終章

第201話 全てが始まった場所で

店舗特典SSとExtraを除くSS100話も全て本編という扱いで、終章は201話より始めます。

SS部分を飛ばして来られた方は、SS90以降だけでも読んでいただけますと一応話は繋がるかと思います。

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 小桜三姉妹の父が帰還し、彼女たちは生家へ帰った。


「春輝クン、お醤油取ってー」

「はいよー」

「ハル兄、今日の夜ゲームの続き出来る?」

「残業さえ入らなければ、喜んで」

「あっ、そうだ! ぬか漬けがそろそろ漬かってる頃だと思うんですけど、春輝さんいかがです?」

「ありがとう、いただくよ」

「ぬか床ー、いい感じみたいねー」


 が、それはそれとして今も概ね人見家で暮らしていている。


 彼女たちの父はあちこち飛び回っていてあまり家にいないらしく、彼が帰宅するタイミングで実家に帰る以外はほぼ人見家に滞在しているのであった。

 春輝としても、嫌な気持ちなどあるわけもなく……これまでとほとんど変わらない日々が続いてくれていることに、ホッとした気持ちを抱いていた。


 ……そう。

 これまでと、ほとんど・・・・変わらない日々が続いている。


 けれど、決定的に変わったこともあった。


 それは、春輝が『保護者』でなくなったこと。


 もちろん身近な危機などがあれば全力で助けるつもりでいるが、その時には彼女たちの父も全速力で駆けつけてくれるだろう。


 例えば受験なんかの話にしても、今の春輝が出来るのは『相談』まで。

 それ以上の大切なことについては、今後は父親と話し合うことになるだろうしそうすべきだ。


 ちょっとした変化のようで、けれどそれは決定的な変化でもあって。


(……ちゃんと、考えないといけないよな)


