第一章 終末の足音Ⅲ Part3
いま思うとバカなことしたもんね。
篤志は何がなんでも昴を引きずり込むつもりだ。
「即戦力にならなくたって、きたえりゃ何とかなる」
これだから、脳ミソまで筋肉でできてるヤツは嫌だ。
「ぜ~ったいムリッ、あいつは根性無いから」
「日下琴美だって、即戦力にはならないぜ?」
「彼女は状態を確認する必要があります。あたしたちの敵になる可能性だってあるんですからッ」
「だから、おまえが先に日下の所にいけばいいだろッ」
真那がさらに反論しようとしたとき、勇人が二人の間に割って入った。
「いい加減にしろ、のんきに喧嘩している場合じゃない」
真那はキッと勇人を睨んだ。絶対に昴の所には行かせない。
「ぼやぼやしてると、日下琴美がどこかに避難して捕まらなくなるぞ」
真那の眼が丸くなった、予想外の展開だ。魅了の魔法の効果だろうか。
「おいッ、オレたちが行かなきゃダメだって言ったのおまえだろッ」
篤志はツバを飛ばしながら、勇人に喰ってかかった。勇人は相変わらず冷ややかな表情で考えが読めない。
「本気で昴を連れてくるならな」
篤志は何かいいかけたが、その言葉を飲み込んで顔をしかめた。
「おまえ、また持病のトラウマか……」
呻くように篤志が吐いた言葉を真那は聞き逃さなかった。真那は勇人の身に降りかかった事件を思い出した。
母親の愛人が勇人の妹に暴力を振るい、死なせてしまったのだ。このとき、その愛人も重傷を負っていた。息子が疑われたというから、勇人がやったと思われたのだろう。しかし、凶器も発見されず真相は未だに解っていない。何でも、太刀で斬られたような傷が愛人にはあったそうだ。
勇人の妹は当時十一歳、昴と同い年だ。その事が篤志の言ったトラウマなのだろう。どちらにしろ、勇人の行動に真那の魔力は関係なかった。
「わ~かったよッ。先に日下んトコへいけばいいんだろッ?」
そう言い捨てると、篤志はスタスタと歩きだした。取りあえず、真那の希望は叶ったわけだ。
真那は脇を行く勇人の横顔をチラリと盗み見た。仮面のような表情の奥には一体どんな感情が隠されているのだろうか。
ふと真那は、勇人と自分が似ているような気がした。
心に癒すことのできない傷を負っているのに、人に知られるのが嫌でおくびにも出さない。勇人は冷ややかな態度をとり続け、真那はまるで何もなかったかのように振る舞う。そうしなければ、この世の中で生きていくことはできない。
いつまでも腫れ物に触れるようにされるのも嫌だし、そもそも人間とはそんなに甘いものではない。我が身に受けた痛みでなければ、すぐに人は忘れてしまう。
それを非情というのは簡単だが、逆を言えば、それ程までに数多くの残酷な事件が日々繰り返されているのだ。その痛みを全て受け入れたら、どんなに強靱な精神でも一日で擦り切れてしまう。
今じゃ『
真那は世間で言うところの〈鉄の怪物〉を、アシュラと呼んでいる。その化け物どもと、今日、戦うことになる。
真那の心に緊張の糸が張りつめていった。
不意にケータイの着信音が鳴り響き、その糸はプツリと断たれた。
「うわッ」
思わず間抜けな声を出してしまった。電源をオフにしておいたつもりだった。
ポケットからケータイを取り出し、ディスプレイを覗き込んだ。
ゲッ、昴。
慌てて電源を切った。篤志が怪訝な顔を向けている。勇人はこちらを見向きもしない。
「は、はは……、親に抜けだしてきたのバレちゃったみたい」
言ってからしまったと思った。篤志なら信じるかもしれないが、勇人は逆に感づくかもしれない。いや、感づいただろう。
ま、いいか。
取りあえず、勇人は昴を力づくで巻き込むつもりはないようだ。真那は日下琴美のことを考え始めた。
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