第11話 頼み事

 応接室にあるソファには、私と賽奈先生が隣同士に座り、テーブルを挟んで水澤さんと水澤さんの友人である源さんが座っていた。

 テーブルの上には、菜乃ちゃんが入れてくれたお茶が。


「賽奈先生、忙しい時に来て貰ってすみません」

「いいえ。水澤さんには日ごろからお世話になっていますし。お話を詳しくお伺いしても?」

 賽奈先生がお茶を一口飲んで喉を潤すと、水澤さんへと尋ねた。


「えぇ。今回は源の事で……」

 水澤さんがちらりと隣に座っている源さんと見る。


「俺と源は同郷なんです。家も近所で中学まで一緒でした。東北から集団就職でお互い出てきて。以後、こっちに生活の拠点を移した後も時々吞みに行ったりしていたんです」

「集団就職……金の卵ね。懐かしいわ。あの頃は、地方から都会に就職をするのが普通だったのよね。夜行列車に乗って。高度経済成長を支えてくれた金の卵の存在は大きかったわ」

 先生はティーカップをソーサーに置くと、哀愁を含んだ瞳を浮かべて告げる。


 待って。先生、年齢いくつですか?


 水澤さんの時代なら、確実に七十前後ですよ。

 見た目三十代半ばじゃないですか。


……とツッコみたくなったが、先生は大抵懐かしいというのでツッコむのを止めた。


 先日なんて年号の話しになった時、「ついこの間まで明治だと思っていたのに早いわねぇ」と言っていたし。


「実は母が二年前に亡くなりまして。色々片付けも終わったので実家の古民家を解体することにしたんです。私も弟達も持ち家がありますし、実家に戻るつもりはありませんので。築百五十年の古民家なんて誰もいりません。解体業者が重機を運んでいざ解体となった時に、誰も居ない屋敷から子供の泣き声が聞こえたんです。それで気味悪がって解体業者から仕事を白紙に戻したいと」

「それはさぞお困りでしょうね」

「はい。解体を諦めて転売といっても場所が過疎村。人がどんどん居なくなるばかりで放置されている空き家も沢山。そのため、タダでも不要だと貰う人もいません。解体を進めたくて人伝いに霊能力者を紹介して貰ってお祓いをして貰ったのですが、効果がなく……」

「ちなみに霊能力者は何と?」

「先祖霊だそうです。悪霊となった子供の霊が解体するのを怒っていると。居場所を奪われてしまうから、祓わないと祟られると言われました」

「悪霊となった子供の霊ねぇ」

賽奈先生は顎に手を添えて呟く。


「頼む! 紬ちゃん。なんとかしてくれないか?」

 水澤さんが両手を合わせて仏様にでも拝むようにすれば、源さんが深く頭を下げた。

 困っているのは十分承知しているけど、やっぱり頼むところを間違えていると思う。

 だって、ここ神社やお寺じゃない。

 司法書士事務所なんだから。


 そもそも私は悪霊を祓うことは出来ないので、陽の方が適任者だ。

 私が二人に告げようとすれば、「お引き受けいたしますわ」と間隣から賽奈先生の返事が届いてしまったので、私は口をぽかんと開けてしまう。


「え、ちょっと待って下さい! 先生、なんで勝手に返事をしているのですか!?」

 業務範囲じゃないですって。

 というか、悪霊退治は絶対に無理に決まっている。


 先生は司法書士。司法書士の業務内容にお祓いなんて項目はない。


「無理です。悪霊退治なんて!」

「大丈夫よ。私も一緒に行くから。源さんは水澤さんのご友人よ? 水澤さんは私と同じ狐町の住人。困っているなら力になって差し上げないと……」

「水澤さんって狐町に住んでいるんですか? 事務所は下だってわかりますけど」

「あれ? 佐久間さん知らなかったのかい? 俺、ここの道路挟んだ緑の屋根の家に住んでいるんだよ」

「近いじゃないですか。いいですねー。職場が近いと帰宅に便利で」

「便利、便利。すぐそこだから仕事終わってへとへとになってもすぐ帰れるし」

 一人暮らしをするなら、やっぱり職場から近い方が良いよなぁ。


 今は通勤に自転車で三十分ほどかかっている。車の免許も持っているが、通勤ラッシュと重なるので自転車の方が早いし。

 そうなると職場から近い方がもっと寝られるし、ニーヤともゆっくりできる。

 一人暮らしの物件探す前に、家族にニーヤを連れて引っ越しを許可して貰う事が先だけど。


 両親が特にニーヤを可愛がっているから、絶対に折れなそうだし。

 寂しいなら保護猫を飼ったらと勧めたが、ニーヤは世界で一匹しかいないという正当な返事が。

 確かにそうだけどさ。


「あの……本当によろしいのでしょうか?」

 私が引っ越しの方に思考を引っ張られていると、源さんが先生と私へと視線を交互にさせながら聞きにくそうに言葉を発する。

 それに対して、先生が蠱惑的に微笑む。


「えぇ、問題ありませんわ。紬ちゃんの事は私が守りますので。大切なご両親からお預かりしておりますから」

「先生、私二十八で良い大人なので、その台詞もっと若い子に使うと思いますよ」

「紬ちゃん、まだ二十八じゃない。私や賽葉に比べれば十分若いわよ。羨ましいわ」

「先生とあまり変わらないと思います」

「私と紬ちゃん、かなり年離れているわよ。このメンバーの中で一番年上だし」

「「「え」」」

 先生の爆弾発言に私達は固まってしまう。

 この中で一番年上って、水澤さん達は七十を越えているはず。

 それより上って絶対に嘘だ。ありえない。


「賽奈先生の冗談って時々難しいんだよなぁ。一瞬頭真っ白になっちまったよ」

「そ、そうですよね。びっくりしましたよ。私や水澤よりも上って考えてしまいました。どう見ても三十代ですし」

 私と水澤さんが乾いた笑いを漏らす。


「ふふっ。三十代ではありませんわ。もっといっています。年のせいかなかなか疲れが抜けないんですよね。賽葉と温泉に行って疲れを取ろうかって言っていた所なんですよ。水澤さん達の実家は東北でしたわよね。東北の温泉は良い所が沢山あると伺っていますわ」

「温泉いいですね。私も行きたいです」

「そうだわ、紬ちゃん! 古民家のついでに温泉に行きましょうよ。源泉かけ流しの旅館でまったり美味しい料理を食べて日頃の疲れを癒されたいわ」

「賛成です。旅館リサーチして……あっ」

 私はテンション高めで先生と盛り上げっていたのだけれども、内容が悪霊に関する事だったのを思い出す。

 源さんは本当に困っている上に、私達は遊びに行くのではないし。


「す、すみません……」

「いえ! お気になさらずに。是非、観光や温泉でゆっくりしていって下さい。良い温泉地が沢山あるんですよ。湯治も行われているところがあるんです。友人が営んでいる旅館でしたらご紹介出来ますし」

「まぁ! よろしいのですか?」

「勿論です。ご迷惑をお掛けしておりますので。先生達のご都合が決まったら教えて頂ければ宿を取ります」

「ありがとうございます。では、スケジュールを確認してご連絡差し上げますわ」

「本当にありがとうございます。引き受けて下さって……」

「いいえ、気にしないで下さい。ねぇ、紬ちゃん」

 先生、この状態で何も言えないですよという言葉を瞳に乗せて先生を見れば、ふふっと口元に手を当てられ微笑まれてしまう。


――悪霊退治と温泉旅行。全く交わらなそうだけれども、大丈夫なのだろうか。

仕事で温泉という大義名分は手に入れられたけどさ。












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