第二章 阿修羅Ⅱ Par3

 それが心の表面に出てこないように、意志の力で押さえつけているのだ。今は恐怖と心の痛みにパニックを起こしている場合ではない。わずかな心の隙が死に繋がる。


 霞ヶ関に向かっているアシュラは、他の軍団の二倍はいる。例え、アシュラの数が半分でも、真那は近くに水が大量になければ、その戦闘力は篤志とは比べ物にならないほど低い。陸地にいる限り、篤志に力を貸す地面は決して少なくはないのだ。


 それぞれの〈アートマン〉が属する自然が身近にあるほど、強力な力が使えるようになる。外部から〈アートマン〉に変換されるエネルギーが流れてくるからだ。


 その力を、〈ブラフマン〉と真那は名付けた。本来〈ブラフマン〉とは、アタルヴァ・ヴェーダやブラーフマナ文献において宇宙創造の力を意味し、〈アートマン〉と対になる観念だ。


 今、大切なのは仲間の保護だ。自分たちがどこまで戦えるのか、何のデータもない。〈アートマン〉を物質化したこの鎧も、どこまで衝撃を防いでくれるか未知数だ。篤志に金属バットで殴らせてみたが、痛みは感じなかった。だが、あの巨大なアシュラの力を防ぐことが果たして可能なのか。


 この位置からならば、真那の方が近い。数も少ないので、早く決着をつければ篤志と琴美を助けにいける。望み薄だが、自衛隊が少しでも霞ヶ関に向かうアシュラを足止めしてくれることを願うほかない。後は自分に向かっているアシュラがどちらに動くかだ。とにかく、ことを迅速に運び、向こうの戦力を削るしかない。そうするのが、恐らく被害を一番防ぐ方法だ。


 一瞬、頭の中で未霞と琴美の姿が重なった。未霞は琴美や昴と同い年だ。決して琴美に似ているわけではないが、同い年の少女を前に、勇人は未霞を見いださずにはいられなかった。


 未霞が生きていれば、どんな少女になっていただろう。


 琴美のようにすさんだ性格になっていたか、昴のように己の殻に閉じこもっていたのか、それとも、真那のように気丈な娘に育ち、自分の助けなど必要としなかったのだろうか。


  俺は後悔を繰り返すことになるのか?


 勇人は〈アートマン〉をさらに物質化させ、背中に大きな二枚の翼を創り出した。猛禽類の翼を思わせる形をしているが、表面を覆っているのは羽毛ではなく、やはり他の部分と同じ紫水晶アメジストの鱗だ。


 勇人は翼から〈アートマン〉を噴出した。身体が宙に舞い、風そのものになったかのような錯覚に陥った。勇人は思わず自分の身体を確認した。紫水晶アメジストの甲冑が視界に入る。この感覚になれるまで、もう少しかかりそうだ。


 体勢を立て直して、アシュラの軍団目指して飛翔する。どのくらいスピードが出ているか分からないが、アシュラの侵攻速度より速いことは間違いない。予想通りこちらの方が機動力は上だ。初陣に臨む緊張と興奮のため、勇人の身体は震えた。


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