SS94 恋人色に

 露華の『恋人』役として、共に海へとやってきた春輝。

 結果的に露華と全力遠泳することになって疲れ果てた後、帰りは露華をしっかり説得して今度こそゆっくり泳いで砂浜まで帰り着き。


「ひゃー、めっちゃウマー! かき氷ってこんな美味しかったっけーっ?」


 今は、海の家のテーブルに二人並んで座っていた。


 黄色いシロップがたっぷりかかったかき氷を頬張り、露華は幸せそうに笑う。


「暑いし、運動して汗かいたしね。身体が水分欲してるんじゃないかな」


 かく言う春輝も、思ったより美味しいなと感じていた。

 どこか懐かしい味がする青色の染み込んだ氷が、乾いた喉に染み渡っていく思いだ。


「ねーねー春輝クン、知ってた? かき氷のシロップって、全部同じ味なんだってさー」

「あー、聞いたことあるね。匂いが違うだけなんだっけ?」


 と、二人は春輝のブルーハワイ味と露華のレモン味を見比べる。


「んじゃ」


 と、露華がどこかイタズラ好きな猫を思わせるような目で笑い。


「比べてみよーっと」

「あっ……」


 春輝が止める間もなく、春輝の前にあったかき氷を強奪。

 青く染まった氷を、春輝の使っていたストロースプーンで掬ってパクリと口に入れた。


 とはいえ、ここで動揺を見せては更に調子づかせることは春輝も既に十分思い知らされている。

 まして、本日は『恋人』役。


 ますます動揺を見せるわけにはいかなかった。


「……どう? 同じ味に感じる?」


 さり気なく返したつもりだったが、若干声が固くなるのは避けられなかった。


「んー?」


 シャクシャクと、味を確かめるように露華はゆっくり咀嚼して……飲み込む。

 それから、なぜか愛おしげに見える笑みを浮かべて自らの唇をそっと指で撫でた。


「春輝クンの味がする」

「ごふっ!?」


 流石にその言葉は予想外で、思わず咳き込んでしまう春輝。


「なーんてねっ」


 露華の笑みが、いかにもしてやったりとばかりの小悪魔スマイルに変化した。


「うーん、シャクシャク。やっぱブルーハワイはー、シャクシャク。ブルーハワイの味がするよねー、シャクシャク。ふっしぎー、シャクシャク」

「それが確かめられたなら、返してくれない……?」


 猛烈な勢いで春輝のかき氷を掻き込んでいく露華に、春輝は半笑いを浮かべる。


「そだねー……はい、お返しっ」


 すると、露華はレモン……自分のかき氷を掬って、春輝に向けて差し出した。

 もちろん、露華が使っていたストロースプーンで。


「あーん」


 それは、『返して』の意味を取り違えたのか……と一瞬考えたが、露華のことだ。

 きっとわざとだろう、と春輝は判断する。


 しかし。


(今は、『恋人』だからな……)


 これを拒絶するというのもマズかろうと思った。


「……ありがとう」


 結果、春輝は一言礼を言って差し出された黄色い氷を口に入れる。

 それと同時、露華がまたニマーッと笑った。


「ウチの味、する?」

「そうだね、露華ちゃんが注文したレモンの味がするね」


 流石に同じネタで二度も動揺することはなく、春輝は普通にそう返す。


「やっぱ、味が違うとしか思えないよねー」


 露華も特に気にした様子もなく、普通に話を戻した。


「あっ、そうだ」


 それから、何かを思いついたような表情に。


「これ、何色に染まってるー?」


 そう尋ねた後に、べっと舌を出した。

 なぜかチロチロと細かく動かされており、それが妙に艶めかしく見えてしまうのは……春輝の心が、汚れているからなのか。


「……青色、だね」


 いずれにせよ、変な気を起こすわけもなくそう答える春輝。


「ひょっかー」


 言いながら、露華は舌を引っ込めた。


「春輝クンの色に、染まっちゃったねっ?」


 それから、なぜかちょっと恥ずかしそうに微笑む。


「……あんだけ人のを食べてれば、そりゃね」


 ここでも春輝は、どうにか動揺を表に出すことなく答えられた……少なくとも春輝の認識的には、たぶん。


「お姉はさー、たぶんアレじゃん? 付き合った相手にめちゃくそ影響されるタイプじゃん?」

「急に何の話……? まぁ、なんとなくわからなくもないけど……」

「ゲーム好きと付き合ったらゲームするし、パンクロック好きのカレだったらパンクに染まると思うんよ」

「そこまではどうだろうね……」


 パンクロックファッションな伊織を想像しようとして、あまりにイメージが違いすぎて上手く想像できなかった春輝である。


 ただ、ちょっと不器用にゲームに挑戦する姿なら想像できた。

 というか、我が家で何度か見た光景だ。


「ちなみに春輝クン的に、ウチはどうだと思う?」

「うーん、露華ちゃんはむしろ彼氏さんの方を自分色に染めちゃいそう」

「にひっ。ウチのこと、よくわかってくれてんねー」


 イタズラっぽく、けれど確かに嬉しそうに露華は笑う。


「実際、自分でもそういうタイプだと思ってたんだけどー。でも、最近はちょっとお姉タイプの気持ちもわかるようになってきた気がするんだよねー」


 なんて言いながら、露華はどこか意味深な視線を春輝に向けて。


「カレに染められるのも、悪くないかも……ってね?」


 そう言いながら、またチロリとブルーハワイ色の舌を覗かせた。


 そこに、どんな意図が込められているのか。

 『今の立場』も鑑みて、どう返すべきなのか……と、春輝が迷っているうちに。


「ところで話は変わるんだけどさー」


 と、露華は何気ない調子で表情を改める。


「こないだからキスマホのOP、小枝ちゃんの新曲になったじゃん? あれ、めっちゃエモくない?」

「あっ、露華ちゃんもそう思うっ? だよねーっ。最初に聞いた瞬間、俺死んだもん。久々に尊死したわー」

「オタク、すぐに死にがちだよねー。白亜も週七くらいで死んでるわ」

「ははっ。露華ちゃんも、そのうち死ぬようになるかもね」

「まー実際、なんかわかるようになってきたけどー。胸がギュッってなるあの感じのことでしょ?」

「おっ、もう死んでるじゃん」

「あはっ、死んでる死んでるー。新OPでも死んだし」

「映像がめっちゃ曲にマッチしてるのがまた良いんだよねー」

「春輝クン的には、どのシーンが一番好き?」

「ここはマニアックなシーンを答えたいとこではあるけど、やっぱ一番となるとサビの入りからの一連のとこかなー」

「あー、ね? わかるわー。ちな、歴代OPEDだと?」

「それ語ると長いけど、良いの?」

「いいよー。ウチ、好きだから・・・・・


 以前からオタク趣味に理解はあったものの、流石にオタクトークを繰り広げる程ではなかった露華。


「へぇ、そんなにキスマホ好きになってくれたんだ。やっぱり姉妹って好みも似るものなのかな?」

「一般的には知らんけど、我が家においてそんなことないのは春輝クンも知ってるっしょ?」

「まぁそうなんだけど、でも実際……」

「それよか、歴代の話はー?」

「あぁ、うん。結論から言うと一番は決められないんだけど、同率一位でまずはやっぱ初代OPだよねー」

「ほいほい、出ると思ったー。なんやなんや初代が真っ先に思い浮かぶよねー」


 生き生きと語る春輝にニコニコと笑いながら相槌を打つ様は……本当に、『話が変わった』のか。


 その真意を知るのは、露華本人のみである。

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