第10話 事務所の前で出会った人達

「……あれ?」

 美和と別れた後。

 お弁当を作り、朝ご飯を食べて私は出社した。


 エレベーターを降りれば、事務所の前に二人の男性が立っているのに気づく。

 一人は坊主頭で髭を生やした紺色の作業着姿の男性で、彼の隣には白髪交じりの髪を撫でつけたスーツ姿の男性が。

 二人とも、年齢は七十代くらいだ。


 作業着の人――水澤さんに関しては面識があったし、事務所にもよく出入りをしてくれている方なのでここにいても不自然ではない。

 ただ、お隣にいる方は全く存じ上げない方だ。


 水澤さんはこの下の階にある水澤土地家屋調査士事務所の所長さん。

 土地家屋調査士と司法書士は密接な関係がある士業の一つ。


 登記と言えば司法書士と思われるかもしれないけど、登記も色々。

 うちの事務所にもたまに滅失登記などの土地家屋調査士の業務の登記を頼まれることがあるが、実は登記も分野によって分けられている。


 登記でも表示に関することは、司法書士ではなく土地家屋調査士。


 例えば家を新築した場合。

 誰が所有者か? などの権利に関する部分を登記するのは司法書士。

 建物の所在、構造、面積などの表示に関する部分を登記するのは土地家屋調査士。


 こんな風に登記も分けられているのだ。



 司法書士が行う建物の保存登記の作成は、土地家屋調査士が作成した建物表題登記を元にして作成する。

 これがないと所在や面積などが不明のため、作成することが出来ないのだ。

 あと、軽減証明書貰う時に写し添付しなきゃならないし。


――水澤さんとお客さんかな?


 所有権と表示の登記が司法書士と土地家屋調査士に分かれているため、お客さんの紹介もちらほらある。

 そのため、今回もお客さんの紹介かなぁと思った。


「おはようございます」

 声をかければ、二人は同時にビクッと大きく肩を動かす。

 あまりにもリアクションが大きかったため、私は「あれ? 声が大きすぎたかな」と不安になってしまう。


「すみません、驚かせてしまいましたか? 事務所開いているはずなので、どうぞ中へお入り下さい」

「佐久間さん、ちょうど良かった!」

「はいっ?」

 ほっと安堵の表情を浮かべている水澤さんを見て、私は嫌な予感がした。

 だって、見ちゃったんだもの。水澤さんの手に高級和菓子店の紙袋が握り締められているのを。


 水澤さんがこういう高い差し入れを持ってくる時は、大抵面倒なお願いごとのパターンが多い。


「お願いごとなら、先生に直接お願いします」

「佐久間さんじゃないと駄目なんだよ。だって、この事務所で幽霊が視えるのは佐久間さんだけなんだろ?」

「……水澤さん、ご存じの通り私はただの司法書士補助者なのですが」

 なぜ、最近ちらほらこういう案件が集まってくるだろうか。


 私の仕事は補助者であって、心霊研究家などではない。

 事務所のお客さん達は、私の仕事を確実に勘違いしているような気がする。

 こういうのは、神社や寺の案件だと思う。

 確実に補助者の業務範囲ではない。

 司法書士事務所で請け負う案件でもないし。


 陽の神社を紹介しようと口を動かしかければ、「突然申し訳ありません」と水澤さんの隣の方が口を開く。


「かなり深刻な状況でして……お祓いもして貰ったのですが……」

 声のトーンがかなり落ち込んでいるのが気がかりだった。


 中に入って貰った方が良いよね。

 私は廊下で話をするような内容でもないと判断し、事務所へと促す事に。


「どうぞ、中へ」

 カードキーで中に入れば、ちょうど新米司法書士の立木杏先生と彼女付きの補助者である谷口菜乃ちゃんがオフィスの掃除をしている所だった。


 基本的に掃除は補助者同士が交代で行っているが、杏先生も掃除に参加する。

 いいです! と断っていたんだけど、新米だからやらせて欲しいと……


 先生は今年うちの事務所に入った司法書士。

 司法書士は個人事務所が多い印象だけど、雇われている司法書士もいる。

 先生は事務所で勉強しながら独立をするために今現在賽奈先生の元で修行中なのだ。


「おはようございます」

 二人は私と共に入って来た二人に気づくとにこやかに挨拶をした。


「悪いね、立木先生。まだ事務所開ける時間じゃないのに」

「大丈夫ですよ、水澤さん。仕事の関係で朝早くに事務所に伺いたいというお客様もいらっしゃいますから。さぁ、どうぞ応接室へ。今、九尾先生呼んできますね。菜乃ちゃん、お茶の用意をお願い」

「はい」

「紬さん、応接室へご案内を」

「はい」

 私は返事をすると水澤さん達を先導して奥にある応接室へと向かった。





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