SS95 恋人じゃないから

 海の家でかき氷を食べながら休憩した後、春輝と露華は全力で遊んだ。


「やーっ、海楽しーっ!」

「そうだね……楽しくあるね……」


 そろそろ日も傾き始めた頃、まだまだ元気いっぱいといった様子の露華と力尽きる寸前の春輝と二人は対照的な姿となっていた。

 高校生の『全力』に付き合った二七歳としては、まだ力尽きていないだけむしろ頑張っている方だと言えよう。


「それじゃ、そろそろ帰ろっか」


 春輝がそう提案したのは己の体力の問題ではなく、そろそろ帰り支度を始めないと夕飯に間に合わない時間であるためだ。


「もうそんな時間かー」


 残念そうな様子ながら、露華もそれは理解しているようだ。


「……ね」


 それから、珍しく甘えるような視線を春輝に向けてくる。


「今回も……泊まっちゃ、ダメ?」

「君にそれが必要だって言うなら、もちろん俺は付き合うよ」


 露華の『おねだり』に、春輝は間を空けず心からそう返す。


「あはっ……そう言われちゃ、ワガママ言うわけにもいかないなー」


 彼女ならこんな風に返してくるだろうこともわかっていての物言いだったのは、少しズルかっただろうか。


「でも、まだ余裕はあるよね? ちょっと、向こうの方行ってみない?」

「構わないよ」


 岩場の方を指す露華に、特に思うところもなく返して歩き始めた春輝……だったが。



   ◆   ◆   ◆



 数分後、ちょっと後悔していた。


「あの……露華ちゃん、やっぱり引き返さない……?」

「なんで?」

「なんというかこう、雰囲気が……あまり、教育によろしくないというか……」


 岩場の方は視線を遮るものが多いせいか、水着でいちゃつくカップルがそこかしこにいて目のやり場に困るためである。

 視線を遮るものが多いのだから、ちゃんと遮られている場所でいちゃついてほしいと思う春輝であった。


「白亜相手じゃあるまいし」


 露華は、はんっと鼻で笑う。


「てか、むしろ今のウチら・・・・・にはちょうどいいじゃん?」


 それから、今回もぶっちゃけ途中から忘れていた『設定』を持ち出した。


「や、喜屋武くんもここじゃ流石に見えなくない……?」

「いけるいける、バッチリのポジション見つけて双眼鏡で見てるから」

「その絵面は本格的に大丈夫じゃなくない……!?」


 出歯亀疑惑をかけてしまってすまぬ喜屋武くん、とイマジナリー男子に一応心中で謝っておく露華である。


「ほら、この辺座ろ?」


 手頃な岩に腰掛けた露華は、ポンポンと隣を叩く。

 すると春輝は、少しだけ迷う素振りを見せた後に小さく溜め息を吐いて露華の隣に腰を下ろした。


「ほら、『恋人』なんだからもっと近くじゃないと」

「……そうだね」


 今度も一瞬迷った様子だったが、春輝は露華の言葉通りに距離を詰める。

 露出した肩同士が触れ合う距離。


「ウチら……恋人に見えてるかな?」

「どうだろう……今は、結構それっぽいんじゃないかと思うけど」


 若干気まずげな春輝だが、露華もこの近さには流石に少しドキドキしていた。


「なんか今日の俺、あんまり恋人っぽく振る舞えなくてごめんね」

「にひっ、だとしたら一〇〇ウチのせいなんだし春輝クンが謝るようなことなーんもないでしょ?」


 結局全力遊んだだけであり、今回は恋人っぽいイベント的なものをあえて行ってはいなかった。

 というか、先の通り露華が途中から設定を忘れて普通に楽しんでいた部分が大きい。


 それに……。


「てかウチら、結構恋人っぽかったと思うよ?」

「そうかな……? ちょっと歳の離れた兄妹みたいじゃなかった……?」

「逆に、ガチ兄妹であの楽しみようはないっしょ」

「そうかな……?」

「だってウチ、白亜やお姉とじゃあんな風にはしゃげないもん」

「まぁ確かに露華ちゃん、なんだかんだ二人のフォローに回ること多いもんね……」

「てか、ノリ的にね。姉妹であんまはしゃぐのも恥ずいっしょ」

