SS103 父の帰還、そして
ある日、春輝が休日出勤から帰ると男性が土下座していた。
その人とは、誰あろう……。
「申し遅れました。小桜
三姉妹の、父親であった。
流石にいつまでも玄関で土下座させているわけにもいかず、今はリビングで普通に座ってもらっている。
「えーと……初めまして、人見春輝です」
未だ頭は混乱しており何を話すべきなのか判別付かない春輝は、とりあえず無難に自己紹介を返した。
「改めまして、娘たちを助けていただきありがとうございました」
そう言いながら、再び頭を下げる父。
「いえそんな……どっちかっていうと、俺の方が三人に助けられてるくらいで……」
これは、本心からの言葉であった。
三姉妹が来てからというもの、春輝の生活はあらゆる面で改善しているのだから。
「芦田さんに聞きました」
久々に聞く名は、小桜家の債権を握っている会社の担当者のものである。
「私の借金を、肩代わりしてくださったと」
「いや、まぁ、それも全額には届きませんでしたし……ホント、俺は大したことはしてないですよ」
一応事実ではあるので今度は否定もしづらく、春輝は曖昧に言葉を濁した。
「いえ。春輝さんは色々と……本当に色々と、助けて下さいました」
「そこはマジのガチだかんね」
「むしろ胸を張ってほしい」
伊織が毅然とした表情で、露華も真面目に、白亜は懇願するような目で。
「三人まで……」
なんとなくこそばゆいような、妙な気恥ずかしさを感じる春輝である。
「本当に、良い人に助けていただけたのが幸いでした……私のせいでご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、そんな……」
一回り年上の男性に何度も頭を下げられるのは決まりが悪く、春輝は少しだけ苦笑気味に笑う。
「迷惑だなんて、少しも思ってませんから」
それから微笑んで視線を向けると、三人も小さくはにかんだ。
「あーっ、っと」
なんだか妙に恥ずかしいことを言ってしまった気がして、春輝は話題を探す。
「それで、その……海外? 外海? にいたと聞いていましたが……」
「はい、ここ数ヶ月マグロ漁船に乗っておりました」
「あ、はい……」
大真面目な顔で語られると、何と言っていいやらわからない春輝である。
「私はどうにも、テンパると奇行に走ってしまうきらいがありまして……」
「あ、はい……」
伊織と同じ血が流れていることを濃厚に感じる発言だった。
「借金をどうにかせねばということで頭がいっぱいになってしまい、気付けばマグロ漁船に乗っており……海に出てしまえば、もう帰るに帰れず……」
どうやら、元祖(?)だけあってこちらの方がやらかしのスケールも大きいようである。
「とはいえ幸いにして釣果には恵まれ、残っていた借金については本日全て返し終えて参りました。そこで、芦田さんに人見さんと娘たちのことを聞いたのです」
「なるほど……」
手段はともかく借金が完済されたという事実に、春輝はホッと安堵の息を吐く。
「人見さんに肩代わりしていただいた分も、すぐにお返し致しますので」
「え? あ、はい。それはいつでも構いませんけれど」
「そういうわけには参りません」
奇行はともかくとして、根は真面目なところも伊織と同じらしい。
真っ直ぐ春輝を見る目には、真摯な光が宿っていた。
伊織から聞いている分にはだいぶ破天荒な人という印象だったが──実際その一面も確かにあるようだが──基本的には理知的な好人物という印象だ。
最終的に失敗したとはいえ長らく会社を経営していたのだし、有能な人でもあるのだろう。
「必死にマグロを釣り上げつつも、娘たちはどうしているだろうか、ちゃんと食べられているだろうか、屋根のあるところで寝られているだろうか、もしやお金のためやむを得ず男と……などと、と心配しない日はありませんでした」
悲痛な表情で語っているが、ちょいちょいマグロというワードが出るせいで春輝は微妙にどういう顔をしていいのかわからなかった。
「尤も、結局のところ娘たちを放り出していたのに変わりはありません。私に、今更父親面できる資格などありませんが。むしろ……」
「それは違いますよ」
自嘲の笑みを、春輝はしっかりと否定する。
「この子たちの父親は、貴方しかいないんですから」
自分ではなく……と、それこそ自嘲の笑みを浮かべそうになりながら。
「自分たちが困ったことになっても、この子たちは貴方への恨み言なんて一つもこぼしませんでしたよ。だから……」
それを、どうにか微笑に変える。
「春輝さん……」
「春輝クン……」
「ハル兄……」
三人が、グッと下唇を噛む。
次に春輝が口にする言葉は、きっと誰もが予想する通りのものだから。
「これからは、元通り」
向こうから切り出すのを待つべきなのかもしれない。
そういう話をしにきたのではないのかもしれない
もしかしたら……『そう』ならないよう立ち回ることも、あるいは可能なのかもしれないけれど。
「家族四人で、仲良く暮らしてください」
春輝は、自分が思う『正解』を口にした。
それから、三人に向けて。
「君たちと過ごす時間は、とても楽しくて……俺にとって、かけがえのないものだった」
別れを、告げる。
「今まで、ありがとう」
それを言うのが、きっと自分の最後の役割だろうと思うから。
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