第一章 終末の足音Ⅱ Part2
カーテンの隙間から射し込む朝陽に眼を細めながら、
窓の隙間から入ってくる風が、濡れたアスファルトの香を運んできた。どうやら朝方に一雨降ったようだ。六月に入りだいぶ蒸し暑かったので、窓を少し開けたまま眠ってしまった。
またあの夢だ。
ハッキリわからないけど、なんだが危険なやつを追って宇宙から地球にやってくる夢……
最後に出てくる五人のうち、四人までは誰だか判っていた。しかし、最後の一人がどうしても思いだせない。夢の中ではハッキリ判るのだが、目を覚ますと濃い霧の中に飲み込まれたかのように、その顔を思いだせなくなる。
この夢は数年前から見るようになったが、予言メールがばらまかれ始めた頃から毎晩見ている。
夢の中の自分は、自分なのに別の存在であるというか、別のものなのに自分だというか、非常に違和感がある。
昴は部屋の中を見回してから起き上がり、鏡に姿を映して、自分が間違いなく鳴神昴であることを確かめた。バカバカしい話しだが、目覚めた後も変な感覚が残っていて確認しないと落ち着かない。
なんだか、ナルシストみたいで嫌だな……
この部屋には電化製品と呼べるものがまったくない。あるのは、机、椅子、クローゼット、ゼンマイ時計に、石油ランプ、そして残りのスペースを埋め尽くすように置かれた本棚と本。その中で半分を占める漫画が、中学二年生らしいと言えばいえなくもない。
それにしても時代錯誤な部屋だ。蛍光灯すらない。いや、蛍光灯の笠はあるのだが、蛍光灯がはめられていないのだ。
昴は部屋を出てリビングに向かった。時刻は午前六時一〇分前、朝食を作るのは昴の日課だ。いつもなら父の寿雄がまだいるはずだが、今朝は気配がない。何も聞いていないが、もう出社したのだろうか。いぶかしく思いながらテーブルの上に置かれた新聞を取ろうとしたら、おもてが騒がしいのに気づいた。
窓から表を見下ろすと、表の駐車場で何組もの家族が車に荷物を積み込み、慌てて出ていく。
なんだろう? 集団夜逃げみたい。
そこにいる人たちはみんなピリピリしていて、昴に言い知れない不安を与えた。昴は新聞に視線を落とした。
愚かなりし人の子よ
日の出づる國の都に
魔神たちが忍び込む
神の使いが現れて
呪われしこの島を
魔神共ども浄化する
新聞の一面には、デカデカと新しい予言が載っていた。昴は深いタメ息をついた。
とうとう来るんだ……。
予言メールの犯人は、日本の歴史にも精通しているらしい。解説を読まなくても、『日の出づる國』が日本、『都』が東京、『神の使い』が〈鉄の怪物〉を意味することは、昴にも解った。唯一、解らないのは『魔神』だけだ。
予言メールは、その国の言葉で世界中にばらまかれる。昴は『日の出づる國』を、他の国の言葉でどう訳しているのか気になった。
〈鉄の怪物〉がワシントンを襲撃してから三週間がたつが、未だに詳しいことは解っていない。とにかく、現代の科学力が通じないのは確かだ。
当初は一度に一カ所だった〈鉄の怪物〉の襲撃は、今では二、三の都市を同時に襲うようになっていた。ワシントンに続き、ニューヨーク、モスクワ、エルサレム、バチカン、北京などの大国の都市や宗教的に大きな意味を持つ場所が破壊され、人々の不安と混乱は留まることを知らなかった。
昴は再び駐車場に視線を落とした。
みんな逃げるんだ、ここを捨てて……
昴はテーブルの上に、新聞の他にメモがあるのに気づいた。
新聞は読んだか?
一度会社に行って様子を見てくる。多分、昼前には戻る。
父より
恐らく寿雄は、始発電車に乗って会社へ向かったのだろう。きっと、首都圏に通勤するサラリーマンの多くがそうしているに違いない。
今でも日本のお父さんのほとんどが、あいも変わらず会社人間だ。とんでもない化け物が出現するというのに、第一に心配するのは自分の身の安全ではなく、企業の安否だ。
自分の生命の方が大切だろうと昴は思う。でも、生命よりも大事なものが自分にもある。
昴は三年前に母の
『鉄の怪物』まで、ぼくをここから引き離そうとする……
寿雄は詩織が亡くなって日も浅いうちから、このアパートを引き払おうとした。寿雄にしてみれば、ここは悲しみを助長する場所なのだろう。
昴にはそんな父の気持ちを理解するだけの余裕がなかった。寿雄が引っ越しの話しを初めて持ちだしたとき、昴はそれこそ駄々っ子のように激しく抵抗した。それ以来、寿雄はハッキリと引っ越しのことを口にすることはなかった。
その寿雄が、一月前に再び引っ越しすることを昴に告げた。理由は今までとは全く違う、昴をイジメから守るのが目的だ。
昴は二月の末から学校へ通ってない。その前からイジメは始まっていたが、彼は寿雄を心配させたくない一心で耐えて通学していた。
昴をイジメる中心となっているのは、
ところが、昴はふとした弾みで彼らを傷つけてしまった。それはイジメの原因の一つでもある、困った体質のせいだった。
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