「そういうもん?」

「そういうもんそういうもん。でも……そうだねー」


 触れ合ったところからドキドキ高鳴る心音が伝わってしまわないかと、ちょっと心配しながらも露華は表面上何気ない調子でそう切り出す。


「ちょーっと、カレシポイントが不足してる可能性はあるかも?」


 露華は、伊織や……恐らく白亜も多少は感じているであろう、自分が姉妹を出し抜いている時の罪悪感など抱かない。

 それは、彼女たちを完全に対等なライバルと見ているからだ。


 恋は戦争、やらなきゃやられる。

 だから……やれる時に、全力でやる。


「最後に一気にポイント、稼いじゃう?」


 これまでは海の方を見ながら話していた二人だったが、露華が春輝の方に顔を向ける。

 すると同調行動か、春輝も露華の方に顔を向けた。


 至近距離で、視線が絡み合う。


「これなら……ゼッタイ、カレカノでしょ?」


 その距離を、露華が更に縮めていった。


 唇と唇を、重ねるために。


 けれど、その動きはすぐに止まることになる。

 それは、露華が日和ったため……では、なく。


「ダメだよ」


 春輝が、手で露華の唇を押さえる形で押し留めたためである。


「それは、本当に好きな人とじゃないと」


 真摯な視線が、間近で露華を射抜く。


 本当に露華を想ってくれていることが伝わってきて、愛おしく……苦しい。

 だってそれは。


(そうだよね……ウチは、本物・・じゃないもんね)


 それは本来、一方的な想いだけで行ってよい行為ではないのだから。


(今はまだ、ね!)


 胸の苦しさを、無理矢理に前へと向き直す。


「にひっ、ホントにするわけないじゃーん! 春輝のエッチー!」

「いや、まぁ、わかってるけど、一応ね? 前にも言ったけど……」

「わかってない」


 恐らく『あんまりこういうことをするのは良くない』といった話に繋がるのだろう春輝の言葉を、露華は真剣な表情で遮った。


「春輝クンは、わかってないよ」


 そう……彼は、露華の気持ちなんて少しもわかっていない。


「えっ……?」


 きっと、露華が今何を言っているのかもわかっていない。


「ごめん……何か、やらかしちゃったかな? 確かに俺は、女の子のことなんて全然わかってないから……」


 それでも真摯に応えようとしてくれる彼を、露華がどう思うのかもわかっていない。


「にひっ」


 だから、露華も正解なんて教えてあげない。


 いつか自分で気付くまで……を期待するのは、ちょっと諦め気味だけど。

 いつか……露華が、さっきのあとほんの数センチを縮める勇気を出せる日まで。


「春輝クン、まーた引っ掛かっかるじゃーん! 過去から学ばなすぎー!」

「あっはは……」


 こんなことを繰り返しているから、その日がますます遠ざかっているのだという自覚はあった。


 それでも……。


「たまには、『うるさい口だな、塞いでやるぜ』とか言ってキスしてくるくらいの強引さを見せてもいいんだよ?」

「現実でやったら捕まるやつじゃん……」


 露華は、この接し方しか知らないから。


 それに……。


「大丈夫大丈夫、イケメンなら許されるから」

「じゃあやっぱり俺は捕まるじゃん……」

「や、春輝クン割と作画良い方よ?」

「ありがとう、お世辞でも嬉しいよ……って、この返しで合ってるんだよね……?」

「や、ホントホント。今度、お姉にも聞いてみ? 『俺の作画って、良い方かな?』ってさ」

「絶対伝わらないやつ……」

「ちなみに白亜なら、『キャラデザは素晴らしいけど動くと微妙』って返ってくると思う」

「それ褒めてるの……? 貶してるの……?」

「にひっ。さー、どっちでしょー?」


 この距離感を、とても心地よく感じているのだから。


 壊したくはなかった……今は、まだ。

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