第14話 神見神社

「仕事終わりにこの階段は辛い……」

 私の目の前には鬱蒼とした森があり、木々の間には百段くらいはありそうな石段の参道が続いていた。

 参道の入り口には、私の背丈くらいの石があり、神見神社という文字が刻まれている。


 神見神社はこの辺りでは最も古い神社で、元々は城の鬼門に建てられた神社だ。

 神見とは神を見る者という意味が込められていて、時の権力者から占いなどで重宝されていたらしい。

 なので、地域の歴史を学ぶことが出来る郷土資料館などに展示されている巻物などにも名前が載っている由緒ある神社だ。


 賽奈先生から「賽葉から来たわ。新しいお守りの方が優先だから今日は早く帰っても大丈夫よ」と定時よりも早めの帰宅を進められたため、まだ空がオレンジ色で覆われている時間帯だ。

 遠くからカラスの鳴き声が寝床であるこの森へと近づいて来ているようで、どんどん近くに聞こえてくる。


 仕事帰りで疲れ切った体に鞭を打ち参道を昇るコースの他にも実はもう一つルートがある。

 参道上まで塗装された道路を車で行けるルートだ。

 車のお祓いを受ける人達などはそちらのルートを行く。

 だが、私は車でなく自転車。自転車で坂道昇るのは……きつい。


 狐町からここまで自転車だった上に、一日仕事をして残されたライフでの参道コースも厳しいし一方の道路のコースも厳しい。


「どっちも辛いから明日の朝にしようかな。陽にも連絡していなかったし」

 陽にお守り壊れたから新しいものを作って欲しいとお願いするべきなのだが、なんとなく怒られそうだったため、ずるずると電話連絡を延長していたのだ。

 お守り割れるくらいの危険なめにあったことなんて今まで無かったし。


 家に帰ってから陽に連絡してからの方がいいかな。急に来てお守り壊れたから新しいお守り作ってっていうのもなぁ……と思ったので参拝者用の駐車場に止めていた自転車の方へ戻るために背を向ける。

 すると、「紬ではないか」という低い声が頭上から届く。


 顔を上げれば、木の枝上に山伏の恰好をした男性が立っていた。

 顔は真っ赤で木の枝のように長い鼻をしている。背に黒い羽根を生やし、顎に白い髭を蓄え、手には羽団扇を所持していた。


 まるで絵に描いた天狗。

 ……というか、彼は正真正銘の天狗だ。


 この森に棲む天狗達を束ねる大天狗で、私と陽が小さい頃から懇意にしている。


「村雲さん、こんにちは!」

 私は手を上げて挨拶をすれば、「なにをしておる?」と羽を羽ばたかせ私が立っている地上へと降り立つ。


「お守り壊れちゃってさ。もう中の板が真っ二つ。だから、陽に新しいお守りを貰いにきたの。でも、連絡してなかったし帰ろうかなって。それに仕事帰りに上まで行くのちょっと辛くて……」

「ちょっと待て、紬。陽の作ったお守りが真っ二つって何処に行ってきたんだよ。心霊スポット巡りでもしてきたのか?」

「普通に町に居た幽霊が原因だと思う」

「……今の霊は負の力が強いからな。中には悪霊となる者も多い。それを避けるために死神が冥府へと魂を連れていくはずなんだが。死神の説得を受けずに悪霊になってしまう者も時折見かける。完全に悪霊化してしまえば、人間・冥府の者問わずに攻撃するからな」

