第21話 黒ちゃんとばったり遭遇
「……夢に向かって一直線って感じだったな、美和」
私はパンが入った袋を持ち、ホテル内を一人で歩いている。
美和と一緒にパン屋に来たんだけれども、私はあまり迷わなくパンを購入してしまった。
彼女はパンやケーキもまだ迷っているようだったし、内装などにも興味があるらしく、気を使わせると悪いため、ゆっくり選べるように「ちょっとホテル内を散策してくるね」と言い残しホテルを散策中。
天上からぶら下がっているシャンデリアの下。絵画や像などの芸術的な展示がされてあり、ただ見て回っても退屈せず。
地元の作家さんや海外の作家さんが中心のようで、小さな美術館みたい。
一つ一つ展示を見ていけば、一階の奥に到着。
壁にはスタッフオンリーと書かれた扉と、黒い壁に映えるように一メートルくらいの幅で花が活けられていた。
その傍にはベンチがあり、休めるようになっている。
一番奥だし何も施設がないため、人がまったくおらず。
「億まで散策したから、戻ってロビーでお茶でもするか」
私は歩き疲れたし喉も乾いたので、ロビーでお茶をして待っていることにし、身体の向きをかえてUターンをしようとすれば、ふと視界に見知った人を発見。
全く人の気配がなかったので、私は一瞬体をビクつかせたが、すぐに強張りを解く。
だって、それは――
黒ちゃんだ!
黒ちゃんは一人ではなく、隣には青年が立っている。
青年はサイドをアシンメトリーにしたオレンジ色の髪を持ち、黒ちゃん同様に死神のトレードマークである大きな鎌を持っていた。
今日は大鎌と共に黒いタブレットを所持。
死神界にもタブレットがあるのかとふと頭に浮かんでしまう。
てっきり巻物とか古典っぽいものかと思っていたけど、タブレットというめっちゃIT化。
二人はタブレットを見ながら、眉間に皺を寄せていた。
何かあったのだろうか。
「黒ちゃん」
私は黒ちゃんが困っているようなので手伝おうと思って声をかければ、弾かれたように黒ちゃん達がこちらに顔を向ける。
一瞬驚いた表情を浮かべていた黒ちゃんだったけど、私だと判明したようで「紬ちゃん!」と目尻を下げた。
「珍しい……というか、初めてだよね。人間界で出会うなんて。紬ちゃん、何しているの?」
「ちょっとパンを買いに。黒ちゃん、仕事?」
「うん。ちょっと緊急の仕事」
「お疲れさま。こちらの方も死神かな?」
私は黒ちゃんの隣へと顔を向ければ、彼は「ちわっ」と片手を上げて挨拶をしてくれたので私は会釈をした。
思いのほかあっさりと受け入れてくれたので、ちょっとだけびっくり。
「俺、絶賛死神見習い中の白河でーす。黒先輩の友達ですか?」
「はい」
「先輩、友達いたんですね。いなそうなのに。良かったじゃないですか」
「はっ?」
黒ちゃんはぐっと眉間に皺を寄せると、白河君を睨む。
待って。この子は天然なのだろうか。
確実に空気は読めていない。
きっと黒ちゃんが前に幽玄で愚痴っていた後輩というのは、この青年の事なのだろう。
「俺達の事が視えるだけじゃなくてしゃべれるんですね。俺、初めて会ったっすよ。マジ希少生物です」
白河君は私の頭から足先を観察するように言う。
「き、希少生物。一応、人間だから生物であっているのか?」
私は首を傾げてしまった。
なんか不思議と彼のリズムに流されてしまって、まぁいいのかとなってしまうのだ。
「白河! 私の友達に失礼な事を言わないでよ」
「失礼な事でしたか? 俺、思ったままの事言ったまでなんですけど。素直な人間になるようにって、直と死んだ親が名づけましたし」
「人付き合いで素直にならなきゃならない時とオブラートに包まなきゃならない時あるでしょうが! あんたの方がわかるでしょう。元人間。しかも、元ホストだから接客業だったんでしょ。本当にナンバーワンだったの?」
「ホストは俺の仕事だったんで」
「死神も仕事でしょうがっ! あぁ、可愛い後輩にチェンジしたい……!」
黒ちゃんはシャンデリアが輝く天井に向かって吠えるように大声で叫ぶ。
すると、白河君が「先輩、うるさいっす。超迷惑行為ですよ。営業妨害」と耳を塞ぎながら冷静に告げる。
この二人の組み合わせって大丈夫なのだろうか?
