第一章 終末の足音Ⅲ Part1

「ふぁ~あ」


 真那は当てた手から口がはみ出しそうなほど、大きなアクビをした。折角の美人が台無しだ。


 今は朝の六時、普段ならまだ寝ている時刻だ。滅多に聞くことのない鶏の鳴き声がする。生物部が飼っているやつだ。いかにも『のどかな朝』といった感じだ。


 ここは真那の通う高校の一角にある林だ。ここには剣道部や柔道部など、各部の道場や部室がある。


「人のハナシ聞いてんのかッ? なんで昴を連れてこねェんだよッ」


 目の前にいる青年が、非難がましい口調で言った。短髪でいかつい顔とガッチリとした体格は、体育会系であることを見事にアピールしている。普段は顔に似合わず人なつっこい眼が、今は苛立ちに吊り上がっていた。


「スミマセン」


「あやまるんなら、早く連れてこいよッ」


「謝ったのは、アクビをしたことです」


 真那は枝毛を探しながら言った。背中のなかほどまである、自慢の黒髪だ。


「オマエなッ」


 この青年、森本篤志もりもと あつしが怒るのも無理はない。昴を連れてくるよう、前日に言われていた。しかし、真那は生返事をしただけで、昴を連れてくる気など毛頭なかった。これから自分たちがしようとしていることを考えれば当然だ。


  ま、森本先輩は勝手に怒らしとけばいいわね。


 真那は、何だかんだと不平を並べ立てている篤志を無視して、その後ろにいるもう一人の青年に視線を移した。


 その青年は篤志とは全てにおいて対照的だった。肩にかかるほど長い髪、異様なまでに整った顔立ち、スラリとした体つき、そして冷ややかな光を湛えていた鋭い瞳。学校中の女の子がキャーキャー騒ぐのも無理はない。


 男嫌いの真那には、この五十嵐勇人いがらし はやとの容姿などどうでもよかった。問題なのは勇人の考えが読みづらいことだ。今も腕を組み木に寄りかかって無表情に真那と篤志のやりとりを眺めている。


「勇人、おまえも何とか言えよッ」


 勇人は面倒くさいといいたげにため息をついた。


「もう、いいだろ?」


「何がいいんだよッ」


「鳴神が昴を連れてこないことは、お前だって予想できただろ?」


  ふ~ん、やっぱり。


「だからってよ……」


「本気で昴を連れて来たいなら、俺かお前が直接行かなきゃ駄目だ」


 真那は小さく舌打ちした。恐れていた事態だ。やっぱり、勇人は油断ならない。


「それもそうだ、そんじゃ今すぐに行こうぜ。モンクないよな鳴神?」


 文句は山ほどある。取りあえず、その勝ち誇ったような笑みをやめろ、と言いたい。


「それより琴美ちゃんの方、先にしましょうよ、ね?」


 滅多にやらない愛想笑いを浮かべた。真那の微笑みは、男には強力な魅了の魔法チャームになる。


「日下のところは、昴んに行ってからでいいだろ」


「方向がぜんぜん違いますよ」


「だったら、なおさら急いで昴のとこいかねーとな。なんなら、おまえ一人で日下を迎えに行ってもいいぜ。その方がコウリツ的だ」


 いくら強力な魔法でも、手の内を読まれていれば効果がない。形勢逆転、真那の態度は篤志を喜ばせるだけだった。


「昴は戦力にならないわッ」


 愛想笑いは消え、とうとう真那の声に怒気が含まれた。もうなりふり構っていられない。昴を勇人たちの好きにされるのは嫌だ。


 真那と勇人たちの出会いは、話しの争点になっている昴がきっかけだった。


 本柳のカツアゲから昴を助けるために、真那が二人に協力を求めたのだ。


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