「死神って天寿を全うした魂を狩る者だと思っていた」

「それが基本だ。だが、人間界が変われば冥府の仕事も変わる。我らは人間界と表裏一体だからな」

「そっか……」

 私は黒ちゃんが仕事をしているのを見たことがないし、黒ちゃんからも職業死神としか聞いていない。

 具体的な仕事内容は知らないのだ。

 だから、私がイメージする死神像しか持たず。


 まさか、危険な目に合うこともあるなんて……

 なるべく危険なめに合うような事がないと良いと願った。


「よし、わしが上まで連れて行ってやろう」

「いいの? ありがとう」

 村雲さんが羽団扇を私に一振りすれば、ふわりと体が宙に浮く。

 身体がゆっくりと浮上し木々の上までの高さに達した。


「これ懐かしい! 小さい頃、陽と一緒に今みたいにして空飛ばせてくれたよね。雲に手が届きそうで楽しかった」

「はしゃぐ紬と違って陽は怖がって泣きじゃくっていたよなぁ。早いな。つい昨日まではあんなに小さかったのに」

「もう二十八だよ」

「まだまだ若い。人間の月日と妖怪の月日は違うぞ。あっという間にいなくなる。俺達は数え切れないほどの人間を見送ってきたから」

「私、長生きできるようにするよ! おばあちゃんになってもここに会いにくる。大往生で黒ちゃんに迎えに来て貰うから」

「そうだな」

 そう言って村雲さんは笑った。


「そういえば、紬。ここにくる前に神社か寺に立ち寄ってきたか?」

「いや。寄ってないよ」

「神気を纏っているから気になったんだ……いや、神気ではないのか。微妙過ぎる。神に近いが神ではない。お守りが無くても、このくらいの強さなら暫くは問題ないだろう」

「なんだろ……?」

 私は首を傾げながらいろいろ心当たりを探せば、一つだけ思い当たることが。

 それは、賽葉先生のおまじないだった。


「賽葉先生におまじないして貰ったよ。なんか、体が温かくなって……穢れを祓うおまじないだって」

「賽葉先生とは?」

「私が働いている職場の上にある弁護士事務所の先生だよ」

「わからん。ただの人間がこんな力を扱えるだと?」

 村雲さんが首を捻れば、私達はちょうど境内に到着。

 降ろして貰ったため、私の足は一、二分ぶりの地面へと立った。

 参拝時間は五時までなので今は人が誰もおらずがらんとしている。

 境内に設置されている灯篭には、これから始まる夜に向けて火が灯されていた。


「ありがとう、群雲さん」

「構わん。じゃあまたな、紬」

「うん」

 私が手を振れば、群雲さんは飛び立っていく。


 境内には右手に手水舎、左手に二階建ての大きな社務室があり、中央が拝殿となっている。拝殿の後方には立ち入り禁止の本殿があった。

 拝殿と手水舎のそばには、しめ縄がされた太い幹を持つご神木がある。


「ほぅ、時間外の参拝客かと思えば、紬ではないか」

 突然鈴の音と共に、軽やかな女の子の声音が聞こえて来る。

 耳馴染みの良い声質だ。


 私は声のしたご神木の方へと顔を向ければ、木の影から十三~十五歳くらいの女子が出てきた。

 サイドの髪は顎くらいで真っ直ぐ繰り揃えられ、他の部分は腰まで長く結われていた。

 結婚式で着そうというくらいの綺麗な着物を纏っている。


 彼女はご神木に宿る精霊・久遠姫。

 久遠姫は江戸時代にこの辺りを治めていた殿の娘で、ご神木を植えた主だ。

 病弱だった彼女は自分の死期が近い事を感じ、この境内に木を植えた。

 自分が死後、この木に宿り城下の人々を見守れるようにと――


「久遠姫様、こんにちは」

「こんにちは、紬。どうした? 妙な気を纏っておるぞ」

 久遠姫様は私の頭から足先まで視線を向けながら言う。


「ちょっと色々ありまして。陽いますか?」

「陽なら二日間出張お祓いで留守だ。皆出払っていて、留守番の春しかおらん」

 春というのは陽の弟だ。


「では、春に古いお守り預けて後は陽に電話しておきます」

「なんだ、お守り壊れてしまったのか?」

「そうなんです。なので、新しいお守りを」

「ほぅ。それでその気を纏っておるのか。お守りは急かさずとも良い。それだけの気を纏っておるのだから。わらわからも陽に伝えておこう」

「お願いします」

 私が頭を下げると、「うむ」と久遠姫様が頷いた。


「お守りの件はひとまずおいておけ。久しぶりだ。わらわの話相手になっていってくれ。帰りは春に送らせるから」

「そうしようかな」

「では、中に入れ。春にお茶を出させよう」

 久遠姫に促されて、私は社務室へと向かった。




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