第10話 とりあえずオレを信じろ
ウルスラグナは孝太が着るセーターの裾からするりと手を差し入れるとその胸元から打たれた右肩へとまさぐりながら様子を伺う。ついさっきまで短剣を手にしてバトルを繰り広げていたとは思えないほどのやさしい温もりが孝太にとって心地よい。やがてその手が木刀で打たれたあたりに達したとき、彼女は少しばかり神妙な表情で眉をひそめた。
彼女が触れているそこはかなりの熱を帯びて腫れているのがはっきりとわかった。そして患部の状態を確かめるため、少しだけ力を加えてみる。
「ッ痛!」
ウルスラグナの手が触れたときから予見してはいたものの、いきなりの激痛に孝太は思わず声を上げた。
「やっぱり痛むか?」
「痛いなんてレベルじゃねぇよ。てか、一声かけろよ。あ――マジて痛てぇ」
「すまん、コータ。でも心配ない、すぐに治るさ。とりあえずオレを信じろ」
そう言ってウルスラグナは今度はセーターの上から腫れた患部のあたりに軽く手をかざす。そしてひと呼吸すると軽く目を閉じて
"
(神よ、勇敢なるわが友に加護と祝福を与えよ。)
すると彼女の掌がぼんやりと白い光を帯び、やがてその光は強く大きくなり孝太の右肩全体を覆い始めた。
"
(神よ、加護と祝福を!)
ウルスラグナの詠唱に合わせて光はより一層の輝きを増して孝太の全身を包み込んでいく。二人を取り囲む野次馬たちもそのまぶしさに思わず目を細める。その間ほんの数秒、孝太を包む光が消えたときには右肩の痛みも腫れもすっかり消えていた。孝太は確かめるように恐る恐る右腕を回してみた。
「なんだかよくわかんねぇけど治ったみたいだ。まるで回復魔法だな」
「何を言ってる、これは神の加護と祝福だ」
「いや、だから、それって……まあ、いいか」
そして孝太はその場で姿勢を正すとあらためてウルスラグナに頭を下げた。
「ありがとう、ウルス……ウルス……ラグナ」
孝太の言葉にウルスラグナは照れくさそうな顔で応えた。
「やっとオレの名を呼んでくれたな、コータ。待ちくたびれたぜ」
「それにしても、やっぱウルスラグナってのは噛んじまいそうだ……よし、ウルス、ウルスにしよう。いいだろ、ウルス」
「なんだそりゃ。でもまあいいだろう。よし、たった今、この
胸を張って芝居じみた口調で言うウルスラグナとすっかり元気を取り戻した孝太は二人して顔を見合わせて笑った。
「それじゃあらためて、デ……デクラム、ナーザス、ウルス」
"
(どういたしまして、コータ)
聞きかじりのたどたどしい
そんな二人の様子を見ていた数人の若者から驚きの声が上がった。
「見たかよ、今の。何なんだよあれ、回復魔法かよ」
「それならあの
「いやいや、魔法とか異世界とか、そんなのあり得ないだろ」
周囲のざわめきを耳にした孝太がウルスラグナに耳打ちする。
「おい、これからどうすんだ。これだけの人数に目撃されてんだぜ、収拾つかねぇぞ、これ」
「まったく孝太は心配性だな。問題ない、とりあえずオレを信じろ」
「とりあえず信じろって、おまえはそればっかだな」
ウルスラグナはあらためて周囲を見渡す。自分たちを囲む群衆とスーパー戦隊の車の位置、半径十メートルもあればそれら全てをカバーできるだろう。ウルスラグナは納得したように小さく頷くと、おもむろに孝太の腕を掴んで自分の
「お、おい、なんだいきなり」
「コータ、とにかくオレに触れているんだ。そして絶対に離れるな、いいな」
「いいな、ってウルス、おまえ……」
孝太はウルスラグナに理由を求めようとしたが今までにない真剣な目に圧倒され素直に従うしかなかった。
「わ、わかった。とりあえずこうしてればいいんだな」
孝太はウルスラグナの背後から両腕を彼女の腰に回して自分の身体をピッタリと密着させた。パーカーの上からでは華奢に見えるその
「恥ずかしいなぁ、とにかくさっさと片付けてくれ」
「よし、それじゃあ最後の仕上げといこうか」
ウルスラグナは神に祈るように両手を合わせるとゆっくりと手のひらを肩の幅ほどに離していく。続いてまるでそこに柔らかい物体を挟んでいるかのような仕草で両手の隙間を狭めていく。そしてその幅が数センチメートルになったとき、またもや異世界語の呪文だか詠唱だかをつぶやき始めた。
すると両手の間にぼんやりとした赤い光の渦が沸き起こり、やがてそれはピンポン玉ほどの球体に
やがて光の玉が青白い輝きを放ち始めたとき、ウルスラグナは肩の力を抜いて合わせていた手を下ろした。
ウルスラグナと目の前に浮かぶ不思議な光にまたもやざわめきが起きたが、そんなことに構うことなく彼女はその光の玉を下から支えるように両手を添える。するとそれはゆっくりと上昇を始めた。
二人を取り巻く人だかりもみなその光を目で追いながら一斉に首を上に向ける。それはまるで目の前の全員が集団催眠にでもかかっているような異様な光景だった。
"
(全ての者に祝福を!)
