第13話 Limp(4)

(1) 


 ガタゴト、ガタゴト。

 揺れる、揺れる。

 あたしを乗せて、夜通し走り続ける汽車の中。


『お嬢さん、どちらへ向かわれるのですか』


 うつらうつらと微睡み、しきりに舟を漕いでいると向かいの席から声を掛けられた。確か、さっきまでは誰も座っていなかったのに。


 ひどく重たく感じる瞼を、少し時間を掛けて開いてみせる。


 あたしの目の前には、少し古臭い服装だけど綺麗な顏をした青年がいた。

 大造りな目鼻立ちに、血のように真っ赤な長い髪と瞳が青年の神秘性を引き立たせている。


 あたしに襲い掛かっていた睡魔は、一瞬で退治されてしまった。


『東のスラウゼンよ。貴方は??』

『おや、奇遇ですね。僕もスラウゼンへと向かっているのです』


 青年は、口の端を捻じ曲げてニヤッと笑う。

 どこか傲慢さを覚える笑い方だけど、彼の美貌にはよく映える。

 青年の皮肉気な笑顔に見惚れていたあたしだったけど、次に彼が発した言葉によって思考が停止させられた。


『お嬢さん。貴女、南の魔女に破門にされた弟子でしょう??』


 あたしの脳裏に、魔法の鍛錬に励んでいた日々が駆け巡り、最後に破門を言い渡した、男でありながら魔女と名乗る師の、エメラルドの双眸が蘇る。


『貴女はとても優秀な弟子だったというのに、少々色に狂っていたというだけでこのような憂き目に遭うなんて……、実に悔しいと思いませんか??』


 青年は少しだけ顔を横に傾け、あたしの目を上目遣いでじっと見つめてくる。

 妖しげな赤い瞳に心も魂も吸い込まれそうになる。


『だから、南の魔女にちょっと仕返しをして困らせてあげませんか??そのためなら、僕も幾らでも協力しましょう』

『……何故、初めて会ったばかりのあたしに、そんな申し出をするの??』


 辛うじて口から紡ぎ出されたのは、何とも間の抜けた質問だった。

 案の定、青年はふっと鼻先で小さく笑い返してきた。


『一目見て、貴女のことを気に入ってしまったからですよ』


 嘘だ、と、直感が騒ぎ立てるが、それとは裏腹に彼の言葉と美しくも妖しい赤い瞳に、心が攫われていく。


 安酒に酔わされたような気分のままに、知らず知らずの内にあたしは縦に首を振っていたのだった。










(2)



 ――ウォルフィが謎の女と揉めていた、時同じ頃。黒い森(シュバルツワルト)の最奥地、ハイリガーの住む古城の裏手――



 森の一部を削って設置され、客席が擂鉢状に作られた古い闘技場。

 全身に炎を纏う怪鳥が四羽、場内を飛び回っている。

 雄鶏の頭と羽根に竜の身体を持つ怪鳥は、拡げた羽根から火の粉を振りまき、剣の切っ先のように尖った嘴から紅焔を吐き散らす。

 飛翔する炎の怪鳥達を迎撃しているのは、半透明のスライム状の身体を持つゴーレムだ。

 一歩、また一歩と亀の歩みで進む度、びしゃんびしゃんと音を立て、砂岩で作られた床の上に水溜りを残していく。

 動きこそ緩慢で鈍重だが、鋭い嘴や足の鉤爪を使って攻撃を仕掛ける怪鳥達を、スライム状の手足で薙ぎ払っていく。


 ゴーレムが振り下ろした腕や足から派手に水飛沫が飛び、怪鳥達の身体に徐に掛かる。

 きぇきぇきぇきぇっ!という奇声を発し、怪鳥はもがき苦しみながら床へと落下。

 床に叩きつけられ、無数の細かい火花を散らしては霧消していく光景を、場内の客席に腰掛けたアストリッドが眺めていた。

 思念のみならず、唄を口ずさむ調子で詠唱を唱えて水のゴーレムを遠隔操作しているのだ。


 ところが、怪鳥は一羽倒すごとにまた一羽と増えていき、一向に数が減っていかない。

 黒い森のどこかに潜み、怪鳥の遠隔操作を行うハイリガーの気配を探って彼女に攻撃を仕掛けるべきだろうが、あくまで水と炎の幻想生物同士で戦わせる趣旨の特訓、そうはいかない。


