第4話 狐町の九尾の狐姉妹の噂

「鶴海さん、どうして心霊写真なんて曰く付きのものを……?」

「だって亘理さんの頼みなんだもの。うちの常連のお客さんだよ? 断れないって……というわけでつーちゃん。これ心霊写真かどうか鑑定して」

「何がどうなってそういうわけになったんですか? 私、ただの司法書士補助者なんですが。仕事完全に間違えていますよね!?」

「霊感めっちゃ強いじゃん。この間もうちと取引がある不動産会社からちょっとおかしい物件あるから見てって言われ問題解決したじゃん」

「拝み倒されたんで断り切れなかったんですよ」

 私は物心ついた頃から霊感があり、視えないものを見ることが出来る。


 ただし、対人間と同じように視る事としゃべる事が出来るだけ。

 一発でお祓いが出来るとかそんなチート能力は所持していない。


 なので、お祓いが必要っぽい時は代々続く神社の血筋を持つ幼馴染に依頼している。


「頑張れ、つーちゃん!」

「いやいや……補助者の業務内容に心霊写真鑑定ってジャンルないですよ? 補助者は補助する者なので。司法書士の業務に心霊写真鑑定ってありますか? ないですよね。しかも、心霊写真鑑定なんて一度もやったことがない分野ですし」

「視るだけみてよ。亘理さんの頼みだよ? つーちゃんも日ごろお世話になっているじゃん。昨日もうちら補助者達に差し入れのお菓子くれたし。つーちゃん、美味しいって食べていたじゃん」

「そ、それは……」

 確かに差し入れはよく貰う。

 しかも、名店のものばかり。


 疲れた身体に糖分ってすごく染みるんだよね。

 ちょっと濃いめのお茶をお供にしてさ。


 あぁ……差し入れの事を言われると弱い……


「紬ちゃん、視てあげたら?」

「先生まで!」

「いつも差し入れして貰っているお菓子を食べているじゃない」

「うっ」

 私は先生にまでお菓子の事を言われ始めたので、しぶしぶ封筒を受け取ることに。

 手にしている封筒から写真を取り出せば、木々の下で小学生くらいの子がピースをして二人で写っている写真だった。

 背景にはジェットコースターなどの乗り物がある。

 どうやら遊園地で撮影されたらしい。


「まず顔がわからないんですが」

 丸でも付けといてくれればなぁ……と思いながら探していく。


「どう?」

「ちょっと待って下さい。今、顔を探して……あっ、あった! ここか」

 木々の上部。つまり、葉っぱ部分に顔のようなものがあった。


 確実に顔というようなものではなく、「んー。言われてみれば顔」というくらいのレベル。

 これって天井のシミが顔に見えるみたいな感じじゃないのか。


「どこ?」

「ここの事だと思います」

 私は鶴海さんの問いかけに対して、写真の該当箇所を指でさす。


「えー。これ? 言われてみれば見えるって感じだね」

「もしかしたら、他の所ですかね? 私が探せないだけかもしれません」

 そもそも心霊写真鑑定なんてした事ないし、心霊写真自体も見たことがない。


 こういうのはちゃんとした人に見て貰った方が良いと思う。

 精神安定のためにも。


「これはシュラク現象ね。霊でも妖でもなんでもないわ」

 賽奈先生がにっこりとしながら言う。


「「シュラク現象?」」

 私と鶴海さんは聞き慣れないフレーズに声が重なる。


「なんですか? それ」

「天井のシミが顔に見えるって聞くでしょ? あれよ」

「あー。あれってそんな名前がついているんですね」

「というか、賽奈先生さっき断言していましたが、つーちゃんみたいに視える人なんですか?」

 先生は否定も肯定もせず、ただ意味深に微笑んだ。


「先生もつーちゃんも視えるってすごいよね。私、一回もないわ。霊体験。ねぇ、この事務所にもいる?」

 鶴海さんの言葉に、魂が抜けたような愛花ちゃんがビクっと大きく肩を動かす。

 このままでは、愛花ちゃんのダメージが!

