27 サライ/マナトの水壷

 このヤスリブ世界では、キャラバンによる交易は様々な村や国でも行われていて、そのキャラバン達が各地を移動する際、中継地として利用している建物のことを『サライ』と呼んでいた。


 もちろん、タダではない。クルール地方で流通している銀貨を支払うことで、キャラバン達はサライに入ることが許された。


 サライは各地に散在しており、建物の構造は各サライによって違いはあるが、基本は石造りの回廊かいろうで四角く囲まれ、内部には中庭が広がっている。


 回廊内には生活をするための様々な設備が備わっており、料理をするための厨房や浴室、宿泊するためのスペースなどが設けられている。


 また、中庭は主にラクダなどの動物を休ませ、世話をする用途となっていて、水場もあった。


 「みんな、お疲れさま」

 マナトはラクダ達に語りかけた。


 ラクダ達を中庭に移動させ、彼らの背中に取り付けていた荷物や交易品を降ろしてやり、水場で水を飲ませていた。


 みんな美味しそうに水を飲むと、四つ足を折り曲げて座り込み、じ〜っとマナトを見ていた。


 ラクダは、口の形や目の感じから、何ともいえない脱力系の顔をしている。


 移動中も、まったく暴れることもなく悠々としていたし、本当に穏やかな性格の動物なのだと、マナトは思った。


 ちなみに走るとそこそこ速いらしい。


 「マナト〜。俺にも水くれ〜」


 荷物や交易品を、回廊内に運んでいたラクトが言った。


 「はいよ〜」


 マナトは右腰につけていた、水筒サイズの水壷を持って、ラクダから降ろした荷物の中からコップを取り出して水を注ぎ、ラクトに渡した。


 「ゴクゴク。んめぇ!」

 ラクトは水を一気に飲み干した。


 「もう一杯、飲む?」

 「もう一杯!てかやっぱ便利だな〜、その水壷」

 「へへっ、まあね」


 この水壷、中の水が空になることがない。


 いや、正確に言うと、空にはなるのだが、この壷のサイズでは考えられないほどの、もの凄い水量をこの水壷から出すことができた。


 この水壷にマナを込めて、水を入れまくったのだ。キャラバンの村の銭湯の、湯船くらいは入っている。質量保存の法則は完全に無視していた。


 マナトがマナを取り込み、水を操れる能力者になって、最初につくったのが、この水壷だ。


 自分で発案した訳ではない。すでに水壷はキャラバンの村にあって、長老から教えてもらって、それで自分でつくったのだ。


 ちなみに、マナトがこの異世界ヤスリブに来てから、数ヶ月ちょっと経っていた。


 この交易に向けて、朝と昼は村の畑で農作業を手伝いつつ身体を鍛え、夕方からは水の能力の訓練や研究を長老の指導下のもと行ったり、ケントにダガーを用いた剣術を教えてもらったりした。


 身体能力はミトやラクトに遠く及ばないが、何とか皆についていけるだけの体力はついたようだ。


 また、ミトやラクトからこの世界の文字、いわゆるヤスリブ文字を教えてもらって、マナトは、少しずつだが簡単な文字なら理解できるようになってきた。

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