 ずっと待たせてしまっていた返事に、向き合うべき時が来たということだった。



   ◆   ◆   ◆



「お疲れ様でーす」

「お疲れ、今回は何もなくて良かったな」


 居酒屋にて、春輝は貫奈とビールグラスを打ち付け合う。


 本日は休日出勤にて、二人でベンダによる機器交換の立ち会いをしていたのであった。

 物理的に機器を動かすと大体何か問題が発生するものだが、幸いにも今回は特に何もなく巻きで作業完了。


 その祝杯を上げている形である。


「おっ、肉盛り思ったより豪華だな」

「これは赤ワインの流れ……ですね?」

「それは……もちろんだ」

「うぇーい、そう言うと思ってもう頼んでまーす」


 愚痴がある時は酒が進むが、良いことがあっても酒は進む。

 それが酒飲みという生き物だ。


 二人は盃を重ね、良い感じにほろ酔い状態になっていた。


 けれど今日の春輝は、頭の芯は冷やしたままにしている。


「貫奈さ」

「はい?」


 酒の力を借りて、という少し情けない形ではあるが……言わなければいけないことがあったから。


「今回の振休取る日、俺と被ってたよな? まだ予定がないようなら、ちょっと付き合ってくれないか?」

「いいですよ。リリース……ではないので、アルコールですね?」

「なんでその二択しかないんだよ……」


 思わず微苦笑が浮かぶ。


「ここ数年、それ以外にお誘いいただいた覚えがほとんどないもので」

「……それは確かにな」


 ジト目を向けてくる貫奈に、春輝は降参を示すため両手を上げた。


 そして。


「今回は、ノンアルコールにノンリリースだ。一緒に、行きたいとこがあって……」


 言わななければならないこと……その一歩目を踏み出した。



   ◆   ◆   ◆



 そして訪れた、振休取得日。


「うわー、懐かしいですねー」

「俺らが通ってた頃のまんまだな」


 春輝と貫奈は、共に通っていた母校の廊下を歩いていた。

 卒業生ということで、訪問の許可はあっさり下りている。


 普通教室の前は通っていないが、授業中の時間帯なので二人共声は抑え気味だ。


「にしても、なんで母校訪問なんです?」

「ちょっと、初心を思い出そうとな」

「はぁ、まぁそれは結構なことで?」


 春輝の曖昧な物言いに、貫奈は疑問顔ながらもそれ以上突っ込んではこなかった。


 そのまま雑談しながら、懐かしい景色の中を歩くことしばし。


「……ふむ、初心ですか」


 図書室に辿り着いたところで、貫奈はどこか含みのある呟きを漏らした。

 意味はわかるが意図はわからない、といったところだろう。


 ここでも何も説明せず、春輝は図書室の中へと足を踏み入れる。

 授業中なので、中に生徒の姿はなく。


「あら?」


 本の整理をしていた司書さんが、春輝たちの姿を認めて声を上げた。

 春輝たちが通っていた頃と同じ人だ。


「あらあらー、これは懐かしいお二人ねー」


 当時三十代前半くらいだったと記憶しているが、この女性はあの頃とほとんど変わらずに見える。


「僕たちのこと、覚えていてくださったんですね」

「そりゃまぁ、毎日あんだけイチャコラされたらね」


 と、司書さんは微苦笑を浮かべる。


「いや、イチャコラは……」

「知ってました? 私たち、付き合ってなかったし付き合ってないんですよ」

「付き合ってなかったし付き合ってないの!?」


 次いで、春輝の苦笑に被せられた貫奈の言葉に驚愕の表情となった。


「付き合ってなかったし付き合ってない二人が当時イチャコラしてた場所を仲良く訪れることとかあるの……?」

「私も不思議です」

「ははっ……」


 恐れ慄く司書さんに肩をすくめる貫奈、春輝としては曖昧に笑うことしか出来なかった。



   ◆   ◆   ◆



「おわー、ここも全然変わってませんねー」

「タイムスリップしたみたいに感じるな」


 図書室の、一番奥の一角。

 当時、春輝と貫奈はここで会うだけの仲で……ここで、ほとんど毎日会う仲だった。


 どちらからともなく、当時の定位置に腰を下ろす。


「そういえば、俺が卒業してからはお前がこの席の主になったのか?」

「春輝先輩もいないのに、わざわざこんな端っこまで好き好んで通いませんよ」

「あ、おぅ……そうか」


 割とストレートに春輝目当てだったことが明かされ、春輝は何とも言えない表情を浮かべることとなる。

 尤も、彼女の想いを知った今となってはだいぶ今更なことでもあるが。


「それで? わざわざ初心に帰って話したいこととは?」


 十年の付き合いは伊達ではない。


 ここから本題が始まるのだと、貫奈も察しているようだ。


「最近、よく考えるんだ」


 だから、春輝もこれ以上は引っ張ることなく話し始めることにする。


「もしもあの日……お前が、初めてここを訪れた日。たまたま俺がここにいなかったらとか、貫奈が別の席を見つけていたらとか」


 少し、迂遠な始め方ではあったけれど。


「俺の人生は……まぁ、今と大して変わってなかったとは思うけど」

「ちょっと、そこは私がいないと全然違う人生だった、とか言う場面でしょ」


 ジト目を向けてくる貫奈を相手に、肩をすくめる。


「自惚れるなよ? 俺の人生における重要な選択において、お前が影響を及ぼしたことなんてほぼない」

「それはまぁ確かに。逆に、私の方はほぼ春輝先輩の影響しかありませんけど」


 今更聞くまでもなく、貫奈の進路がずっと春輝と被っていたのは彼女が春輝を追いかけてきていたからだ。

 人の人生に影響を及ぼしまくっていたことに、ちょっと申し訳なくなるが……嬉しい気持ちが少しもないかと言えば、嘘になる。


「もしもお前が違う進路を選んでたら……少なくとも、今より俺の残業は遥かに増えてただろうな。いつも助かってるよ、俺の右腕」

「右腕になった覚えはありませんが……まぁ、使える分には使ってやってください」


 出来る女は、クールに微笑んだ。


「あとは……結局は今と、同じような状況だったとしても」


 正面に座る貫奈から視線を逸らし、窓の外を見ながら春輝はふっと頬を緩めた。


「きっと今より、随分彩りの少ない十年間だったと思う」


 この十年、ほとんどの期間は貫奈が隣にいたのだから。


「つまらんと人生になってたとまでは言わないけど、振り返ってみると俺の中でお前の存在は思った以上に大きくなってた」


 彼女がいない人生……今や、想像するのも難しい。


「なんですか? 口説いてるんですか?」

「口説いてるよ」

「おっ、言うようになったじゃないですか」


 それこそ、図書室に通っていた当時はこんな軽口を交わし合うようなこともなかった。


 尤も。


「貫奈、付き合ってくれないか?」


 春輝の方は、軽口ではなかったけれど。


「はいはい、次はどこにですか?」

「……まぁ、この言い方じゃそうなるよな」


 春輝としても、想定の範囲内……というか、予想通りである。


「貫奈」


 ゆえに、今度は日和ることなく貫奈を真っ直ぐ見つめて。


「俺の、恋人になってくれないか?」


 ハッキリと、伝えた。

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