第28話 対面
緑川さんからの電話を受けてから十分くらいかかっただろうか。
私達は電話で幽霊に告げられたマンションに到着。
聳え立つ灰色のマンションは普通のマンションだった。
日常に潜む闇。それがかえって怖さを駆り立てる。
ちょうどマンション前に来客用の駐車場スペースがあり、車を駐車して急ぎ中へ。
建物へと通じる自動ドアを潜ればひんやりとしたコンクリートの冷たさをかんじる。
静寂に包まれる中。ただ響くのは、私達の足音のみだ。
自動ドアの傍には管理人室があるけれども、ガラス戸にはカーテンが敷かれ、
何かあればこちらへと管理会社の電話番号が書かれた看板が設置されていた。
共有エントランスは外観と違い、オレンジ色と白のタイルが敷かれて華やかで印象がまた違う。
奥の自動ドアの方にはエントランスのオートロックの操作盤があり、その前には賽奈先生が立っていた。
「先生!」
私と陽が声を掛ければ、賽奈先生はこちらを振り返って首を左右に振る。
「駄目。206の部屋は返事がないわ。紬ちゃん、神見君。警察には連絡してくれた?」
「はい。近くの交番に連絡済みです。今、こちらに向かってくれているそうです」
「ありがとう。ここ、一度仕事で来たことがあって管理人がいるのは知っていたけれども、まさか留守だなんて。タイミングが……」
賽奈先生は前髪をかきあげながら、唇を噛みしめた。
仕事でイレギュラーな問題があっても平然と対処している賽奈先生だけど、今回は明らかに焦りが表情や声に出てしまっている。
「警察の到着を待っても、管理人さんが留守なら開けられないわ。紬ちゃん。管理会社にれ――」
突然、賽奈先生は言葉を途切れさせると、弾かれたように天井へと顔を向けてしまう。
先生だけじゃない。私と陽もだ。
自分達の上部……上の階でぐるぐると空気が渦巻きながら濁り始めてしまっている。
グラスに入った綺麗な水に黒い絵の具を入れたかのように、それは段々と侵食していく。
禍々しくて圧迫を感じるそれは、本能がすぐに逃げろ! と赤信号で警告をしていた。
「……これ、なに? 心霊スポットなんて比じゃないくらいに禍々しい空気は」
鳥肌がたっている腕をさすりながら、私は天井を見詰める。
闇の気配はどんどんと強くなっていき、消える事はないようだ。
「マズいな。上の階の何処かで悪霊化している霊がいる」
「緑川さんの所かもしれないわね。紬ちゃんが言っていたワンピースの女性の霊」
「かもしれません。幸いな事にまだ完全に悪霊ではない。蜘蛛の糸で繋がれているかのように危ういレベルで踏みとどまっている。今なら魂にこびりついている穢れを浄化すれば冥府へ送れる。完全に悪霊になったら、地獄送りか魂ごとの消滅しか道は残されていない」
「神見君。貴方、浄化も出来るでしょう?」
「出来ます」
「なら悪霊化している霊は任せるわ。私、浄化なんて私には出来ないもの。さぁ、行きましょう」
「行きましょうって言っても、セキュリティが……」
「心配不要。強行突破するわ」
「強行突破ってどうやるんですか?」
先生は何も言わずに微笑むと、オートロックの操作盤の前に立つ。
そして白魚のような指を伸ばすと、軽く叩いた。
すると、紫色の小さな火花がバチッと音を立てて操作盤上に散り、自動ドアが開いた。
「「開いた」」
私と陽の声が綺麗に重なる。
なんで空いたのだろうか。まぁ、空いてくれて良かったけど。
自動ドアが開いたことに対して、こんなにも安堵したことなんてなかった。
「賽奈先生、一体何を……?」
「細かいことは後で。長くは持たないから今のうちに行くわよ」
「は、はい!」
私達は賽奈先生に先導される形で、開いた自動ドアを抜け中へ。
