58 ジンの恐怖②

 「……フゥ~」


 ラクトが一回、大きく深呼吸した。自分で自分を落ち着けている。


 ミトはまだ、少し震えていた。恐怖が、怒りを上回っているように、マナトには思えた。


 ……そうだよな。ミトは一度、ジンにさらわれているんだ。恐くないわけがない。幼い頃の、大きな心の傷として、残っているんだ。


 正直なところ、マナトにとって、ジンは、人魚やドレイクなどの延長戦上でしかなかった。彼らも十分、マナトにとっては怪物だ。


 だが、こうして、実際にジンに出会って、そして今、ミトとラクトの反応を見て、初めて事の重大さが分かった気がした。


 「ごめん……」

 マナトは謝った。


 「マナトが謝ることないぜ」

 ラクトが言った。


 「いやでも、やっぱり、僕は分かってないなって。とりあえず、ケントさんにも、この事を言ったほうがいいね」

 「だな。しっかし、なんで、料亭の亭主に化けてるんだろうな ?」


 ラクトはもう、落ち着いたようだ。


 「全然、分からない」

 「まあ、なんで人間を襲うのかも分からねえのに、亭主に化けてる理由なんて、分かる訳ないか」

 「あの、盗賊が襲われたとか言ってたのも、あの亭主が襲ったって、ことなのかな」

 「おそらくな」

 「……いや、もしかしたら、まだ、時じゃないのかもしれない」


 マナトとラクトがしゃべっていると、ミトがつぶやいた。


 「時じゃない?」

 「うん。まだ人を襲う時じゃないってことだよ」

 「そんなのがあるのか?」


 ラクトの問いに、ミトがうなずく。


 「盗賊が襲われたのについては、ちょっと分からないけど……でも、僕の街が襲われたとき、ジンはどうやら、少なくても3年以上は潜伏していたらしいんだ」

 「へぇ。結構長い潜伏期間だな。何でだろう?」

 「理由は分からない。でも、ジンは、場合によっては何年も、その地に居座り続けることもあるみたいなんだ」

 「なるほど。つまり……?」

 「まだ、間に合うって、ことだよ……!」


 ミトの震えが、止まった。


 「この王国内の人間が襲われる前に、か」

 「うん」

 「よし!」


 3人はラクトの部屋を出ると、ケントの個室に直行した。


 ――コン、コン。


 「ケントさ~ん」

 「……いないっぽいね」

 「こんな時に、あの人は!」

 「フィオナさんとこかな?」


 マナトが言った。


 「よし、そっちだな」


 ラクトもミトも、くるりと向きを変えた。


 ……えっ、行くの?


 今度はフィオナの個室に行き、扉を叩いた。


 「……いないな」


 もし、いたとしても……いや、いたら逆に、出て来ないんじゃないかなと、マナトは思った。


 「えっ、ど、どうする!?」

 ラクトが、少し焦った様子で、ミトとマナトを見た。

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