第13話 賽葉先生
書類を渡した後。
私はもやもやとした気持ちのまま事務所のある九尾ビルへと戻っていた。
かれこれ二時間は経過している出来事だが未だに引きずっているため、エレベーター前で大きな溜息を吐き出していた。
気持ちの切り替えが全く出来ていない。
家にいたらニーヤと遊べば吹っ飛ぶんだけど、今は仕事中。
初対面の幽霊に殺してやる。死ぬべきだと言われるくらいに私は一体何をしたというのだろうか。
そこまでならまだ百歩譲って憎しみの対象となっていたというのがわかる。
でも、お願い守っての意味は?
もう一つ気がかりなのは、あの幽霊の様子。
体調が悪いようだったけど、幽霊でも体調不調ってあるのだろうか。
「ほんとなんなんだ、あの幽霊は……」
霧のようなもやもやがずっと心に残って消えない。
「殺してやる、死ぬべきだ。お願い守ってって相対すると思うんだよね。あの幽霊は何が言いたかったの?」
気持ちの整理を含め、言葉にして考えていると、「あら? 紬ちゃん」という声が右手側から届く。
弾かれたように顔を向ければ、そこには賽奈先生――ではなく、賽奈と同じ顔の女性が小さく手を振りながら立っていた。
真っ白いスーツ姿の彼女の襟元には弁護士バッジが輝いている。
「賽葉先生!」
私が彼女の名を呼べば、蠱惑的に微笑まれてしまう。
彼女は賽奈先生のお姉さんで上の九尾賽葉弁護士事務所の所長だ。
賽奈先生と同じ顔だけれども、二人には決定的な違いがある。
賽奈先生は毛先にウェーブがかかっているが、賽葉先生はストレート。
それから、賽奈先生は右目下には泣きぼくろがあるのだ。
「紬ちゃん。貴女、最恐心霊スポットでも行ってきたの?」
「なんで急にそんな話になるんですか!? 行っていませんよ。行く訳ないじゃないですか。仕事で西田町にある銀行に書類届けに行っただけです」
「そうなの? では、その穢れはなにかしら。弾かれていないくらい強いわ」
「すみません、賽葉先生。おっしゃっている意味がちょっと……」
「紬ちゃん、右手を貸して」
私は先生に言われるがまま腕を伸ばせば、彼女はカーディガンについたゴミを取るかのように手でサッサッと払い始めてしまう。
「んー、これで全部取れたわ。あとは……」
賽葉先生は私が肩から下げている鞄へと視線を向ける。
じっと何を凝視しているのかな? と思って視線を追えば、陽に作って貰ったお守りだった。
私が視える者のため、攻撃的な妖怪から身を守ってくれるように身代わりのお守り。
掌で包めるくらいに小さいもので、椿柄の可愛いお守り。
鞄に付けても良いようにと着物の生地を利用してお守り袋を作ってくれたらしい。
手先が器用な幼馴染だ。
「紬ちゃん。それ見せてくれる?」
「どうぞ」
私は鞄から外すと、賽葉先生へと渡す。
賽葉先生は受け取ると、お守り袋の中を開けだした。
中には何かが文字なのか絵なのかわからない文様が書かれた木の板が二つ入っていた。
「やっぱり真っ二つね」
「えっ!? 元々二つじゃなくてですか?」
「……元々は一つよ。ほら」
賽奈先生は板同士を合せて見せてくれた。
確かに文様がぴったりだ。
「身代わりになってくれたのね。良かったわ。でも、心配ね。陽君が作ったお守り使っても穢れが部分的とはいえ残っているなんて」
「あの幽霊そんなにヤバかったんですか……」
「幽霊?」
賽葉先生が怪訝そうな顔をしたので、私は遭遇した出来事を簡単に話す。
すると、先生の美しい顔がだんだん曇っていく。
「なるほど、それでこの状況なのね。守っての意味も気になるけど、今は紬ちゃんの方よね。お守り壊れちゃったから、新しいお守りを早めに頂いた方が良いわ。でも、それまでは無防備になるから……」
賽葉先生は私の両肩を軽く摩りながら、何かを呟く。
不思議な事にまるで温泉にでも入っているかのように、体がだんだん温かくなっていった。
血行が良くなったのか、手足の先までポカポカだ。
なんか、温泉に入ったみたい。
「賽葉先生、これは……?」
「おまじないよ。安心して。これでしばらくは変なものとか寄って来ないから」
賽葉先生はふふっと唇を上げて微笑んだ。
「先生って一体何者なんですか?」
「やだ、忘れちゃったの? 私は弁護士よ」
「知っていますよ。陽みたいに祓える能力者ですかってことですよ」
「神見君とはちょっとジャンルが違うのよねぇ……ただ、共通点としては今みたいに祓うことも出来るわ。でも、みんなには内緒ね。ほら、紬ちゃんみたいに本業以外に依頼が来ちゃうと困っちゃうし。賽奈に聞いたわよ。今度は東北出張ですって?」
「先生が引き受けて下さいよ。祓えるなら」
「駄目よ。だって、私の本業弁護士ですもの。霊能力者じゃないわ」
「私もですよ!」
そう叫べば、先生がクスクスと笑いだす。
「賽葉先生も一緒に来て下さいよ」
「大丈夫よ。賽奈が一緒なら」
それは賽奈先生も同じような能力を持っているということなのだろうか。
尋ねようとすれば、エレベーターが到着して扉が開いてしまう。
「あら、エレベーターが来たわね。さぁ、乗りましょう」
早々に話を打ち切って賽葉先生がエレベーターに乗り込んだため、私は大きく頷き賽葉先生に続くようにエレベーターに足を踏み入れた。
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