SS101 夏の夜には

 真夏にリビングのエアコンが壊れたことにより、ビニールプールを引っ張り出して姉妹三人が涼んで春輝がそれを眺める……という場面を、貫奈に目撃されて。


「玄関から一秒で即事案で、何事かと思いましたよ」

「うん、まぁ……うん……」


 ジト目を向けてくる貫奈に、春輝としては返す言葉がなかった。


「あの、春輝さんは私たちのことを思って……!」

「ふふっ、わかってるわよ」


 伊織が慌てた様子でフォローに入ると、貫奈は一転してふわりと微笑む。

 流石に、彼女も本気で言っていたわけではないらしい………………たぶん。


「それで、何か用だったか?」

「おや、用がなければ来ちゃいけませんか?」

「そんなことはないけどさ……」

「冗談ですよ」


 春輝に対しても、貫奈はクスリとイタズラっぽく笑った。


「伊織ちゃんから、こんなメッセが来てたもので。アイスでも差し入れようかと」


 と、スマホの画面を春輝に見せる。


『エアコンが壊れちゃって、リビングが煉獄です><』

『微力ながら、助太刀に参上いたそう(笑)』


 というやり取りが表示されていた。


「というわけで、こちら。献上致します」


 そう言いながらレジ袋を差し出され、確認すると中にはアイスの箱が。


「そりゃサンキューだけど、そんな気軽な感じでやり取りしてんだな……」


 春輝としては、むしろそこが気になった点である。


「私たち、仲良しだもんねー?」

「ふふっ、はいっ!」


 なんて、実際に気安いやり取りを交わす二人。

 以前に貫奈が泊まった時からだと思うが、随分と距離が縮まっているようだ。


「伊織ちゃんとは、もう春輝先輩より深い仲になっちゃったかもですね?」

「それは普通にそうなんじゃないか?」

「あはは……」


 普通に答えた春輝に、ちょっと困ったように眉をハの字にして笑う伊織。


「ホント、そういうとこですよっ」

「おぐふっ……!?」


 再びジト目となった貫奈からズビシと脇腹に一撃チョップを入れられ、不意打ちだっただけに変な声が出てしまった春輝である。


「それはそうと、今日の夜って何か予定あったりします?」

「いや? 特にはないけど……」

「それでは」


 疑問顔の春輝に、貫奈はニヤリと笑った。


「もう一つ……こちらも、差し入れですっ」


 そう言いながら、取り出したのは──



   ◆   ◆   ◆



 日も沈み、ようやく涼しい風も吹き始めた頃。


「わっ、きれーっ!」

「んーっ、派手で良いよねーっ」

「昇竜……!」


 激しく火花を上げるドラゴン花火に、三姉妹は目を輝かせている。

 貫奈が持参してくれたもう一つの差し入れとは、豪華花火セットのことであった。


「悪いな、花火まで」

「いえ……というか商店街の福引きで当たったんですけど、流石に一人でやるのは虚無すぎるじゃないですか? ぶっちゃけ、こちらこそ在庫処分を引き受けてくださってありがとうございますって感じですよ」

「ははっ……なら良かったよ」


 気遣いもあるだろうが半分以上は本音が感じられる言葉に、思わず微苦笑が漏れる。


「いいのかしらー? 私までー、交ぜてもらっちゃってー」

「勿論ですよ、お義母さん」


 ぼんやり線香花火を持っている母との、そんな何気ないやり取りを聞くともなしに聞いて。


(……なんか、母さんの呼び方が変わってないか?)


 以前は、「おばさま」と呼んでいたはずだが……深い意味は、考えないようにしておく。


「あはっ、めっちゃ回るじゃーん!」

「露華、危ないからあんまり近づいちゃ駄目だよっ」

「ねずみ花火、元気で良き」


 三人の方に目を向け直すと、今度はねずみ花火ではしゃいでいるようだった。


 それを、微笑ましく眺めていると。


「懐かしいわねー。春輝も昔ー、あんな風にはしゃいでたわー」

「……流石に、高校生の時はそんなことなかったろ?」

「いや春輝先輩、大学でもめっちゃウェーイって花火ではしゃいでたじゃないですか」

「あれは酒が入ってたからだし……」


 春輝の過去を最もよく知る二人が相手だと、やや分が悪い春輝である。


「しっかりー、見ておきなさいよー?」


 母の、いつも通りおっとりした声。


「子供なんてー、あーっという間に大人になっちゃうんだからー」


 けれど何か重要なことを言われた気がして、春輝は母へと目を向ける。

 しかし母はどこか懐かしげに三姉妹を見つめるだけで、続く言葉はなかった。


(確かに……出会った頃より、皆ちょっと大人びたよな)


 春輝も彼女たちの方を見て、少し目を細める。


 伊織は、美しさに更に磨きがかかって。

 露華は、以前より艶やかさが増して見え。

 白亜も、時折思わずドキッとしてしまうような表情を見せる。


(あっという間に大人、か……)


 春輝自身は、子供時代は随分長かったように記憶しているが。

 それをずっと見守ってくれていた側からすれば、そういう感覚なのかもしれない。


(そうだな……この子たちの、こんな何気ない日常もしっかり目に焼き付けていこう)


 それはきっと、いずれかけがえのない思い出になるのだろうから。


(大人になるまで……成長を、見守ってかないとな。父さんや母さんが、そうしてくれたように)


 なんて、自然に思う春輝は。


 失念していた。


 今が、イレギュラーな状況であることを。


 今が、当たり前になりすぎて。


 今が、ずっと続いていくものだと頭のどこかで考えていた。


 無論。


 そんなことは、ありえない。

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