第26話 朔ちゃん
戻ってきた美和に案内され、私達が案内されたのは壁一面が本棚になっているスペースだった。
本棚には本の他に蓄音機やタイプライターなどが飾られている。
その前には椅子が二脚と丸いテーブルが。
テーブルの上にはメニュー表と共に、呼び出しボタンも。
私達は席に座るとさっそくメニュー表を手に取り眺めることに。
美和は仕事があるため、私達を席に案内してくれると「ゆっくりしていってね」と言い残して仕事に戻っていった。
「紬。どれにする?」
「んー……」
私はメニュー表を見ながら悩んでいた。
押し花入りの和紙製のメニュー表は、店の雰囲気を損なわないように筆で書かれており、写真付きでわかりやすい。
「ワッフルの季節のフルーツ添えとアイスティーにしようかな。陽は?」
「俺は抹茶ミルクとみたらし団子」
「いいね、甘いものとしょっぱいもの」
甘いもの食べているとしょっぱいものを食べたくなるので、その組み合わせは個人的には好ましい。
みたらし団子好きだし。
陽の組み合わせを見て若干の迷いが生じてしまった。
けど、メニュー表を見ても性格的に迷ってしまうため、私は最初に決めたメニューのとおりにすることに。
メニューが決まったので、私はボタンを押せば短い電子音が鳴る。
「そういえば、一人暮らしの話どうなったんだ? 前に一人暮らしするって言ってなかったか」
水を飲もうとグラスに手を伸ばしたタイミングで陽に聞かれたため、私は咄嗟に手をとめてしまう。
「保留にしている。ニーヤを連れていく予定だったんだけど、家族全員が反対しているから。私は出ても構わないけど、ニーヤは連れていくなって。特にお父さん達。ニーヤは娘らしいから」
「ニーヤは佐久間家のアイドルだもんなぁ」
「お母さんには出ていくなら結婚して出て行けばいいのにって言われるし。出ていけるなら出て行っているよ」
私は頬に手を添え、ため息を吐き出す。
最近、母の友人にちらほら孫が生まれているらしく、言われる。
うちはいつ孫が抱けるのかしらねぇ? って。
圧力が凄まじい。
「つ、紬は結婚とかどう思っているんだ?」
「したいよ。でも、彼氏いないし。陽は? 神見の跡取りだから、色々言われない? ……って、陽?」
急に陽が水の入ったグラスを一気に飲み干し出したので、私は首を傾げる。
喉が乾いていたのだろうか。
それとも、視線をそわそわと動かして落ち着きがないようなので、緊張している?
カフェ内は女子率高いし。
「あのさ、俺と紬ってかなり付き合いながいじゃないか」
「そうだね。保育園からだし」
「だから、丁度良い距離感ってあると思うんだ。でも――」
陽の言葉は途中で遮られてしまう。
自分達のいる少し離れた場所から聞こえてきた可愛らしい幼女の声によって。
「この声は」
私と陽がほぼ同時に声がした方向へと顔を向ければ、朔ちゃんの姿が。
傍には美和と同じように白いブラウスにギャルソンエプロン姿の女性もいた。
年は十代後半から二十代前半くらいだろうか。
胸下まである漆黒の髪を二つに結い、リスのような大きな瞳を持っている。
顔立ちも可愛らしくアイドルだと言われても違和感がない。
「いらっしゃいませ」
朔ちゃんは私達の所に来ると、ニコッと笑った。
前回、朔ちゃんと会ったのはオープン前なのでかなり久しぶりだ。
陽と朔ちゃんはその時に面識があるため、名前を憶えてくれていたみたい。
「朔ちゃん、久しぶりだね」
「元気だったか?」
「うん。さっきまで久瑠お姉ちゃんとパフェの飾りつけしていたの」
「久瑠お姉ちゃん?」
陽の言葉に朔ちゃんは顔を上げて傍に立った女性を見る。
女性は朔ちゃんと瞳同士を合わせて微笑む。
――もしかして、美和が言っていた視える子ってこの子かな?
「初めまして。バイトの白河久瑠です。大学二年生です」
「白河さん?」
私の周りでは珍しい苗字だったため、つい反応してしまう。
最近知り合ったのは、黒ちゃんの後輩。
短期間で二人目の白河さんに出会うなんて。
「あの……どうかしましたか?」
久瑠ちゃんが首を傾げたので、私は慌てて左右に首を振る。
気を取り直して微笑むと、私も自己紹介を始めた。
「初めまして。美和の友人の佐久間紬です」
「同じく緑川さんの友人の神見陽だ。よろしく。君は朔ちゃんが視えるんだな?」
陽の問いかけに彼女は頷く。
「はい。小さい頃から視えます。昔は自分だけ視えるのが嫌で仕方がなかったのですが、今は諦めがつきました。兄には『気にするな。いつか視えなくなるから』と言われていましたが、まだ視えますね」
「俺は視えていて普通って感じだったな。神見の跡取りとして。神社の跡継ぎが全員視える人じゃないんだけど」
「あの……視えなくすることって可能ですか?」
突然の問いかけに対して、私と陽、それから朔ちゃんが固まってしまう。
「久瑠お姉ちゃん、視えなくなりたいの……? 私の事きらい?」
朔ちゃんは涙を浮かべながら、久瑠ちゃんのギャルソンエプロンを掴んだ。
すると、久瑠ちゃんが「違うよ」と首を左右に振り、朔ちゃんの頭を撫でる。
「会いたい人がいるんです。視たくない幽霊ばかり視えて、本当に視たい幽霊が視えないから」
冷え冷えとした言葉を吐き出すと久瑠ちゃんは唇を噛みしめる。
どうやら彼女は亡くなった方の中に会いたい人がいるようだ。
久瑠ちゃんの気持ちも充分理解できる。
でも、視えないということはこの世に留まっている可能性が少ないこと。
悪霊化などを考えると、この世に居ない方が良い。
「気持ちはわかるなぁ。俺も亡くなったじーさんに会いたかったし。だが、故人がこの世にいるよりはあちらの世界に居る方が故人にとっては良い」
「そうですね。でも、私は会いたい。あって一言兄さんに言いたい」
彼女は今にも泣きだしそうな表情を浮かべて、ぎゅっと両手でエプロンを握り締める。
その表情からは後悔や寂しさなどの複雑な感情が確認できた。
会わせてあげられるならば、会わせてあげたい。
でも、私はただ視えて話せるだけでそういった能力はない。
重苦しい空気が流れたが、それを変えたのは朔ちゃんだった。
「久瑠お姉ちゃん。きっとお姉ちゃんのお兄ちゃんもあっちの世界で久瑠お姉ちゃんの事を思っているよ。だから、元気だして」
朔ちゃんがぎゅっと久瑠ちゃんの手を握り締めて励ませば、久瑠ちゃんは弾かれたように朔ちゃんへと顔を向ける。
久瑠ちゃんは、朔ちゃんに対して何度か唇を動かして言葉を発そうとしていたけれども、音となることはなかった。
ただ静かに、頷き泣きそうな顔で微笑んだ。
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