57 ジンの恐怖①

 「あっ、ミト」

 「やあ」


 先に、ミトがラクトの個室にいた。


 ラクトの少し曇った表情と違い、ミトはいつも通りの、穏やかな、晴ればれとした顔をしていた。


 ……ミトといると、何だか、気分が落ち着くなぁ。って、これ、ラクダ達を見てるときに思ったことじゃないか!


 謎の一人ツッコミを、しかも心の中でマナトはしていた。


 「夕飯に出た、みんなが美味いって言いながら食べてたカメ肉なんだが……」

 ラクトが扉を閉めながら、2人に言った。


 「あれは、カメの肉じゃねえ」


 ……あっ、そこ?


 「あっ、そうなの?」


 ミトの言葉に、ラクトがうなずく。


 「俺は、カメの肉を食ったことがある!」

 「へぇ!」

 「マナトは知らないかもだけど、キャラバンの村に隣接する密林の奥に、地下水が沸き上がって出来た、大きな湖があるんだよ。そこでカメを捕まえて、美味いかどうか、試しに焼いて食ってみたことがあるんだ」

 「えぇ……あそこの湖のカメちゃん達、食べたの……?」


 ミトが、ちょっと引いている。


 ……ラクト、やっぱ野性的なとこ、あるな。


 「いや、そこは、今はとりあえずどうでもいいんだよ!あのぽっちゃり亭主が秘境のカメ肉とかどうとか言ってたけど、いくら何でも違い過ぎたんだ。つまり、亭主はウソをついているってことだ」

 「なるほど。……でも、何で?」

 「いや、分からん。……で、マナトだ。あのとき、マナトも何か、亭主に対して思うところがあったんだろ?目が合ったし」

 「あっ、うん……」


 どんな形であれ、あの亭主に対して、ラクトの中の野性の勘ともいえる、第六感が働いた、ということだろう。


 マナトは素直に、ラクトのことを、すごいと思った。


 「実は……」


 マナトがありのまま、見たことを話し……


 ――ザッ!!


 ミトとラクトが急に立ち上がった。


 「……」

 「……」


 2人は無言でマナトを見下ろしている。


 その大きく見開いた目には、恐怖と、憤怒が入り交じっている。口は開いているが、声になっていない。


 そして、2人とも、震えていた。


 「……マナト」


 ようやくラクトが、その震える唇を動かした。


 「よく、お前、そんなのを目の当たりにして、あんな平静でいられたな」

 「……うん。それ、僕も思った」


 ラクトの言葉に、ミトも小さく頷いた。


 「たぶん、僕はまだこの世界に来て日が浅いから。でも、見たときはもちろん、心臓が飛び出るくらいに、ビックリしたけど」

 「やっぱり、潜んでいたんだ……!」

 「クソッ!!何が護衛団だ!完全に王国内に入れちまってるじゃねえか!」

 ラクトが吐き捨てるように言った。


 ……僕らの食べた肉って……。


 マナトは思ったが、言えなかった。

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