第25話 美和のカフェ
とある休日。
私は陽が運転する車に乗って美和が営んでいる古民家カフェへと向かっていた。
車内の窓からは高速道路や病院などの大きな建物が窺える。
見たことがあるような? と首を傾げたくなるのは、私がこの道を通るのが人生で二度目だからなのかもしれない。
以前、美和の古民家カフェがオープンする前にお祝いの品を持って訪れた事があったから。
「緑川さんのカフェ、すごく盛況らしいな」
「そうみたい。最近、雑誌でも取り上げられているみたいだよ」
助手席に乗っている私は、鞄の中に手を入れスマホを取り出しながら言う。
私が手にしているカバーもかかっていない黒いスマホは、先生から渡された業務用のスマホだ。
休日はちゃんと休むために電源を切りなさいって言われているんだけど、賽葉先生の事務所までの出来事があったから入れている。
――着信ないなぁ。
私はディスプレイを確認して、大きな息を吐き出す。
「なんかあったのか?」
陽の心配そうな声を聞き、私は小さく頷く。
「あったけど言えない」
「仕事関係か?」
「仕事と言えば仕事だけれども……」
私は取り出したスマホをもう一度鞄へとしまいかけて、鞄の中に入れておいた封筒の存在を思い出す。
財布と共に賽奈先生に貰った優待券が入った封筒を持って来ていたのだ。
「あー、そうだった。陽、いまって仕事忙しいよね?」
「何? また不可思議現象の解明でも依頼されたのか?」
「違う違う」
「んー……忙しいかなぁ。半年先まで埋まっている」
「だよね。今日、久しぶりの休日って言っていたし」
私は賽奈先生から貰ったお店の優待券をどうしようかなと思っていた。
賽奈先生は陽と一緒に行って来てって言っていたけど、陽は多忙。
黒ちゃんは人間には視えないから、無理だもんなぁ。
「春は? 春は忙しい?」
私は陽の弟の名を口にする。
「春はまだ修行中だから、案件あまり受けてないのでぼちぼちかな」
「んー。じゃあ、春に頼む事にするよ」
「やっぱりお祓いか?」
「違うよ。賽奈先生がお仕事で関わった和食店の優待券を貰ったの。陽が忙しそうだから、春と行こうかなって。春、和食好きだし」
「え、待って! 俺、行きたい。忙しくても時間作るよ!」
陽が焦りを含んだ声を上げたので、私は首を傾げてしまう。
そんなに必死に行きたいほど、和食が好きだっただろうか。
春は「何が食べたい?」って聞くと「和食系」って言うくらい好きだけど。
「いつ行く? 俺、調整しておくから」
「別に無理して近日中じゃなくても良いよ。有効期限一年だし」
そんな話をして道中の時間を過ごしていると美和の営んでいる店へと到着した。
地元から車で約一時間くらいのところ。
住宅地が立ち並ぶ新興住宅地の外れに、美和の店がある。
広々とした大きな敷地をぐるりとクリーム色のペンキで塗った木の柵で囲み、中には古民家カフェと松などの植物が植えられた庭が窺えた。
敷地内には柚やシソなどの和ハーブなどが植えられたスペースもある。
美和が求めている老若男女誰でも癒され笑顔になれるお店がコンセプトのとおり、お店は色々工夫が施されていた。
たとえば駐車場。
ベビーカーなどの出し入れがしやすいように一台分が広めに区切られている。
駐車場から建物までも舗装され段差をなくし、歩きやすいようになっているし。
「結構混んでいるね。オープンからまだ三十分足らずなのに」
駐車場に車を停めたんだけれども、駐車場はほぼ満車になってしまっていた。
地元の人が多いのかな? と思っていたけど、車のナンバーは様々な所から来ているみたい。
建物へと伸びている大きく切り開かれた通路の左右には、夜間に足元を照らしてくれるであろう灯篭をモチーフにした照明器具や和む陶器製のウサギの置物などが置かれている。
私と陽はお店の前まで来ると、檜の香りが漂う扉を開ける。
扉は持ちやすいように大きな取っ手があり、軽い力で横にスライド出来た。
「いらっしゃい……あっ! 紬、神見君」
ちょうど銀のトレイに使用済みの食器などを運んでいた美和とばったり遭遇。
美和は髪を一つに纏め、ブラウスに黒いスカート、それからギャルソンエプロンという恰好をしている。
彼女は扉の前で私達とばったり会って一瞬驚いていていたが、すぐに笑みを浮かべた。
美和には事前に連絡を入れてあり、お店の予約を取っている。
「来てくれてありがとう」
「盛況だね」
「うん。最初は私と朔ちゃんで回せていたんだけれども、ありがたいことに噂を聞きつけた人や雑誌を見たお客様が来てくれて……」
「雑誌の特集は見たけど、噂って?」
「座敷童がいるカフェ。最近そんな噂があるの」
私と陽はお互い顔を見合した。
「え、バレたの?」
「赤ちゃんとか小さな子とかが泣いていると不思議と泣きやむことがあったの。だから、最初はなんか不思議な店って噂だったんだ。でも、ある日常連さんから『この店古民家移築して来たって聞いたけど、座敷童でもいる?』って聞かれて……」
「視える人だったのか?」
「そうなの。赤ちゃんがグズったり、子供が暇そうにしているとおかっぱの着物を着た女の子があやしていたって。それが噂になってこんな感じに」
朔ちゃんが美和に一緒に古民家カフェをやろうと誘われた時に喜んでいたのを思い出す。
朔ちゃん、自分に出来る範囲で一緒にやっているんだなぁ。
「朔ちゃん偉いね」
「うん。私は視えないけど、色々お手伝いしてくれているの。今は厨房を手伝ってくれているわ」
「「ん? 厨房?」」
想像もしていなかった返事により、私と陽の声が綺麗に重なってしまう。
「予想外に急激にお客様が増えちゃって……私が一人では手がいっぱいでお店回せなくなっちゃったんだ。それを見かねてデザートの飾りつけとか手伝ってくれ始めたの。最初はびっくりしたわ。苺が宙に浮くんだもん」
美和は思い出したのか、クスクスと笑っている。
目尻を下げて嬉しそうな彼女を見て、私まで顔が緩む。
「朔ちゃんの力を借りてなんとか乗り切っていたんだけど、それでも間に合わなくなっちゃって。今は、バイトの子が二人働いてくれているの。二人とも、朔ちゃんの事を知っているわ。一人は視える子みたいで、紬のように朔ちゃんの通訳やってくれているんだ。良かったら、朔ちゃんにも会っていって。朔ちゃんに声をかけておくから」
「うん。ありがとう」
「さっそく席に案内するね。ちょっと待っていて貰ってもいい? 食器置いてくるから」
「平気。待っているよ」
「急がなくてもいいぞ」
私達の言葉に「すぐ戻るね」と言い残して、美和は背を向けて食器を置きに向かった。
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