第5話 猫又とばったり遭遇

――疲れたなぁ。


 仕事が終わった後。


 私は真っ直ぐ帰宅することなく、パンパンにむくんで重たい足を動かして自宅とは反対方向に向かっていた。

 等間隔に足元を照らしてくれている外灯を頼りにうすぐらい先を進んで行く。

 左右は静かな住宅地で、ときどき犬の散歩をしている人や帰宅する人とすれ違っていた。


 仕事を終えると疲労感と目の疲れを感じるんだけど、今日は「遺産を教えろ」と怒鳴り散らした迷惑な男のせいで余計疲れている。

 そのため、美味しい料理とお酒を堪能してリセットをかける目的で夕食を外食にすることに。


 私が向かっているのは、テンション高い百鬼夜行を追いかけて偶然辿り着いた小料理屋・幽玄。

 時空の狭間にあるので入口は複数あるらしいが、私が出入り可能なのは朝日町のガード下。


 朝日町とは事務所がある狐町を囲むようにある四つの町の一つだ。


 いつもは自転車で通勤なんだけれども、今日はアルコールを摂る予定なので置いてきた。

 帰りは大学生の妹に迎えに来て貰う事になっている。


「……というか、狐町以外は相変わらず居るんだよなぁ」

 私の呟きがゆっくりと暗闇に溶けるように広がっていく。


 さっきから電柱の下やすれ違う人の背後などに黒い影が視える時があった。

 はっきりと性別や身に付けている衣服などがわかる人もいれば、霧のように形がはっきりしない人まで形は様々。


 基本的には全部スルーしている。


 たまにあちらから接触されてしまう時があるので、万が一のために幼馴染特製の身代わりお守りを鞄に付けていた。

 これを使うことがないような生活を過ごしたい。


「狐町にいる九尾の狐の加護ってマジであるのかな? 狐町では全く妖を見ないし感じないのに。九尾の狐くらい強い妖力なら感じるはずなんだけどなぁ」

 首を傾げながら呟いた時だった。


「紬さんーっ!」

 という、柔らかな男性の声音のが届いてきたのは。


「ん?」

 ふとちょっと高めの位置から名を呼ばれたので顔を右上に向ければ、ブロック塀の上に真っ白い猫の姿があった。

 ふわふわの毛を持つ猫が足を強く蹴り塀からジャンプすれば、二つに分かれた尻尾が宙を描く。

 猫は私の前へと着地すると、二本足で立ちあがり口を開く。


「紬さん、駄目っすよ! あまりじろじろ見てしまったら、視えるって頼られますよ。あんさん、霊感がやたら強いんですから」

 手でビシッと指され、低め強い口調で注意されてしまう。



「え、ちょっと待って。猫吉さんっ!? 誰かに見られたら騒動になっちゃうよ!」

 私は彼の名前を呼びながら辺りを見回す。


 もし、私以外の人に見られたら……


 この情報社会で猫が二本足で立ち人間の言葉をしゃべっているのを目撃され、た上に、写真などを撮られてSNSで拡散されちゃう。

 私もそんな猫を見たら、動画を撮りたい。


 だが、彼は猫ではない。


 猫又。つまり、妖怪なのだ。


 猫の妖怪は平安時代のおわりくらいから文献で見られるようになったらしい。

 猫又は歌舞伎の題材となったり、蒔絵に描かれたりするので名前を知っている人も多いかも。


「大丈夫っす。紬さん以外誰もいないのを確認済みですから。あっしの事よりも自分の事っすよ。隙を見せたら駄目ですってば」

「ごめん。狐町にはああいうのがいないなぁって思っていたんだ。今度から気をつけるよ」

 私の言葉に対して、猫吉さんは「えっ、そうなんすか?」と大きな瞳を極限まで見開く。


「知らなかったっすねー。そもそも狐町自体に近づきたくないので行かないので」

「え? なんで?」

「特に妖力を感じるとかではないですが、本能的に拒否してしまうんですよ。たぶん、あっしだけじゃないくて他の妖怪達も避けていますよ」

「狐町って九尾の狐伝説があるみたいなんだけど、それが関係ある? なんか、千年くらい前に二匹の九尾の狐が村人に助けて貰って、その恩を返すために守っているって言い伝えあるんだって」

「千年前からいる狐って言ったら、『天狐』じゃないですか!」

「なにそれ?」

「化け狐の種類っす。『八狐』『気狐』『天狐』『空狐』などのランクがあり、天狐までいくには千年かかるんです。妖でも最強の部類に入ります。ガチャで言ったらSSですね。妖力半端ないっす」

「ガチャ……」

 猫吉さんはガチャをしているのだろうか。


「僕も見たことはありませんし、狐町の言い伝えも知りませんでした。猫の時代も合せても妖怪歴まだ二百年くらいなので」

「二百年でもすごいと思うけど。幽玄に行ったらわかるかな?」

「難しいかもしれません。妖怪って言っても、地元に根付いた妖怪ってあまりいなくなってしまったんですよ。ほら、現代社会って妖怪にも人間にも生きづらくなったでしょう? 幽玄にいる客自体がたいてい幽世の客ですし」

「そっか……」

「気になるなら調べてみましょうか?」

「ううん。ただなんとなく気になっただけだから。幽玄と言えば、猫吉さんもこれから呑み?」

「そうっす。いつものメンツとの飲み会ですよー」

「いつものメンツって、リアル鳥獣人物戯画っぽい烏帽子被って扇子持っている猫又さんや手ぬぐい被って踊っている猫又さんかぁ」

 猫吉さんと店内で遭遇すると、大抵その猫又さん達と呑んでいるのを思い出す。


「そうっす。今日は珍しく猫魔ケ岳の山猫さんが久しぶりに参加するんですよ」

「猫魔ケ岳?」

「会津にある山っす。昔、山で神として奉られていた虎猫様っすよ」

「初めて聞いたよ。猫が神様として奉られていたなんて」

「結構日本全国にあるっすよー。蚕の守り神として奉られている神社もありますし。今度是非探して見て下さい」

 そんな話をしながら、私と猫吉さんは目的地である小料理屋幽玄へと向かった。







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