第31話 事件解決後の宴

 緑川さんのマンションでの出来事後。

 私が入れた留守電を聞いた賽葉先生が飛んで来てくれ、強力な助っ人となった。 緑川さんは賽葉先生に相談し依頼することに。


 緑川さんは大丈夫だと言っていたけど、体を打ち付けて暫く動けなくなっていたのを見ていたため、念のために病院へ。

 頭を打ち付けたかと心配だったが、大丈夫だったようなので今はビジネスホテルに宿泊している。

 マンションの部屋は賽奈先生が扉を蹴り破ってしまったから修理が必要だし、何よりあのマンションには居たくないというのが緑川さんの希望だった。


 ホテル周辺は警察が見回りをしてくれるし、ビジネスホテルには緑川さんの友人も駆けつけてくれていた。


 緑川さんの件がある程度落ち着いたので、私達は賽奈先生に誘われ幽玄へ。

 我を忘れてしまい迷惑をかけたお詫びにご馳走してくれるらしい。


 幽玄は奥の座敷に団体客が入っているのか、とても賑やか。

 万桜ちゃんは忙しそうに料理を運んでいるため、常連客は速水さんが作った料理を自分で運んでいる。


 今日は四人のため、いつもの私の定位置であるカウンター席ではなくテーブル席にいる。


「紬ちゃんに正体がバレたから、やっと来られるわね。幽玄。いつもこそこそと隠れて賽葉と来ていたのよ」

「そうねぇ。これで堂々と来られるわ」

 冷酒片手に賽奈先生と賽葉先生が微笑んでいるが、まだ先生の正体については一切解決していない。

 そのため、私は立ち上がって両手をテーブルに付き、声を大にして訊ねた。


「……というか、賽奈先生達説明して下さいよ! どうして九尾の狐っていう珍しくて凄い妖怪なのに司法書士やっているんですかっ!?」

 

 先生達が狐町を守る九尾の狐だったことを知り、私は驚きと寂しさの二つの感情が混じっていた。

 まさか、こんな近くにいたなんて信じられない。


 ……というより、そもそも戸籍や住民票登録どうなっているの?


