第15話 おすそ分け
「あれ?」
空がオレンジ色に染め上げられ、カラスが寝床へと戻る頃。
外回りから事務所へと戻っている途中で、私は顔見知りの人物と遭遇した。
事務所が入っているビルの一階にあるコンビニからちょうど出て来たのは陽。
手にはペットボトルを持っている。
「紬!」
陽は目を大きく見開くと、ゆっくりと目尻を下げた。
「珍しいね。狐町にいるなんて」
狐町で陽と会うのは、かなり珍しい。
……というか、初めてかも。
仕事終わりに会う約束をしている時など、迎えに来てくれる。
でも、こうしてばったり会うのは初めて。
「こっちに用事あったの?」
「……ちょっと泰山王様に言われたのがずっと気になってさ。久しぶりに休みが取れたから、狐町にいる九尾の狐姉妹を探しに来たんだよ」
陽はちょっと前に幽玄で泰山王様と黒ちゃん達と呑んだ時の出来事を気にしていたらしい。
泰山王様に修行不足って言われていたもんなぁ……
私は別に狐町の事を気にも留めていなかったのでいつも通り過ごしていたけど。
「見つかった?」
私の問いに対し、陽はがくりとわかりやすく肩を落とす。
どうやら駄目だったみたいだ。
「図書館で狐町の九尾の狐について色々調べたんだけれども、あまり記載がないんだよ。口伝的なものらしい。奉られているかなと思ったんだが、祠も塚も全くないんだ。どこにいるんだろうなぁ」
陽がため息を吐き出したタイミングで「あら? 紬ちゃんと神見君じゃないの」という二つの声が私達に届く。
そのため、私達は弾かれたように声がした方へ顔を向ければ、賽奈先生と賽葉先生の姉妹が立っていた。
手にはパンパンに膨らんだ大きなスーパーの袋と鞄を持っている。
先生達は基本的に車移動が多いため、駐車場で会ったのかも。
駐車場はビルの裏側にあり、表の駐車場はコンビニ専用となっているから。
「先生!」
「賽葉先生、賽奈先生。お久しぶりです」
陽が会釈をすれば、先生達はにこやかに「久しぶりね」と言う。
賽奈先生一人でも花があるけど、二人揃うと倍。
そのため、コンビニから出て来た人々の視線を先生達が掻っ攫っている。
「神見君。こっちでお仕事?」
「いえ、ちょっと……」
陽が濁した言葉を言ったため、先生達は顔を合わせて首を傾げた。
「ちょうど良かった。先生達、狐町に詳しいですよね?」
「えぇ。ずっとここに住んでいるから。どうかしたの?」
「ほら、鶴海さんがこの前言っていた狐町の九尾の狐の話覚えていますか?」
「覚えているわ」
「何か知っている事ありませんか?」
「ごめんなさいね。私達はあまり……どうして急に九尾の狐の話を?」
賽奈先生に訊ねられ、私はつい口ごもってしまう。
まさか、泰山王様に聞いたなんて言えないからだ。
先生は私が視えるという事も陽が神社の跡取りであることも知っているけど、さすがに十王の話は言いにくい。
猫又の猫吉さんや死神の黒ちゃんと違って、冥府の上位者だから。
冥府の上位者が小料理屋で呑んでいたってなかなか信じにくそうだし。
「鶴海さんに狐町の事を聞いて、私が陽に言ったんです。それで、陽が狐町の九尾の狐を探しに来たんですよ」
「まぁ、そうなの?」
陽へと先生達が尋ねれば、陽が頷く。
「図書館にも行って来たんですけど、あまり記述がなかったんです。近代に入ってから書かれたものならありましたが……」
「それは残念ね。でも、九尾の狐を見つけてどうするの? 神見君、使役したいのかしら?」
「使役したいなんて願望はありませんよ。ただの九尾の狐じゃなくて天狐です。しかも、二匹。使役するには自分から契約してくれるか、力でねじ伏せて契約させるかの二択ですよ? 天狐二匹と戦うなんて冗談じゃないですって。捜索している理由は、プライド的な問題です。天狐がいるのに気付けないなんて……ましてや紬の職場がある狐町にいますし」
「意外と探しているものは、身近にいるかもしれないわ」
クスクスと喉で笑いながら、賽葉先生達が言う。
それに賽奈先生も「頑張ってね」と陽にエールを送る。
「んー……でも、身近にはいないと思いますけど?」
「あら、どうして?」
私の発言に賽葉先生が首を傾げたので、私はこの間鶴海さんに聞いた話を話す。
「鶴海さんに聞いた話では、九尾の狐の妹の方は暴力的だと聞きました。烈火の如くキレたらと永遠に暴れまくっていたそうです。私の周りにはいませんし」
「キレたら永遠に暴れまくる……しかも、烈火の如く……」
賽葉先生はツボに入ったのか、声を上げて笑い始めてしまう。
その横で賽奈先生が眉間に皺を寄せて賽葉先生を見ている。
「賽葉」
不機嫌そうな賽奈先生の台詞を聞いても、賽葉先生は肩を震わせて笑っていた。
「もー、賽葉ってば! いいわ、紬ちゃん達。賽葉は放っておきましょう。神見君。良かったら、上でお茶でもいかが? きゅうりもおすそ分けしたいし」
「きゅうりですか……?」
「そうなの。さっき、私と賽葉がご近所の農家さんから頂いたのよ」
賽奈先生がスーパーの袋を軽く上げれば、ぱんぱんに膨らんでいる袋から瑞々しいきゅうりが覗いていた。
青々として美味しそう。
「大量ですね。河津さんが見たら喜びそうですよ」
「あら? 神見君の知り合いできゅうり好きの人がいるの?」
「人というか、河童です。うちの近くに川があってそこに住んでいるんですよ。俺や紬が小さい頃、泳ぎを教えて貰いました」
河津川という川が陽の家の近くに流れていて、そこに河童が住んでいる。
神社がある山から川に流れて来るらしく、水が澄んでいて清らからしい。
なんでも神気を纏っているとか。
私としては普通の水にしか感じないけれども。
川には河童が数人生息していて、特に私達が仲良くしているのは河津さんという河童。
正式な名前があるけど、これが長い。
出会った頃の私達はまだ保育園児。
そのため、名前をなかなか覚えられなかったので川の名前で呼んでいる。
面倒見が良い河童で、よく川原で遊んでいる子供達を見守っていた。
「そういえば、最近会ってないかも。春に陽の家に花見に行ってから会ってないなぁ」
「あら、ちょうど良いじゃない。きゅうり持って行ってあげたらどうかしら?」
「いいんですか?」
「勿論よ。事務所のメンバーと神見君だけじゃ分けきれないもの」
「ありがとうございます。河津さん、きっと喜びます!」
「では、事務所に行きましょうか。ほら、賽葉。いつまでも笑ってないで貴女も戻って仕事しなさいよ」
賽奈先生は呆れた声を上げて賽葉先生を肘で小突いた。
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