第一章 終末の足音Ⅱ Part3

 昴は六年生の頃、漏電事故を予言してちょっとした神童扱いを受けた。事故予知だけならよかったのだが、昴が触ったり近づいたりしただけで、電化製品が壊れるといった事件が頻発した。それが起こるのは、大抵昴の感情が高ぶったときだ。


 こうなるともう神童ではなくただの厄介者だ。


 引っ込み思案で人付き合いが苦手、そして少し人とズレている。昴はただでさえイジメのターゲットになりやすい。それに加えてこの状況である。当然の如く、昴には『電磁波人間』という有り難くないあだ名が付き、嫌がらせを受けるようになった。


 それでも小学校の頃はかわいいもので確かに暴力を受けたこともあったが、せいぜい靴や教科書を隠されたりするだけだった。


 昴はこの頃から電化製品を避けるようになった。この現象が起こり始めたとき母が亡くなってから数カ月しか経っていなかったので、自分に起きた変化もそれと関係があると思っていた。


 市立の中学に進学してからは状況は悲惨なまでに深刻化した。その中心になったのが本柳たちだ。


 初めはお決まりの「カネかしてくれ」という間違った日本語で金銭を要求してきた。そして、昴が断ると暴力を振るった。素手で殴られたり蹴られるのは当たり前で、時にはタバコを押し付けられたり生爪を剥がされたこともある。それでも昴は耐えた、肉体的な痛みや苦痛は我慢することができた。


 そんな中、冬休み明けに昴の異常体質が決して偶然や妄想ではないと証明する事件が起こった。


 昴は本柳たちに呼び出され体育館の裏へ行った。途中、担任の中曽根に会ったが中曽根は彼と目を合わせないよう顔を背けた。


 昴が本柳にどんな目に合わせられているか中曽根は間違いなく知っている。知っていて昴を助けないのだ。


 いつものように昴は本柳の要求を断った。いつもよりご機嫌斜めなのかその日の本柳たちの暴力はいつも以上にひどかった。本柳の拳がミゾオチに食い込みうずくまったところを取り巻きたちがモップやホウキの柄でめった打ちにした。


 それでも本柳たちは満足できず、昴を近くにあった観察用の池に引っ張って行った。


 そこは深緑色に濁りきっていて微生物観察にはもってこいだ。もっとも観察をした人間は何年もいない。


 本柳たちはそこに昴の頭を突っ込んだ。身を切られるような冷たさと腐敗した味、そして酸素不足の苦しさに昴はもがいた。もがけばもがくほど汚水は昴の口と鼻に入ってきた。


 突然、頭を上げられ再び酸素が肺に満ちた。大きく喘ぎ口の中の汚水を吐き出した。鼻から水を飲んだせいか、頭が割れるように痛い。しかし、完全に水を吐き出す間もなく再び頭を池に入れられた。本柳たちは何度も何度もそれを繰り返した。


 頭を出されるたび昴の耳には本柳たちの嘲り笑う声が響いた。彼らは昴をいたぶる事にサディスティックな喜びを感じているのだ。


  たすけて、たすけて、たすけて……!


 死の恐怖が昴の心を虜にした。恐怖と苦痛で昴の頭は真っ白になりパニックに陥った。だがそのとき昴の中で何かが蠢いた。


 気が付くと昴の頭を押さえつける腕はなくなっていた。頭を池から出し、恐る恐る辺りを見回すと本柳たちが気を失って倒れていた。


 そのとき何が起こったか昴は未だに解らない。ただ、それは昴が電気を放ったせいだと本柳たちは主張した。『電磁波人間』というあだ名がかつて無いほど役に立ったわけだ。


 本柳たちは昴に慰謝料を請求してきた。その直前まで自分たちが昴に何をしてきたか記憶がないらしい。極度の痴呆症だが問題は痴呆症の本柳たちだけではない。


 昴は本柳たちにせめられ続け、なんの責任もないのに罪悪感にさいなまされ始めた。そして、とうとう本柳たちに金を渡してしまった。


 後は本人の予想通り金額は情け容赦なくエスカレートし、合計で百万を超えた。


 昴はとうとう学校へ行かなくなった。それは程なくして父・寿雄の知るところとなったのだ。


 昴が数百万も金を持っているわけがない、寿雄の預金を引き出していた。寿雄が昴の異変に気付かないはずがなかった。それにいくら教師失格とはいえ、担任である中曽根が寿雄に連絡をしないわけがない。最終的には自分の口から寿雄に今まであったことを伝えた。


 全てを知った寿雄は、学校側の反対を押し切り警察に被害届を提出し事を公にした。金額が数百万を越えることからマスコミも動き出した。このアパートに報道関係者が訪れるのは三年ぶりだ。


 前回は昴の従姉に起こった事件のインタビューだったが、今度は昴が当事者だ。マスコミ数も前より多く近所迷惑になってしまった。それに事件が立て続けに起こったことで心ない事を言う者も多くいた。


 皮肉にも『鉄の怪物』がワシントンを襲撃してから、報道関係者の訪問は極端に少なくなり、今は皆無だ。


 寿雄は昴を今の学校に通わせられないと判断した。それにここの住所は本柳たちが知っている。施設送りになっても本柳たちは直ぐに出てきてしまうのだ。身を守る意味でもここにいるのは賢明とはいえない。引っ越しは避けられないことだった。


 昴はそれでもここを離れたくないと言い張ったが、さすがに寿雄はそれを聞きいれてはくれなかった。


 メモをゴミ箱に放り込みながら昴は改めて己の無力を痛感した。死んでもここに留まりたいがそれは叶わないことだ。寿雄が戻ってくれば直ぐにここを離れる事になるだろう。


  でも、ここが『鉄の怪物』に壊されるって決まったわけじゃない……


 昴は何とか物事を前向きに考えようと自分を励ました。


 とりあえずは腹ごしらえだ。どうなるにせよ、腹が減っては戦はできない。本当は戦などしたくはないのだが。


 昴は昨日の残りのご飯が入ったお櫃を戸棚から出した。中を見てみると、量が減っていない。寿雄は何も食べずに出社したようだ。昴はピラフを作って、寿雄の分は取っておくことにした。ところが、具はおろか玉子すら見あたらない。


  そっか、昨日もお姉ちゃん来なかった……


 昴は不登校になってから、外出も極端に避けるようになっていた。そのため、食料は会社帰りに寿雄が買ってくることになったが、寿雄は帰りが遅く、スーパーの閉店に間に合わないことが多い。そこで、色々食料を持ってきてくれているのが、従姉の鳴神真那なるかみ まなだ。


 真那はイジメ事件でも中心的に動いていた。昴にしてみれば、ありがた迷惑な部分も多々あったが、それは昴のことを思ってしたことだ。


 その真那がここ数日姿を見せていない。『鉄の怪物』が出現した時期から、何だか慌ただしかった。ケータイも切ってあるのか、いつも留守電になっている。


  お姉ちゃん、どうしたんだろう……?


 昴は夢の最後の部分を思い出した。五人のうち二人が女性で、その片方が真那なのだ。そして真那も、昴と同じ夢を見ていた。


 何かがおかしかった。もちろん、予言メールと『鉄の怪物』が世に現れてから、全てがおかしくなっている。だが、それだけではない。


 昴の心に、不安が暗雲のごとく垂れこめていった。



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