ウルスラグナがそう叫んだ瞬間、上空の光の玉は花火のように炸裂して光の粒が拡散する。その粒子はやがて細かい水滴に変わり、霧雨となってこの場にいる全ての人々とアスファルトに倒れた戦隊たちにも分け隔てなく降り注いだ。
水と光の洗礼を受けた者の全身は青白い光に包まれ、生気のない顔でただゆらゆらとそこに立つ。ウルスラグナは彼ら全体をざっと見渡すとひと息ついた後に命令口調の声を上げた。
"
(道を開けよ!)
すると目の前の群衆が左右に分かれその中心に道が開かれた。孝太はまるで古い映画でも見ているような気持ちでその光景を茫然と眺めていた。
「もう大丈夫だ。コータ、手を離してもいいぞ」
「あ、ああ」
孝太はウルスラグナの肩から手を下ろしはしたものの、目の前の光景が未だに信じられなかった。
「さあ行こうぜ、コータ。長居は無用なんだろ?」
「そ、そうだな」
その言葉に促されて孝太は我に返り、二つの大きな買い物袋を抱えてウルスラグナの後に着いて歩く。人の壁が作る道を進む二人、孝太は青白い光に包まれた群衆にはなるべく目を向けないようにして彼女の背中だけを追っていった。
そしてウルスラグナと孝太の二人が去った後には光に包まれてただゆらゆらと
大きな袋を抱えた孝太とやけに晴れやかな顔のウルスラグナ、真夜中とは言えまだ人通りが絶えない新宿は職安通りを並んで歩く二人の姿はまるで颯爽と歩く若き王女とそれに従う従者のようだった。
「ところでウルス、さっきのあの催眠術みてぇなの、ありゃ何だったんだ」
「あれか、あれは神の……」
「加護だか祝福だかか? おまえ、さっきからそればっかだな。で、あの光に包まれた連中の記憶が消えちまうとか、まさかそんなんじゃねぇだろうな」
「なんだコータ、おまえよく知ってるな」
「いや、当てずっぽうで言ってみたんだけど、そんなことってあるのかよ」
「だから心配ないって言ったろ。今頃はあそこに集っていた民はみんなスッキリした気分で家路を急いでいるだろうよ」
そのとき、けたたましいサイレン音とともに救急車と消防車が今二人が歩いて来た方向に走り去って行った。続いて二台のパトカーと一台の覆面パトカーもそれを追うように走り過ぎて行く。振り返ればマーケットの向こうからも複数のサイレン音、どうやらかなりの台数が集まっているようだった。
「コータ、今のあれはこの国の衛兵か?」
「いや、警察と消防……ま、似たようなもんか。それにしてもあの台数、ウルスが七人もブッちめたんだからしょうがねぇか」
遥か向こうで
「おい、こんなところでキョロキョロしてて見ろ、職質されちゃうぜ。ほら、さっさと行くぞ。なにより腹も減ったし、とにかく何かうまいもんでも食おうぜ」
荷物で両手がふさがっている孝太はウルスラグナに歩み寄ってスラリとした褐色の脚を膝頭でコツンと小突く。そして「行くぞ」と顎で合図するとスタスタと歩き出した。
そして遠くに聞こえる喧騒を気にかけながら、今度はウルスラグナがズンズン歩く孝太の後について行くのだった。
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