第12話 奇妙な霊
午後一の仕事は取引先の一つである銀行へ書類を届けることだった。
私が今いるのは、事務所から二駅先にある西田町。
西田町は商業ビルやオフィスが立ち並び、スーツ姿の人々が溢れ活気がある。
狐町は長閑な空気が流れる下町っぽいところだけれども、ここは時間の流れが違うみたいだ。
賽奈先生のようにスーツをばっちり着こなした女性やファッション誌から抜け出たような恰好をした女性に目がいってしまう。
適当に選んだ服を着ている私と違い、彼女達は自分というスタイルが出来上がっていた。
……たまには黒以外も着ようかな。楽なんだよね。モノトーン。
カーディガンやガウチョなど、黒や白が多いため、私は風景に溶け込んでいる彼女達のファッションを「あのトップス可愛いなぁ」と観察しながら目的地へと進んで行く。
あまりにも観察する事に夢中になっていたためか、私の肩にドンと衝撃が走ってしまう。
ノーガードでの衝撃だったため、私が肩から下げている鞄がズレ落ちてしまった。
「すみません……!」
慌てて謝罪をしながら右側へと顔を向ければ、近くのグランド西田町ホテルの制服を纏った男性の姿が。
制服の胸ポケットには、瑠璃色のボールペンがちらりと窺えた。
彼も書類を届けに向かう途中なのか、手には角二サイズの封筒を抱えている。
ぶつかったはずなのに、彼は気にすることなく信号待ちをしていた。
あれ? もしかして違う人にぶつかったのかな?
ぶつかった衝撃があったから、ぶつかったと思ったんだけど。
一番傍に居たのが彼だったので、てっきり彼だと思っていたがもしかしたら違う人なのかもしれない。
誰にぶつかったのかな? と思って辺りを見回しかければ、ホテルの男性に違和感を覚える。
彼の背後からゆらゆらと蜃気楼のように黒い物体が視えるのだ。
物体は段々と色を濃くし、色彩を付け形になっていく。
やがて完全体になり、それが何かがわかった瞬間。
私は腕に鳥肌が立ち、身を固くした。
――あ、これはやばい。関わっちゃ駄目な部類だ。
それは紛れもなく人だった。
二十代前半くらいの女性で、小花柄のシフォンワンピースを着ている。
右頬に大きな痣があり、口元は大きく腫れ上がっていた。
奈落の底のような黒い瞳でじっと彼の背を見詰めている。
私が見すぎていたせいか、彼女が顔をこちらに向ければ、ふわふわの腰まである茶色の髪が揺れ動く。
あっ……と、私の声にならない声が零れた。
『殺してやる。死ぬべきだ』
彼女から呟かれた言葉が私の背を冷たくさせる。
幻聴だ。幻だ。なんて現実逃避する余裕さえない。
完全に殺意を持ち吐き出された言葉。
それは私の身を固くさせるには十分だった。
――これはマジでやばい奴だ。今すぐ離れなければ。
ゆっくり後退りをして距離を置こうとしたけど、伸びた彼女の手にガッと急腕を掴まれてしまい、私は顔を引きつらせる。
ギリギリとまるで縄で手首を締め付けられているかのように彼女の手が私の腕を締め上げていく。
開いている手を伸ばして彼女の手を解こうとした瞬間。
いきなりワンピースの霊が「うっ」とうめき声を上げて苦しみ出す。
私から手を離すと両手で頭を押さえて首を左右に振り出しながら、髪を振り乱している。
何がなんだが状況がわからないけど、今なら逃げられるチャンスだ。
急いで逃げようとすれば、か細い声が耳に届く。
『お願い。守って』
「え?」
私は動きを止めもう一度ワンピースの霊へと顔を向ければ、彼女は真っ直ぐ私を見詰めている。
さっきと違い、瞳の色が普通に戻っていた。
「どういう意味……?」
つい口から零れる問いに彼女は答えず。
信号が変わり先へ進むホテルの制服を纏った男性へと再び後を追い始めてしまったから。
まるで一瞬でも離れるたくないとばかりにぴったりと彼の背にくっついて。
「なんだったんだ?」
私は青信号を渡らずにただ彼らの後ろ姿を視線で追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます