SS102 訪れる時

「わっ、すっごい! 絶景ですねー!」

「一面ひまわり……壮観」


 伊織と白亜が、感嘆の声を上げる。


「んーっ」


 そんな伊織と白亜を手カメラに収め、露華はなぜだかちょっと悔しげだ。


「ひまわりときちゃー、お姉と白亜の方がバエるよねー」


 ということらしい。


 土曜である本日、春輝は三人と共にひまわり畑を訪れていた。


「露華ちゃんだって、十分に絵になってるよ」


 春輝としては、本心からの言葉だったのだが。


「いやー、やっぱひまわりには黒髪っしょ!」


 露華としては、何やらそういうこだわりがあるらしい。


「それには賛同する……けど、イオ姉」


 コクンと一つ頷いた後、白亜は伊織の方を見る。


「それは流石に、狙いすぎ」

「あー、ね?」

「えっ……えっ? どういうこと……!?」


 ジト目を向ける白亜に軽く同意する露華、伊織は何のことがわからない様子でオロオロしていた。


「白ワンピースに麦わら帽子……あざとい。流石イオ姉、あざとい」

「普通の格好なのに……!?」

「完全に、春輝クンの心の中の『白ワンピースに麦わら帽子の女の子』枠を狙いにいってるよね」

「知らないものを勝手に狙ったことにしないで……!? 心の中の『白ワンピースに麦わら帽子の女の子』枠って何なの……!?」

「人は誰しも、心の中に『白ワンピースに麦わら帽子の女の子』のイメージを持っている」

「私は別に持ってないんだけど……」

「人はっつーかオタクは、ね」

「そ、そうなんだ……」


 なお、個人の感想である。


「あ、あの……じゃあ……」


 モジモジと恥ずかしそうに己の手を絡めながら、伊織は春輝の方へと向き直る。


「私は、春輝さんの……『それ』に、なれますか?」

「え?」


 まさかそんな質問を伊織が投げてくるとは思わず、春輝は呆けた声を上げてしまった。


 けれど、何やら勇気を出して質問してくれたような気配は感じたので。


「あー……うん。むしろ……もう、なってる……かな」


 気まずげに伊織から視線を外して頬を掻きながら、そう答える。


 実際、ひまわり畑を背景に微笑む伊織の姿は脳裏に強く焼き付いている。

 今後、『それ』と言えば今の伊織の姿を真っ先に思い浮かべることになるだろう。


 が……それを、よりにもよって本人に公言するのはだいぶキモくないか? と、今更ながらにちょっとドキドキし始めている春輝である。


「ふふっ……ありがとうございますっ」


 そんな春輝が面白かったのか、はたまた別の理由か。


 伊織は、ふんわりと微笑んだ。


「あざとい」

「あざとい」


 そして、妹二人は姉に全力でジト目を向けていた。


「ふ、二人が変なこと言うから、春輝さんはどうなのかなって聞いてみただけでしょっ」

「明らかにそんな聞き方ではなかった」

「なれますか、って言ってたじゃん」

「それは、その……ちょっと、間違えたっていうか……」


 二人の詰問に、伊織はモニョモニョと言い訳する。


「あーっ……と。向こうにひまわりソフトクリームっていうのが売ってるから、皆で食べてみない?」


 助け舟を出すつもりで、春輝はそう提案する。


「へー? ひまわりが入ってるん?」

「うん。ひまわりのエキスがソフトに入ってて、トッピングにひまわりの種も付いてるんだ」

「おおっ、ひまわりの種を実際に食べられる日がついに……!」

「白亜ちゃん、こないだアニメで見て食べてみたいって言ってたもんね」


 元々本気で追及していたわけでもないだろう二人も、あっさり乗ってくれた。


 露華は興味津々という感じで、白亜は目を輝かせている。

 その後ろで、伊織がちょっとホッとした様子を見せているのはご愛嬌である。


「春輝さんは、前にもここに来たことがあるんですか?」

「うん、子供の頃に何度か」

「ウチ、近くにこんなとこあるなんて知らなかったなー」

「まぁ、別に有名な観光地ってわけでもないしね」

「ハル兄、連れてきてくれてありがとう」

「ありがとねー」

「ありがとうございますっ」

「別にそんな、改めてお礼を言われるようなことじゃないよ。俺も、久々にこの景色を見たかったし」


 気遣い半分、本心半分といった春輝の言葉である。


「他にも、色んなところに行こう。夏休みもまだあるんだしさ」

「そんな、でも春輝さんは別に長期休みなわけではないですし……」

「言うて、もう結構色んなとこ連れてってもらったしねー」

「大満足」


 きっと、彼女たちのその言葉も同じぐらいの割合だろう。


「遠慮なんてしないで」


 だから。


「家族だろ?」


 ちょっと気恥ずかしかったけれど、改めてそう口にする。

 すると三人は、一瞬パチクリと目を瞬かせ。


「はいっ……!」

「だねー」

「うんっ……!」


 それぞれ、嬉しそうに大きく頷いた。


 尤も……その表情に、少しだけ複雑な色も見え隠れしていたけれど。


「でも私はホントに、お買い物に付き合っていただくとか、そういうので良いので……!」

「お? 正妻アピールか? ウチだって買い物付き合ってもらうがー?」

「そ、そんなんじゃないし……!」

「じゃあわたし、川下りってしてみたい……かもっ」

「あぁ、もちろん構わないよ。じゃあ、来週の休みにでも行こうか」


 素直に甘えてくれることを、春輝は嬉しく思う。


 それだけ、心を許してくれているということなのだから……家族として。


(色んなところに連れて行ってあげて、色んな経験をさせてあげたいよな。この夏休み……冬休みにも、春休みにも。その先も、ずっと。あぁでも、伊織ちゃんは来年受験だからそこは気遣わないとだ)


 それは、考えるだけで楽しいことだった。


 春輝だって、三姉妹と過ごす時間はとても楽しく思っているのだ。


 嗚呼、それは無邪気に信じているから。


 『先』が、いつまでだってあるだなんて……そんな、幻想を。



   ◆   ◆   ◆



 ひまわり畑からの帰り道。


「楽しかったねっ」

「ひまわりの中を歩ける道あるのが良かったよねー」

「どこを見てもひまわり……幻想的だった」


 満足げに今日を振り返る三人に、春輝も満足げな表情である。


 と、そんな折。

 春輝のスマホが震えた。


「お、電話? ……げっ、会社からかよ……!?」


 休日に会社から電話。

 この時点で、良いニュースを想定するのは難しいだろう。


「……はい、もしもし」

『先輩、今から大至急出勤可能ですか!?』


 とはいえ出ないわけにもいかず、通話をタップすると貫奈の切羽詰まった声が返ってきた。


「……ちなみにそれ、選択肢って?」

『今日死ぬか明日以降めちゃめちゃ死ぬかです!』

「うぇーい、素敵な二択ダナー……」


 その後、貫奈から軽く状況を聞いて通話を切る。


「えーと……ここから、三人で帰れるよね?」


 そして、微苦笑と共に三人を振り返った。


「あっ、はいそれはもちろん……あのでも、大丈夫ですか……?」

「大人には、大丈夫じゃないってわかっていても行かなければいけない時があるんだ……」

「なーんか格好良さげに言ってるけど、毎度毎度ちょっちブラックすぎなーい?」

「そういう業界だからね……俺もある程度は覚悟して入ったわけだし」

「ハル兄……今日、遅くなりそう?」

「たぶん、ギリ終電では帰れるレベル……というか帰れるレベルで収めないとマジでヤバい……」


 心配げな三人に、それぞれ返す。


 大変な状況であることは間違いないが、春輝にとってはそれが日常である。


「じゃ、悪いけど俺このまま出社するから!」

『いってらっしゃい……!』


 軽く手を上げ、通勤路へと向かう。


 三姉妹の心配げな視線を、角を曲がるまでずっと背中に感じながら。



   ◆   ◆   ◆



 春輝と別れ、帰路を歩く三人。


「春輝さん、本当に大丈夫かな……?」

「まー、言うてよくあることだし大丈夫っしょ」

「よくあることなのが大丈夫じゃない説が有力」


 なんて話しながら、ちょっとトボトボした感じで歩いていた。

 こんな時、自分たちが何もできない子供なのがもどかしい。


「お腹すかせて帰ってくるだろうし、美味しいご飯を沢山用意して待ってなきゃねっ」

「ウチは、マッサージでもしちゃおっかなー」

「なら、ロカ姉は肩担当。ハル兄の腰の凝りにはわたしの体重が一番効くことが証明されている」


 とはいえいつまでも暗い顔をしていても建設的ではないので、前向きに春輝が帰ってきた後のことについて考えることにする。


「明日は一日、春輝さんにちゃんと休んでもらおうね」

「完オフデーってやつねー、りょりょ」

「むしろハル兄自身がわたしたちをどこかに連れていってくれようとしがちだから、それをどう防ぐかが肝」

「家で皆で遊ぶことを提案する……とか?」

「それはそれで疲れない?」

「ゲームなら良いのでは?」


 そう……彼女たちもまた、信じていた。


 『明日』も、今日と変わらず訪れるのだと。


「ただいま帰りましたー」

「ただいまでーす」

「ただいまです」


 中にいるだろう母に、帰宅の挨拶を告げながら玄関へ。


 すると。


「……待っていたよ、三人共」


 家の中で待ち受けていたのが、思わぬ人物で。


『……えっ!?』


 三人揃って、大きく目を見開くこととなった。



   ◆   ◆   ◆



 その日の、既に深夜と呼んで差し支えない時刻。


「あ゛ー……終電間に合って良かったぁ……マジでギリッギリだったけど……」


 春輝は、我が家への帰路をゾンビのような足取りで進んでいた。

 なお三姉妹をこれ以上待たせるわけにはいかないため、割と素早く動くタイプのゾンビの挙動である。


「つーか、なんだよプログラムのコメントにカタカナの『チ』が入ってたらミドルウェアのバージョン特有のバグが顕在化するって……わかんねーよそんなの初見で……つーか、なんでテストん時に出なかったんだよ……ベンダのリリースノート見て気付いた貫奈、マジで神だったな……あれ? じゃあ俺、いらなくなかった……?」


 本日のリリースでの障害について、ブツブツと愚痴を漏らす。


「ただいまー」


 とはいえ、帰宅の挨拶を極力明るい声を意識して。


『お、おかえりなさーい』


 玄関の扉を開けると、三姉妹の出迎えの声。


 ここまでは、いつものことである。


「……?」


 ただ、なぜかちょっと気まずげな響きだったのが少しだけ気になった。


 そして、玄関に入ると。


「……うぉっ!?」


 春輝は、思わず驚きの声を共に後ずさった。


「人見春輝さん、本当にありがとうございます!」


 目の前で、見知らぬ男性が土下座していたためである。


 見知らぬというか、スタートから土下座したままなので顔が見えないのだが。

 男性の後ろ、三姉妹は少し困ったような、どこか寂しそうな、けれど確かに嬉しい、そんな表情を浮かべていた。


 彼女たちが受け入れているということは、不審者の類ではないのだろうが……。


「えっ、何これ……!? どういうこと……!? ドッキリか何か……!?」


 状況がわからず、春輝はただただ困惑するばかりである。


「貴方は、娘たちの命の恩人です!」


 そんな中、頭を床に擦りつけたまま男性が続けてそう叫ぶ。


 言葉としてはハッキリ耳に入ってきたものの、一瞬その意味が理解できなかった。


 あるいは、脳が無意識に理解するのを拒絶したのかもしれない。


 しかし、流石にこんな簡単なクイズをいつまでもわからないフリなんてしていられずに。


「……あ」


 この瞬間、春輝は思い出した。


 嫌でも、思い知らされた。


 とてもとても当たり前な事実。


 全ての大前提。


 家族だなんだと嘯こうと……自分と彼女たちは、どこまでも他人なのだと。

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