第22話 家ごと引っ越しっ!?
黒ちゃん達とばったり遭遇してから二か月後。
とある休日。私は再び源さんの実家の古民家へとやって来ていた。
今度は賽奈先生とではなく、美和と源さんの三人で。
賽奈先生は仕事が入っているので、今回は一緒に同行するのが難しかったのだ。
青々とした空の下。
私と美和は自然の風を肌で感じながら、源さんが古民家の施錠を外しているのを待っていた。
じりじりとした太陽の光が熱いけれども、代わりに時折吹く風が私達の頬や髪を撫でていくのが涼しくて気持ちが良い。
標高が高い場所にあるため、風も冷たいのかも。
耳を澄ませば川の流れも聞こえるため、それも相成っているのだろうか。
「急にごめんね、紬。せっかくの休日なのに」
「気にしないで。賽奈先生が休日出勤扱いしてくれたから」
「賽奈先生、そこまでしてくれたの? なんか申し訳ないわ。登記関係は絶対に紬の所にお願いするね」
美和はそう言うと、古民家を一瞥する。
以前と違って蜘蛛の巣や雨樋に詰まっている枯れ葉などが取り払われていた。
もしかして、源さんが掃除をしてくれたのかもしれない。
「実はね、紬にこの家の話を聞いてから、源さんと連絡を取って数回見せて貰ったんだ。そして、色々考えて決めたの」
「そっか、決めたんだね」
「うん」
美和は笑みを浮かべて頷く。
「準備も初めているから、あとは朔ちゃんの返事しだいなんだ。この家には朔ちゃんが住んでいるから。私は視えないので、今回紬に通訳お願いしたくて」
「いいよ、全然」
「そう言ってくれて良かった。急に誘っちゃったから神見君と予定入っているかと思っていたの」
「陽? 特にないけど、なんで陽?」
「えっ、だって……」
美和は目を大きく見開くと、私をじっと見詰めている。
「もしかして、高校卒業からずっと付き合いが変わってないの……?」
「変わってないよ」
「あー、そっか。うん……」
美和は視線を彷徨わせながら「気にしないで」と曖昧に微笑む。
すると、ガチャンと大きな鍵が開いた音が響く。
「あ、開いたみたいだね! さっそく入ろうよ」
そう言って美和が私の肩に軽く手を触れた瞬間だった。
ダダダッと廊下を駆ける人の足音が響いてきたのは。
足音は段々と私達がいる方へと近づいてきている。
――朔ちゃんだ。
私はすぐに察したけれども、他の人は違ったみたい。
源さんは大きく肩をビクっと動かすと、玄関の扉から後退ってしまっている。
心なしか顔色もあまりよくないし。
一方の美和は緊張した面持ちをしたまま、肩から下げているトートバッグをぎゅっと握り締めている。
瞳はまっすぐ玄関へと向けたままで。
「朔ちゃん、来てくれたんだなぁ」
と、私が呟けば、玄関の引き戸がガラガラと開く。
現れたのは、朔ちゃんだった。
不安そうな表情をしたまま、首を左右に振り私達の様子を探っている。
自分の住むところが関係しているのだから、いていてもたってもいられなくて外に出てきたのかもしれない。
私には朔ちゃんが視えていたけど二人には視えていないため、源さんは顔を青ざめ、美和は突然戸が開いてしまったため呆気に取られている。
心を立て直すのは美和の方が早く、「朔ちゃんかな? こんにちは」と挨拶をした。
「こ、こんにちは」
朔ちゃんはおどおどとして美和に挨拶を返している。
「こんにちはって言っているよ」
「ほんと? 嬉しいなあ。ねぇ、紬。朔ちゃんは私の声が聞こえるんだよね?」
「うん」
「あのね、朔ちゃん。中に入ってもいいかな? ちょっと聞いて欲しいことがあるの」
美和は扉の前へと近づくと、屈み込んで言う。
突然の出来事に朔ちゃんが瞳を揺らして私へと顔を向ければ、美和も私へと顔を向けてきたので、二人に見られているような状態に。
私は人間と妖の声を聞き話せるため通訳者。
そのため、早速朔ちゃんに訊ねることに。
「朔ちゃん。どうかな? 美和の話を聞いてくれる?」
「だ、大丈夫」
朔ちゃんは大きく頷くと、さっと玄関から避けて中へと促してくれた。
「朔ちゃんが聞いてくれるって。中に入るように促してくれているよ」
「嬉しい。ありがとう」
美和はほっと息を漏らすと、微笑んで「お邪魔します」と言って玄関内へ。
廊下を進み通されたのは、茶の間だった。
綺麗に片付けられているため、畳の上にはちゃぶ台しかない。
それが酷く寂しげな印象を受ける。
源さんが事前に掃除をしてくれていたのか、ちゃぶ台の上は綺麗だし、畳にも埃はない。
私達は暑さのために、茶の間の窓や襖を開けて空気の入れ替えを行うと、テーブルを囲むように座り、道中立ち寄ったコンビニで購入した飲み物などを円卓へと置いた。
緑茶や紅茶のペットボトルに交じり、オレンジジュースとお菓子もテーブルの上に窺える。
オレンジジュースとお菓子は、美和が朔ちゃんのために購入したものだ。
「ジュースは朔ちゃんのだよ。美和からのプレゼント」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
朔ちゃんは目を輝かせながら飛び跳ねている。
「美和。朔ちゃんがありがとうって。朔ちゃん、すごく喜んでいる」
「喜んでくれて嬉しい」
美和はそう言うと微笑んだ。
私達はオレンジジュースでテンションが上がっている朔ちゃんが落ち着くのを待ち、さっそく本題へ入ることに。
朔ちゃんは正座しながら、じっと美和を見ている。
見詰められている美和は、見られている空気を感じているのか、やや緊張気味。
彼女は、ゆっくりと息を吐くと、ペットボトルの紅茶を一口飲み喉を潤して唇を動かす。
「実は所有者である源さんには、私の話を聞いて貰って許可を頂いているの。ここの住人である朔ちゃんにも話を聞いて欲しくて……」
美和の真剣な声音を聞き、朔ちゃんの体が強張る。
「朔ちゃん。この家ごと引っ越しをしませんか――?」
「「え」」
予想もしていなかった決断と突然の誘いに対し、私と朔ちゃんの声が綺麗に重なってしまう。
朔ちゃんは「家ごとっ!?」と言いながら、あちこち忙しなく視線を動かしている。
その動揺、すごくわかる。
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