 私は慌てて否定の言葉を紡ぐために唇を開く。


「事務所は大丈夫です! そもそも、狐町自体に幽霊とか妖怪とかいないんですよ。まるで結界でも張っているかのように全く穢れもない。本当に不思議なことなんですけど」

「そうなの? あー、もしかしたら九尾の狐様の守護ってやつかも」

「なんですか? それ」

 私の問いかけに鶴海さんが言う。


「私もよくわからないんだけど、亘理さんが前に言っていたの。なんか千年前に二匹の九尾の狐姉妹がこの地に住み着いたんだって。二匹とも怪我をしていて、可哀想に思った村の人間が助けたそう。その恩を返すために、九尾の狐達はこの地に住み人々と村を守護することにしたというのが狐町の由来なんだってさ」

「へー。だから、狐町なんですね。なんか良い狐っぽいです」

 狐のふさふさのしっぽって良いよなぁ。ふわふわしていて。

 

 九尾っていうから、尾も九本か。どんな感じなんだろうか。

 とりあえず、触りたい。もふりたい。


「いや、そうでもないんだよ。元々は悪さをしていて術者に封じられそうになり、この地に逃げてきたらしいからさ。特に妹の方が暴力的だったらしい。烈火の如く切れたらと永遠に暴れまくっていたんだって」

「すっごく迷惑ですね。って、先生どうかしましたか?」

 先生が急に静かになったので顔を向ければ、先生は遠い目をしたまま無言になっていた。


「……いえ、なんでもないわ。きっとその九尾の狐も若かったのよね。年齢重ねると受け流すことも覚えるし。でも、まぁ改心して今はまっとうな生活を送っているからハッピーエンドよ」

「ハッピーエンドなのかなぁ?」

 鶴海さんが首を傾げだす。


「九尾の狐って妖怪ですよね? もふもふな尻尾触りたいです」

「いいねー。私も触りたいわ。つーちゃんって九尾の狐ってみたことある?」

「ないです。天狗や百鬼夜行とかならありますよ」

「あるんかい!」

「ありますよ。夜中眠れなくて窓開けたら楽しそうな百鬼夜行が居たんです。随分テンション高いなぁと思って着いて行ったら、小料理屋に行っていました」

「百鬼夜行ってあれだよね? 百鬼夜行絵巻とかに描いてあるぞろぞろと妖怪とか付喪神とかが歩くもの。尊勝仏頂羅尼読むと助かるってやつ」

「尊勝仏頂羅尼……?」

「お経よ。カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリと唱えるの。昔、ある男がそのお経を読んで助かったという逸話が残されているのよ」

「賽奈先生も鶴海さんも詳しいですね」

「古典でやった記憶があるのよ。しかし、小料理屋……つーちゃん、それ夢なんじゃ……?」

「夢ではないですね。その居酒屋、私時々行くんので。今日も行く予定です。すっごく美味しいんですよ。テンション高くなる気持ちがすっごくわかりました」

 幽玄というお店で、百鬼夜行に着いて行ってお店を知ってから結構よく通っている。

 嫌な事とか疲れた事があると、美味しい料理を食べてリセットしようって気持ちを切り替えられるから。

 かれこれ三年以上通っていることになる。

 

 人間の客はいないけど、常連の妖怪達とは顔馴染みだ。


「そんなに美味しいの? めっちゃ食べたくなった」

「是非鶴海さんを連れて行きたいのですが、無理かもしれません」

「予約が取りにくいとか? この間、テレビで一年先まで予約埋まっているのをやっていたっけ」

「いえ。予約しないでもいけるのですが、次元の歪みにあるので」

「予約が取りにくいレベルの問題じゃなかった。行くまでの難易度が人間には高すぎる! すっごく気になるが、確実にうちの事務所でつーちゃん以外は行けないよ」

「だったら、紬ちゃんのお店は難しいかもしれないけれども、狐町駅前に出来たお店はどうかしら? 新しい和食のお店なの。支払いは任せてね。さすがに今日だと急だからみんな無理よね。後日日程を決めて行きましょう」

「「「行きたいです!」」」

 それには、私と鶴海さんだけではなく、今まで呆然としていた愛花ちゃんも手を上げた。





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