 ゴーレムの頭頂部から全身に掛けて、滝が流れるように水が溢れ出し、足元に落下していった水が空中高く跳ね上がる。

 跳ね上がった水と、ゴーレムの動きから飛散した水が同時に混じり合い、怪鳥達に襲い掛かった。

 絹を裂いたような、四羽分の断末魔の悲鳴。

 一斉に霧消していく紅に、ようやく消滅したかと安堵した、その時。


 四羽の怪鳥の、四方に散らばった、燃えカスと化した身体の一部が風に流されると共に融合し――、ゴーレムと変わらぬ大きさの、巨大な怪鳥へと進化したのだ。


 焦ったアストリッドは更なる思念を送り込み、ゴーレムを進化させた――、が――


 


 ……………………





「……アスちゃん、残念だったわね」

「…………」


 いつの間にか、媒介のファーデン水晶を使って森から瞬間移動してきたハイリガーが、アストリッドの隣の席に腰掛けた。

 アストリッドは、額を膝にくっつける形で上半身を前へと倒している。


「アスちゃんはねぇ、最後の詰めが甘いのよ」

「…………」


 ハイリガーは軽く嘆息し、視線をアストリッドから闘技場へと移動させる。

 闘技場の床一面、嵐が過ぎ去った後のように水浸しで、濡れそぼった黒い砂岩が漆を塗ったばかりの異国の漆器のごとく、ぴかぴかと黒光りしている。

 その黒く輝く床の幾つかの箇所から、残り火が白い煙と共に燻っていた。


「今回は相打ちで終われたけど……。アスちゃんの場合、魔力云々の問題じゃなくて戦い方に問題があるわねぇ。確かに、貴女の攻撃力も防御力も並々ならぬ高さを誇るけど、反面、力技のみに頼り過ぎ。後ろからウォルくんの援護があるから、何とかなっているようなものねぇ……。最終的な止めはウォルくんが刺してくれることに、ちょっと甘えているんじゃないのぉ??」

「…………」

 ハイリガーの辛辣な意見に、アストリッドは返す言葉が見つからない。

「さっきだって、幻想生物同士で戦わせながら、アタシの居所突き留めて、アタシに攻撃仕掛ければ良いのに……」

「いえ……、その方法も考えたのですが……」


 アストリッドは唇をもごもごさせて、続きを言いあぐねている。

 その反応をハイリガーが見逃す筈はない。


「何、何なの??この際だから、はっきり言いなさいよねぇ」

 すかさずにじり寄ってくるハイリガーにたじろぎつつ、アストリッドは躊躇いながら口を開く。

「……マドンナ様を、傷つけたくなかった、んです……」

「あまーい!!!!」

「ぎゃん?!?!」


 ファーデン水晶が一際強く光り輝いた、次の瞬間。

 ハイリガーが、赤色の槌と黄色の柄の、ビニール素材のハンマーで、アストリッドの頭頂部を打ち付けたのだ。

 ピコン、という、何とも情けない音が周囲に響く。


「特訓とはいえ、これは模擬戦闘なのよ!相手がアタシだからって、妙な情けを掛けたりしないで全力で掛かってきなさい!!」

「でも……」

「でも、じゃなーい!!」

「あいたぁっ!?」

 またもやピコンと音を立てるハンマーで、今度は側頭部を殴られる。

「まったくもう!だから、アスちゃんは詰めが甘い!と言っているの!!」


 ぷりぷりと言う効果音が似合いそうな、ハイリガーの怒りっぷりに、アストリッドは反論を返すのを諦める。

 正確に言うと、これ以上殴られるのは勘弁して欲しかったからだ。


「全くもう……」

 ハイリガーは盛大な溜め息をついてみせたが、すぐに何か思い至ったのか、ハッと表情を強張らせる。

「もしかして……、力を加減できずに敵を殺めてしまうかもしれないのが怖い??」

「……はい、ご尤もです……」

 あぁ、と、ハイリガーは大袈裟なまで頷き、納得する。

「そこはもう、アタシの力じゃどうにも出来ない問題だわね。せいぜい話を聞いて、不安や葛藤が解決する糸口を見つける手助けくらいしか無理よ」

「…………」

 しょぼんと項垂れるアストリッドに、ハイリガーは苦笑交じりに肩を軽く叩く。

「ま、話くらいなら幾らでも聞いてあげるから、そんな落ち込まないで頂戴。今日の夕食後にでもアタシの部屋でお喋りしましょ」

 そう言うと、ハイリガーは席を立ち上がり、アストリッドもゆっくりと立ち上がる。

「さーて、今日の所はここまでにして、城へ戻りましょ??」

「はい!お手合わせ、ありがとうございました!!」

「いいの、いいの!それこそ気遣い無用よ。むしろ、忙しい合間の息抜きになって楽しかったわ」


 笑顔で振り返るハイリガーに釣られ、ようやくアストリッドはいつもの笑顔を取り戻したのであった。

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