倫理的とか法的とか色々なことが頭に過ぎったけれども、問題が浮かんだが緑川さんの安否確認とこの禍々しい気配をなんとかするのが先決だ。
被害を拡大させてしまうのを防がなければならない。
すぐにエレベーターに乗り、先生がボタンを押す。
ぐんぐんと上昇していくエレベーター内は静寂が包み込んでいる。
エレベーターには私達以外が乗っておらず。
賽奈先生と陽は張り詰めた空気を纏い、腕を組んで壁に身を凭れ掛からせていた。
私はただ静かに無事である事を祈りながら、エレベーターの液晶画面を凝視。
変化していく数字がやたら遅く感じてしまう。
やがて電子音が到着を教えてくれると、扉がゆっくり開く。
まだ完全に開いていないうちに賽奈先生と陽が飛び出す。
それに遅れるような形で私も廊下へ。
206号室はエレベーターのあるホール近くにあったため、私達は部屋を探すには苦労しなかった。
壁に206とプレートが設置されている部屋は、灰色に銀のラインが入った扉は固く閉じられ私達の侵入を妨げている。
「ここだわ」
先生が呟いた瞬間だった。
室内からダンッという何か重い物を落としたような音が聞こえてきたのは。
「賽奈先生と紬はここで待っていて下さい。まず俺が中に入ります」
陽が扉に手を掛けながら言えば、賽奈先生が軽く手を掲げて制す。
「私の心配は結構よ。神見君は紬ちゃんのことをお願い。私は問題ないから。貴方よりも修羅場を潜っているし。さぁ、行くわよ」
「でも、先生。この扉も鍵がかかっ……」
「こうすれば問題ないわ」
私の言葉は途中で遮られてしまう。
賽奈先生が体を半回転させ、すらりと長い足を上げてしまったからだ。
すらりと長い足が扉を蹴れば、紫色の小さな火の玉が扉の縁をなぞるように出現し、扉の周りが炎天下の下に置いていたアイスのようにドロドロになっていく。
先生が履いているハイヒールがとどめとばかりに扉をぐっと押せば、バタンと内側に倒れていく。
「嘘でしょ……」
木材ではなく、明らかに鉄やアルミ製の扉。
それがどうして蹴り一つで壊す事ができるのだろうか。
人間の力とは思えない。しかも、扉を溶かすほどの温度を持つ火球まで現れるし。
疑問は多々あるけれども先生のお蔭で扉が無くなり、中が一望できるようになったのは真実だ。
玄関から真っ直ぐ廊下があって、左右には扉が二・三か所ある。
突き当りにはガラスが嵌め込まれた白い扉が見えるんだけれども、どうやら音はそこから聞こえてくるようだ。
「二人共、気を引き締めなさい。悪霊とDV女の二重で危険だから」
賽奈先生は玄関でハイヒールを脱がずにそのまま中へと突き進んで行く。
私は現場に到着した事により不安が蝕んでいき、体が強張っていた。
でも、進むしかない。先生に続き進んで行けば、扉の前へ。
先陣をきっていた賽奈先生が乱暴に扉を開ければ、室内の光景が一望出来た。
目に飛び込んで来た光景は、私の感情を乱すには十分。
私は衝撃のあまり、口元を手で覆ってしまう。
状況は最悪だ。
部屋の中はソファやテレビが設置されているリビングだったようで、フローリングの上には体をくの字にして倒れている緑川さんの姿があった。
彼の頬は赤く腫れており、傍には壊れたスマホが。
その付近には、ワンピースを纏った女性の霊に首を絞められている三浦さんの姿。
彼女の足はフローリングから数センチ浮いている。
苦しそうな三浦さんは、うめき声を上げながら出刃包丁を大きく振り上げていた。
視えているかわからないけど、締め付けられている首元付近を切ろうとしているようだ。
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