えつつある。
マナトは構わず言った。
「オリーブは、加熱すると、苦みが和らぎます。あと、果汁に油分が多いので、搾油もオススメです」
「……フッ」
少し、ジン……料亭の亭主の、丸メガネの奥の目が、笑ったような気がした。
そして、全てが塵となって、消えた。
――パタッ。
3人とも、仰向けになって、倒れた。
――ポツ、ポツ。
……あぁ、そっか。延々、火と、水で……。
――サァ〜。
小雨が降り始めた。
マナトの頬と腕、少しヤケドした所に、雨があたってヒリヒリした。
……ヤケドの痕、残っちゃうかなぁ。
「……雨だ」
「……初めて見た」
ミトとラクトがつぶやいた。
負けた3人に、少しの間、雨は優しく降り注いだ。
(アクス王国/ジン編 終わり)
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