 事務所が入っているビルは賽奈先生達が所有で固定資産税などを支払っているから、登録などはしているはずだ。

 なんとかなっているんだろうなぁ。きっと。


「本当にごめんなさいねぇ。ほら、私達人間に化けているから言いにくくて」

「ごめんねぇ。あっ、でも一点だけ訂正しておくけど、九尾の狐は珍しくないわよ」

「ちらほらいるものねぇ」

 二人は頬に手を当てると、左右対称に「ねー」と言いながら軽く首を傾げた。


「今更思い返してみると、二人おかしい点がありましたよね。賽葉先生は紬の穢れ祓ってくれましたし」

「賽葉は祓えるものねぇ。私は祓ったり浄化したり出来ないから。どちらかと言えば、障害物は壊して進むタイプだもの」

「ねぇ。さっきから気になっていたんだけど、神見君、どうしたの? 正体隠していたから、紬ちゃんみたいに怒ると思ったんだけど」

 賽葉先生が陽を見れば、彼はグラスを両手で包むようにして握り、深い溜息を吐き出していた。

 視線はどこか虚ろで、肩を大きく落としている。


「まさか先生達なんて気づきませんでしたよ。何度も会っているのに、僅かな妖力も感じませんでした……」

 陽は若干覇気のない声音で呟くように言う。


「あらぁ? 神見くんやさぐれている?」

「やさぐれますよ。身近にこんなにも大物が隠れていたなんて。確かに泰山王様のいうとおり修行不足です」

「あら、そんなこと無いわよ。私と対峙した時、眷属の鬼二体も使役していたじゃない」

「神見君。鬼を使役できるの? へぇ……見てみたいわ。呼んで」

「見世物じゃないんですから呼びませんよ。そもそもなんで天狐が人間に化けて司法書士と弁護士やっているんですか」

「簡単に言えば、賽奈がきっかけよ。賽奈が空狐に喧嘩売ったから」

「あっ! 河津さんに聞きました。空狐に喧嘩売った九尾の狐の話」

「やめて……若かったの」

 賽奈先生は両手で顔を覆ってしまう。


「賽奈が空狐に喧嘩売って敗北寸前で私達は逃げたの。弱った所に陰陽師から使役されそうになって瀕死の重傷を負ったのよ。隙を見て逃げてのびて狐町に辿り着いたわけ。村の人達は怖がりながらも、瀕死の私達に傷の治療などを施してくれたのよ。だから、恩返しにその地で暮らし人達を守ろうって。最初は村を襲う妖怪や盗賊退治とかしていたんだけど、時代が変わってしまって。今の時代に合わせた守り方をしようって二人で相談して決めたのよ。ねぇ、賽葉」

「そうなの。その結果が、法の下で人々を守れる者になること」

「それで司法書士と弁護士なんですね」

 先生達は微笑んで頷く。


「あー、でも私も悔しいかも。泰山王様が結構ヒント下さっていたんですよね。私達が会った事がある人でモテる人達。現代に合わせた方法で人間を守っているって。よくよく考えてみれば、全部合わさった私の周りにいる人は、賽奈先生と賽葉先生ですし」

 ふわふわの出し巻き卵に大根おろしをのっけながら言えば、先生達がぴくりと目元を引き攣らせ始めてしまう。

 吞み会の空気から、一気に鳥肌が立つほどの霊気を感じ、私は半袖から伸びている腕に鳥肌が立つ。


 え。私、なんか空気読めない事を言っちゃいましたか……?


「あらぁ? 私達、それ聞いていないわ」

「ちょっとヒント出し過ぎじゃないかしら? 混乱避けるために秘密にして下さいと言ったのに」

 先生達は手にしている箸を今にも折りそうなくらいにきつく握りしめている。


 ごめんなさい、泰山王様。

 あまりにもヒント出して下さったから、別に言っても良いと思っていました。


 さすがにこのタイミングで泰山王様が来るわけがないけれども、私はこの場の空気を作った責任を感じて違う話題を提供して切り替えようと唇を開きかければ、ガラガラという引き戸を引く音と共に「こんにちは」「僕が来たよ!」という二つの男女の声が幽玄内に広がっていく。

 なんてタイミングを持っている方なのだろうか。

 ある意味で運を持っている人だ。


 声の主は黒ちゃんと今話題に出ている泰山王様だった。


 ゆっくりと幽玄の入り口へと顔を向ければ、泰山王様と瞳同士が交わる。

 彼は「紬じゃん」と片手を上げかけたが、先生達に気づき、「ちょっ、バレたのー?」と吹き出してケタケタ笑い始めてしまった。


 泰山王様。多分……いや、確実に今はその反応はしちゃ駄目ですって。

 泰山王様の方が先生達よりも格が上の方だろうけど、秘密にしてと言われたのにヒント出し過ぎちゃったから絶対先生達に怒られる。


 一方の黒ちゃんは、賽奈先生達とは初対面。

 礼儀正しく、先生達に気づくと軽く頭を下げて会釈をした。


「ねー、言ったでしょう? 修行不足だって。すごく傍に居たじゃん」

 泰山王様は私達の傍に来ると、手にしていた扇子を広げ屈み陽に囁くように告げた。


「驚きましたよ。まさか、賽奈先生達が天狐だったなんて」

「普通の能力者なら気づかないのも無理はないけど、神見は気づかないと駄目だよー。修行やり直しだねぇ」

「修行不足は今日の出来事で痛感しました。天狐と対峙しても動揺しないくらいにレベルを上げたいです」

「ちょっ、もしかして正体バレた理由って我忘れて暴走したの? え、ガチで? 千年以上生きているのにぃ?」

 泰山王様が賽奈先生を見て煽り始めたので、再び賽奈先生のこめかみがピクピクと痙攣し始めてしまう。

 これは明らかに泰山王様が詰んだ。






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