第27話 火急の電話

 カフェからの帰り道。

 私はぼんやりと車内の窓から流れる景色を眺めながら、久瑠ちゃんのことを考えていた。


 ふと窓の外へと顔を向ければ、いつの間にか見慣れた風景。

 どうやら、考え事をしている間にかなり時間が経過していたらしい。


「どうした? ずっとぼーっとしていたぞ?」

「んー……なんか切ないなって。視えるのに肝心の人には会えないのは」

「そうだな。だが、この世に居ない方がどちらのためでもある。地縛霊になったり悪霊になったり……この世に縛られることは霊にとってもよくない」

「黒ちゃんが言っていたんだけれども、悪霊になると自我がなくなるの?」

「なくなる。生前の記憶も意識もなくなり、悪しき者になるんだ。完全に悪霊になったら浄化はできない。まだ自我が少しでも残っているなら大丈夫だけれども。悪霊となったら、他の霊も喰われるし攻撃されるし。だから、この世には留まらない方が良いんだよ」

「そうだよね」

 それでも考えてしまう。

 幽霊でも会いたいって気持ちを。


 黒ちゃんをはじめとした冥府の人達は、迷える魂を救うために仕事をしているのもわかるんだけど。


 複雑な感情が絡み合っていると、突然車内に電子音が鳴り響く。

 私のスマホは初期設定の電子音じゃないので、これは業務用のスマホだ。


「もしかして……!」

 私が待っていた電話かもしれない。

 私は鞄から急いでスマホを取り出しディスプレイを見れば、見ず知らずの番号だった。


 掛けてくれたのだから、切れないうちにと素早く電話に出れば、「あの……佐久間紬さんの携帯ですか?」という弱々しい声が届く。

 今にも息が絶えそうなくらいに生命力が弱い声音だったので、彼が電話をかけてくれた安堵よりも不安の方が強く包んでしまう。


「緑川武史さんですね?」

「……はい。助けて下さい。もう、限界なんです……体と心が……」

「電話をかけて下さってありがとうございます。賽葉先生に緑川さんとお会いした時の事をお話したら、休日でも相談を受けるとおっしゃっていました。ですので、相談はいつでも大丈夫です。緑川さん。今、どちらですか? 私、近くまで行きますよ」

 普段は急かすような事はしないのがモットーだが、今回は別だ。

 声のトーンから、彼の生命が危ういことが感じられるから。


「今、自宅です……今日は休みなので……ただ、自宅付近は駄目です……彼女が来てしまうかもしれない……」

「彼女とは誰ですか?」

「付き合っている女性です。三浦百合」

 三浦さんの名を聞き、賽葉先生が言っていた言葉を思い出す。


 賽葉先生の予想が当たっていた。

 あの生々しい痣は三浦さんによるものだったのだ。


「ちょっとこのまま待っていて貰えますか? 賽葉先生か賽奈先生に連絡を取ってみます。スピーカーにしておきますね」

「はい」

 私は一端断ると鞄から自分のスマホを取り出し、賽葉先生へとかける。

 だが、無情にもコール音だけが鳴り続くのみ。


 賽葉先生、出ないし! 休日だから趣味の釣りかも。


 私は留守電へと切り替わったため、簡単に説明し通話を切ると今度は賽奈先生の番号へとかける。

 先生は顧客であるハウスメーカーとの関係上、土日も仕事をしている場合が多い。そのため、電話に出る確率が比較的高いのだ。

 お願い、先生! と祈るようにしながら、かければ「もしもし、紬ちゃん?」と数コールで電話に出てくれた。


「先生!」

 先生の声を聞き、私はちょっと心に余裕が出来る。


「どうしたの? 紬ちゃん。なにか焦っているようだけれども……」

「先生、いま事務所ですか?」

「えぇ、そうよ。今日、ハウスメーカーのお客様の本人確認で面談したいから」

「先生、賽葉先生って今近くにいますか?」

「賽葉? いないわ。釣りに出かけているから。どうかしたの?」

「実は――」

「百合!? どうやって入ったんだ。合鍵渡してないだろ」

 スマホから届いた叫び声により、私の体は強張ってしまう。


「ねぇ、誰と話しているの? 女? スマホ貸してよ」

 ガサガサと布同士が擦れる音が聞こえたかと思えば、何か重い物体がぶつかる音が届く。

 それから、「うぅ」という人のうめき声も。


 業務用のスマホを見れば、通話は切られてしまっていた。


「紬。場所わかるか? ヤバイだろ。これ」

「まだ聞いていないの。でも、職場ならわかるわ」

 職場で教えてくれるだろうか。

 住所なんて個人情報は保護されるものだし。


 頭の中がパニックになりかければ、私の耳に「落ち着きなさい」という先生の冷静な声が聞こえて来る。


「紬ちゃん、状況を説明して」

「彼女に暴力を受けていると思われる男性です。前に賽葉先生の事務所前で会った人なんです。さっき助けて下さいって電話がありました。今、彼女が来て……自宅にいるそうですが場所がわかりません」

「職場は? 聞いてみるわ」

 私がホテル名を告げようとすれば、膝の上に置いていたスマホから電子音が鳴る。

 さっきの電話番号だ。


「もしもし」

 電話が切れないうちに素早くとれば、「港河マンション206。早く来て彼を助けて」という女性の声が聞こえ、そのまま切れる。


 三浦さんの声じゃない。この声は――


「ワンピースの女性の霊」

 声の主は私の腕を掴んで殺すと言ったあの女性だった。

 なぜ彼女がリダイヤルして住所を教えてくれたのだろうか。


 もしかして、罠?


 緑川さんが働いている職場の方に住所を教えて貰えるようにお願いしても教えてはくれないだろう。

 とにかく行ってみるしかなさそうだ。


「陽、港河マンションに行って」

「そこなら場所がわかるからナビは不要だ」

「ありがとう」

 私はすぐに賽奈先生繋がっているスマホを握り締め、先生にも伝える。


「先生。港河マンション206かもしれません」

「わかったわ。私も向かうので、マンションで会いましょう」

「はい」

 私は頷くと、通話を切った。


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