ハッピーエンドの黒幕
齋藤瑞穂
episode1 水彩絵の具の空
「前から好きでした。小学生が付き合うなんて遊びの一部でしかないって思われてるかもしれないし、お前は何人も元カレいるからなんの新鮮味もなくて飽きてるかもしれないけど、俺は本気です。誰でもいいわけじゃない。モモと付き合いたいんだ」
各クラスにひとりはいるような絵の上手な人が、あたかも水彩の絵の具で描いたかのように透き通った水色の空。そこに小さな雲がぴょこぴょこと浮かんでいる。そこまではいいのに、風がゴォゴォ吹いているから軽い前髪がすぐに乱れてしまう。
勘のいい方はお気付きかもしれない。ここは学校の屋上で、私はひとりの男の子と向かい合って立っている。
「ごめ~ん、風が強くて聞き取れなかった」
自然体で立っている私の台詞に、彼は
「……えっ、と」
定点でカメラに記録して早送りしたりんごのごとくみるみる赤く染まっていく直樹くんを見ていると、ちょっかいをかけたのが申し訳なくなってくる。いつもふざけてる直樹くんなのに、これは本気なんだ。今まで受けた告白なんて本気じゃなくて周りの人に彼女いるんだぜアピールがしたい、それだけだったのにな。
「ごめんごめん、冗談だよ」
彼なら、私を裏切らないでいてくれるかもしれない。私は周りの人に彼氏いるんですアピがしたいわけじゃない。自分を支えてくれる人がいればそれでいいんだ。
「なんだよ~、びびった」
ふぅっと息をついて、一瞬後ろを振り返った。焦ったときに直樹くんがよくやる癖なんだろうな。
外見が良いからって、好きなふりをされるのにはもう飽き飽きしてる。だから、
「よろしくお願いします」
直樹くんに懸ける。ちゃんと私のことを好きでいてくれるって。
「へ?」
状況を飲み込めずにぽかーんと口を開けている今の直樹くんは、マンガの主人公が似合いそうだな。そんなことが脳裏をよぎって、
「付き合いたいって言われたから、その返事」
風に負けててもおかしくない小さな声で補足してあげた。
「あ……。こちらこそよろしくな」
ぶっきらぼうにそう答えた直樹くんの顔は、青空と対照的に赤みを帯びていた。
こうして、この小学校にひと組のカップルが誕生した。陽だまりの桜がぽつぽつと咲き始めた、卒業式の前日の昼休みのことだった。そのとき、屋上にそう大きくない影が忍び込んでいたということは、誰も知りえない事実であろう。
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