CASE2「終点、君の声」
カンカン、カンカン。踏切の音に振り返る。通り過ぎて間もない踏切を意味もなく振り返って見たのは何の因果か。これがアルコールのせいではなく、運命の一種であればいい。だとしたら悔しいけど、嬉しい。
終電直後の暗闇に赤く明滅する人影があった。見間違えるはずもない。そこには、五年ぶりに見る君がいた。長く艶やかな黒髪は肩口ほどの長さになって、明るい色に染まっていた。何より、隣には男がいた。
中学の頃の同級生で、何をやらせても上手くやる奴だった。女の子としての称賛を欲しいままにしてた君とは、悔しいけどお似合いだ。
――僕はいつも、やる事為す事が裏目に出る。例えば高校生の頃、君と仲のいい女の子から「よろしく伝えておいてって」なんて言われて、僕のことを好きになってくれた恋人を無下にした挙句、別れを切り出され、別れた頃を皮切りに、君の視線を感じなくなった。
てっきり僕は、本当は両思いなのだと思っていた。中学の時に周りに冷やかされていたことも、休みがちだった頃に欠かさず連絡してくれたことも、無意味ではなかったのだと思った。君が僕との共通点を話すのも、君と話していない時でさえ、隣に座る君が僕の言葉で笑ってくれるのは、君が僕のことを好いているからだと思っていた。
冴えない男の都合のいい思い込みと言えばそれまでだし、彼女が所謂〈魔性の女〉だったとしても納得できる。今となってはどちらでも構わない。きっと君は、誰に対しても人が良くて、どの角度で切り取っても美しかった。全て勘違いだったとしても、例え一生物の傷だとしても、それでも僕は、君のことが好きだった。
他の異性に惹かれても、必ず君と比べてしまう。そうして誰も君に勝りはしなかった。それぐらい痛々しく、君のことを愛していた。
いずれにせよ、僕が気を持てば、相手は気を失くすのだ。何をやっても上手くいかない、どうあっても裏目に出る。都合のいい空想は外れ、都合の悪い予感は当たる。二十歳を過ぎる頃にはもう、自分がそういった星の元に生まれていると理解していた。
何もかもが嫌になって死を意識した時、誰もが死ぬ前にやっておきたい事を考えるだろう。僕にとって〈今の彼女を一目見る〉ことこそ、それだった。
彼女と話すことは望まない。彼女の隣を歩くことも望まない。彼女と手を繋ぐことも望まない。彼女と恋人になることも望まない。彼女と時間を共有する事も望まない。彼女と身体を重ねる事も望まない。彼女との未来を望まない。
全て、死ぬ前にやっておきたいことではあるけれど、どれだけ考えてもそれ以外は全て、都合のいい空想の域を出なかった。辛うじて希望があると思えたのがそれだったのだ。
今の僕には、どう足掻いても空想のように彼女を笑顔にすることなどできないとわかっていた。だから、今の彼女を一目見れば、全てを諦めて死ねると確信できた。
――しかし、それは間違いだった。
あるいは、いつも通り〈一目見るだけで死ねる〉なんて考えていたから、裏目に出たのだろう。いつだって、都合の悪い予感は当ててきた僕なのだから。
だから、こんな機会に恵まれた。
瞬く赤い灯、降りる遮断機、鉄琴を叩くような警告音は恋する胸の鼓動めいていた。アルコールによって夢見心地で歩いている中、僕と目を合わせた君は目を見開くなり微笑んだ。感動の再会とはならないのが、僕らしい。
僕は駆けた。手を振る君に向け、酔っ払いなりの全力疾走を見せつける。楽し気に何かを叫ぶ君の声は聞こえない。酩酊気味の脳は君との思い出を巡らせるのに精一杯で、声を出すほどの余力もなかった。
汽笛の音が迫る。君も迫る。
線路の上でふらつく二人は、迫る貨物列車に気付かない。
君を一目見れば死ねると思っていたのに、駄目だった。
それだけじゃ、駄目だった。
僕は、君を守ってから死にたい。
僕にとって、君は常に特別だった。
君にとって、僕はいつか特別だった?
君に触れたとき、君との思い出が走馬燈だと気が付いた。
線路から倒れるように押し出された君は、楽し気に、僕の名前を呼んでいた。
この期に及んで、なんて救えない――。
――本当に、夢のような瞬間だった。
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