冥府にも人事がいるかわからないけど、もうちょっと相性というものをみて相棒を選ぶべきだったような気がする。
つい心配になってしまうくらいに、私の中で黒ちゃんと白河君は黒と白の名の通り対照的だった。
ど、どうすれば……
私が困惑している間にも黒ちゃん達は止まらない。
「黒ちゃん、緊急の仕事あったのに話しかけてごめんね」
「全然いいっすよ。仕事中ですが対象者の緊急アラームが停止したので暇なんで」
「紬ちゃんは私に聞いているのに、なんで白河が答えるわけ!?」
「いいじゃないっすか、どっちでも」
「緊急アラームってなに?」
首を傾げれば、黒ちゃんが説明してくれた。
「紬さん、俺ら死神の仕事ってなんだと思います?」
「死者の迎えかな」
「それです。ただ、迎えは冥府にいる死者と縁がある者が迎えに行く場合も珍しくないんですよ」
「そういえば、亡くなったおばあちゃんが入院中に曾祖母が来たって話していたっけ。きっと迎えに来てくれたんだと言っていたから、私とお母さんでそんな事ないって言っていたんだけれども……」
「たまに聞きますよね。俺も生前聞いたことがあります。迷わぬように縁がある者が迎えに来てくれる時がありますが、全員来られるわけじゃない。ほら、転生とかしてしまっている人もいますし。なので、そこで俺達の出番なんです。まぁ、要するに死神は死後の道案内人ですね。死神ってあんまり良いイメージないですけど」
「そうなのよねぇ……仕事だから仕方がないけど、ネガティブイメージ過ぎるのよね。死神って」
黒ちゃんは頬に手をあてると、大きくため息を吐き出す。
「あとは強い思いや執着を残して現世を彷徨っている死者を冥府に送ることもしています。悪霊とかまでなると自我が崩壊しているから、武力行使になりますが」
「悪霊って自我がないの!?」
私はてっきりあると思っていた。
やばそうな霊には遭遇した事があるけど、悪霊自体に遭遇したことがないので見たことがないのでわからず。
「ないですねー。たまに自我が戻るレベルならばまだ浄化出来ますが、悪霊は戦って強制的に冥府に送るしかできません。近づかない方が無難です。俺も絶対に近づきませんので」
「さっき死神の仕事だって自分で言ったじゃんか」
「死神の仕事ですが俺はお断りします。危ないことはしたくないので」
あっさりと言った白河君に対して、黒ちゃんは「人事課!」と叫んでいる。
黒ちゃん、頑張って……
「じゃあ、さっきの緊急って悪霊退治?」
「ううん。実は死神って死者の魂のみって印象を持たれているけど、生きている人間の魂を守る事も仕事の一つなんだ。時折、人の寿命を無理やり捻じ曲げる者が現れる時があるんだ。その原因を取り去るのも仕事」
「どういうこと?」
「たまに霊や妖怪によって人の寿命が捻じ曲げられそうになる時があるんですよ」
「捻じ曲げられる……?」
黒ちゃんや白河君の言っていることがよくわからなかったため、私は頭の中が混乱し始めてしまう。
「例えば悪霊に殺されそうになるとかですね。そういう時はこんな風に緊急アラームで知らされるんですよ。今、アラームは解除されたので、緊急の事態は脱しましたが」
白河君が私の前にタブレットを掲げたので、視界に入ってしまう。
そこに映し出されたのは、三浦さんの彼氏さんであり、私が交差点で遭遇したあの男性に関する情報だった。
顔写真と共に名前などの個人情報、それから緊急解除という赤文字が表示されている。
緑川武史――
それがあの男性の名前みたい。
「なんで見せちゃってんの!? 死神だって個人情報保護しなきゃならないんだけど!」
「あ、駄目だったんですか?」
「駄目に決まっているでしょうが!」
「あー、そうなんですか。聞いてなかったので」
「説明してないけど一般的に考えてわかるでしょうが!」
「ねぇ、黒ちゃん。私、この人、知っているわ」
「え」
今にも白河君に掴みかかりそうになっていた黒ちゃんは、私の方へと弾かれたように顔を向けた。
「紬ちゃんの知り合い?」
「知人とかではないけど、知っているの。さっきも見かけた」
私は黒ちゃん達にワンピースの霊の事などを話す。
全部を話すと長くなってしまうため、大雑把になってしまったけど。
黒ちゃんと白河君は私の話を聞きながら、顔色を曇らせていく。
「……先輩。どう思います?」
「ギリギリ悪霊になっていないと思う。自我は失われているけど、たまに生前の意識がある状態に戻っているのかも。じゃなかったら、紬ちゃんに話しかけていない」
「話かけても意味不明な事言っていたじゃないですか。殺すって」
「それって紬ちゃんに言った言葉なのかな?」
黒ちゃんの台詞に対して、私と白河君は顔を見合わせてしまう。
「悪霊が紬ちゃんに殺すって言ったら、絶対に殺しに来るよ。悪霊の宣言は絶対だから。自我がない分、恐怖もないので神見のお守りなんて関係ないし。負の感情に縛られている執着によって生きているようなものだから」
「縛られている執着って、たとえばどんなもの?」
「たとえば、相手が憎い末代まで呪ってやるという執着が強いまま亡くなったとする。悪霊化したら、死後相手を確実に末代まで呪うの。イノシシのように猪突猛進でそのゴールへと向かう。わき目もふらずに。その感情に縛られているから」
「じゃあ、ワンピースの女は何がしたいんですか?」
「そこまではわからないわ。ただ、殺すって言ったのに助けてとも言っている。何かしらの理由はあるはずよ」
「どうしますか、先輩。アラーム解除なったらうちは手出しできません」
「あー、そうだった! 管轄違ってくるわ。本当に規則って面倒よね」
黒ちゃんは頭を抱えると深い溜息を吐き出した。
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