episode2 最後の席替え
こうして、この小学校にひと組のカップルが誕生した。陽だまりの桜がぽつぽつと咲き始めた、卒業式の前日の昼休みのことだった。そのとき、屋上にそう大きくない影が忍び込んでいたということは、誰も知りえない事実であろう。
――そして、その影の持ち主の名を、
❀episode2❀
A few weeks ago...
「はーい、じゃあこのクラスで最後の席替えするぞー」
6年4組をざわつかせたのは、3月最初の登校日に先生が発したこの台詞だった。
ほどなくして。机を移動させるギーギーという音が次第に止み、俺らは毎月やってきたように、ご近所さんを把握すべく周りをきょろきょろと見回した。
「やぶか。よろしくな」
「おん、よろしく直樹」
前の席は
そして、直樹の隣の席は
「杏、また席近くなったな。よろしく」
そして、1番忘れてはならないのは、俺と杏が幼なじみだってこと。俺らは同じ保育園出身で、その保育園に通っていた同級生は他にいない。このことから、家は近くないものの、幼なじみと言えよう。ここで少し考えてみてほしい。幼なじみというのは、どんな世界線でもいつか結ばれる運命にあるんだ。そうだろ? 異論は認める。
「うん、よろしくね」
杏はこくっとうなずいて笑顔を返してくれた。
だから、日頃杏がみんなに振りまいてる笑顔と、俺に向ける笑顔は種類が違うんじゃないかなって思ってることは……誰にも言わないでほしい。みんながモモって呼ぶ桃園杏を俺だけが杏って呼んでるってことも。
あ、俺は誰なのかって? 紹介遅れました、中央小学校6年4組の
「きりーつ。れーい」
「「「お願いしまーす」」」
俺の紹介はこれくらいでいいか。1時間目が始まることだし。じゃ、またあとで。
「やぶ、知ってる? 6組の
俺らの担任の先生の授業のときは私語が多い。図工と理科以外の教科全てを担任の先生が教えてくれるから、ほとんどの教科で私語はつつしまれない、ってのが現実。
「まじで? すげーな、頭いい学校受験してたんだろ」
特に、“近くの人と話し合ってみましょう”の時間帯がひどい。今まさにこの時間なので、直樹はこともなげに話しかけてくるし俺も普通に反応する。
「らしい。5人に1人しか受かんないとこだってさ」
梶谷日和、というのはこの学年のインフルエンサーのひとり。勉強も運動もできて性格もいい。哀しいことに、俺が彼よりも
「すげ。じゃあ日和とイワシの競争はもうすぐ見れなくなるってことか」
そんな彼には、6組の
「だな。――あ、やぶ」
あいづちを打った直樹は後半、より一層声を弱くした。
「おん?」
俺は前の席の女子と雑談で夢中になっている杏を視界の隅にとらえつつ訊き返す。
「モモってさ、かわいいよな」
だからこそ、一瞬焦った。俺が杏のことを好きって見抜かれたのかと思って。でもつぶやくように言っていたからそうじゃないだろう、きっと。杏は中央小のアイドルなのだ。多くの児童が彼女のことをかわいいと思ってる。今日は天気がいいですね、くらいの次の話をし始めた時点で忘れているような世間話にすぎない。
「まーな。あいつ保育園のときからかわいかったからな。ずっとハーフツインだし」
そう俺が返すと直樹はハイライトが入った目を丸くした。
「保育園一緒なの? ってゆか、モモって幼稚園じゃなかったんだ」
「そ。小さい保育園だから出身同じなのは俺だけかな」
少し自慢気に言い終えると同時に、先生の声が教室の奥の方まで届く。
「はーい、話し合いはおしまいです。前を向いて~」
俺らの担任の先生の口癖TOP5に入りそうな台詞で僕らの雑談タイムはあっけなく終了した。直樹はモモと幼なじみなんてずりぃぞ、と笑って前を向いた。
調子に乗って自慢しちゃったかもな。少し反省して板書を始める。何気なく杏の方に目をやると、彼女はハーフツインを左手の人差し指でくるくるとからませながら、右手の鉛筆を動かしていた。指で髪の毛をくるくるするのは小さいときからの癖らしい。少なくとも保育園の年少のときからそうだ。それより前は記憶が追い付かない。
「それでは近くの人と話し合ってみましょう」
2時間目は社会。この台詞も俺らの担任の口癖TOP5に入ってるだろうな。
人に会ったらあいさつをするかのように、ハトが飛んできたらよけるかのように、ポケットティッシュが配られていたら受け取るかのように、俺らは雑談を始める。
「やぶはさ、モモが好きってわけじゃないの?」
そう訊く直樹はポーカーフェイス。今、彼とババ抜きをしたら絶対負けるな。
「かわいいとは思うけど、恋愛感情は全然ないな。なんで?」
と思ったけど、こう動揺せずに答えられた俺も、意外とトランプ強いかもしれない。
「さっきからしきりにモモの方見てたからさ」
それは……全くと言っていいほどに自覚してなかった。やっぱり俺にババ抜きだとかトランプだとかポーカーフェイスは向いてなさそうだ。
「あぁ、そっか。別に杏なんて、幼なじみ以上幼なじみ未満でしかないよ」
と、そんなに興味なさそうに矛盾に満ちた言葉を口にした。
「まじ? ……なぁ、やぶ。頼みがあるんだ」
さっきの時間と同じように前の席の女子と雑談に花を咲かせている杏。彼女に一瞬視線をやってから、真剣な
「内容にもよるけど、俺でよければ」
普段は、“頼みがある”と言われたら誰かれ構わず二つ返事で承諾してしまう俺も、今回は嫌な予感がして少し警戒した。
「俺さ、モモのことが気になってて。できることなら付き合いたいなって思ってるんだけど、上手くいくように手伝ってくれない? やぶはモモと仲良いしさ。なっ」
その発言を受けた俺は、眼前に爆竹を投げつけられた気分だった。
なにはともあれ、はいはいそーですね杏と直樹はお似合いだから付き合えるようにお手伝いいたしますよ、と快諾するわけにはいかなかった。小学生の恋愛なんてものはお遊びでしかなくて、クラスの上の方の奴らがお互いをとっかえひっかえして付き合ってるんだ。踊る相手が次々と替わっていく舞踏会の社交ダンスみたいに。
「あー……。直樹はさ、杏のどんなところに
“かわいい子と付き合いたい”などというくだらない理由で付き合おうとするというのは心からおすすめしない。杏は何度も告られてきただけあって、そんなぽわぽわしてる人じゃない。もし直樹がそんなくだらない理由で付き合いたいと思ってるなら、彼は杏に裏を見抜かれてふられることになるだろう。
「かわいくて、ハーフツインが似合うとこだろ」
平然とそう言う直樹に俺は
「それだけじゃないってのは?」
「がんばり屋さんなとこ。モモってさ、ずっとにこにこしてるだろ。それもあるし、誰にでも優しいんだよね。だから尊敬してるし、ひとりで抱えこんじゃってることもあるから支えてやりたいなって思う」
直樹は気付いてたんだ。俺が昔から知ってる、杏の長所でもあり短所でもあるところ。がんばりすぎるがゆえに、ひとりで抱えこんじゃうってこと。
「……そっか」
そのことを知ってるのは、もう、俺だけじゃないんだ。俺は声の高さが下がらないようにあいづちを打った。と、そのとき、直樹はまた爆弾発言をするのだった。
「あ、そーいやさ、今日モモと一緒に帰るんだけど。やぶもついてきてくれない?」
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