SS93 もう一度恋人に
とある休日。
「彼よろ」
「K」
また彼氏役、お願いしていいかな?
もちろん、構わないよ。
露華と春輝は、そんな意味合いの会話を交わしていた。
この省略っぷりで過不足なく通じる辺り、なかなかに通じ合っている二人と言えよう。
春輝も露華以外と同じことが出来る気はしないというか、そもそも露華以外にこのようなコミュニケーションを試みてくる知り合いに心当たりはない。
◆ ◆ ◆
というわけで。
「うーみー!」
春輝がレンタカーを運転し、二人は海にやってきた。
いつかの……露華を半ば無理矢理に連れ出した日、最後に辿り着いた場所だ。
あの時はあちこちに寄り道したから到着する頃には日が暮れかけていたが、真っ直ぐに来ればそう遠い場所でもなかった。
前回来たと違って、二人は水着に着替えている。
露華はプールの時と同じ露出度の高い黒ビキニだが、流石に春輝としてもあの日一日一緒に過ごして多少は見慣れた……ということにしておかないと『恋人』として振る舞えそうにないので、意識してそう思い込むことにしていた。
「ほら、春輝クンも! うーみー、ってやんないと!」
「それは前に来た時やったでしょ……」
「こういうのは、何回やっても良いんだって!」
「はいはい……」
前回の時と同様、苦笑しながら。
『うーみー!』
あの時と同じく、二人で叫ぶ。
時期外れの平日だった前回と違って今回は普通にオンシーズンの休日であり、ビーチの人々の注目が少しだけ集まってしまってまぁまぁ恥ずかしい春輝である。
とはいえ。
「これで、ちょっとは恋人っぽく見えてるかな?」
「おけおけ、バッチリよん」
今回の『目的』を考えれば、こういった部分でしっかり恋人っぽさを見せつけていかねばなるまいと考えていた。
「ていうか、もう見られてるってことでいいんだよね……?」
「うん、先乗りしてるって」
「にしてもなんでその子、海なんて指定してきたんだろうね……」
「本物の恋人同士じゃないとボロ出そうなとこだからじゃない?」
「なるほど……」
もちろんそういう体というだけであり、実際には露華の希望を通しただけである。
「今度は、前の……えっと、松岡くんだっけ? あの子とはまた別の子なんだよね?」
「そだねー。えっとねー、今度はねー。隣のクラスの
「沖縄出身の子なの……?」
「知らんけど」
何しろ、今回は完全に架空の存在だ。
一応前回のように嘘から出たまこと的なことにならないようという配慮であるが、それで何かが防げるのかどうかは定かではない。
学校からかなり離れた場所なので、流石に偶然知り合いに遭遇するような確率も低いと思っているが。
そういった点も踏まえての海であった。
「ホント、モテるのも大変だねー」
「ソウナンダヨネー」
流石に露華としても騙している罪悪感が全くないわけではなく、若干棒読み気味だった。
「俺は、モテとは無縁で良かったのかもしれないな」
「……ソウカモネー」
今度はとても思うところがあったため棒読みになった形だが、もちろんそれを口にしたりはしない。
「そんなことより、泳ご泳ごっ! 前来た時、泳げなかったしー」
「あの時はまだ寒かったもんね」
露華が学校で孤立し、それに悩んでいたことから連れ出した前回。
今回もまたトラブル絡みではあるが、露華が心から楽しそうな笑みを浮かべていているので春輝はひとまず安心していた。
「春輝クン、競争しようよ競争! あのおっきい岩のとこまで!」
「やだよ、高校生の体力に勝てるわけないだろ……?」
「もー、またおっさんみたいなこと言ってー」
「実際、そこそこのおっさんなんだよねぇ……ゆっくり泳いでいくなら付き合うけど」
「しゃーなしで、それで良いことにしてあげますかっ」
「はいはい、あざーす」
なんて、気安いやり取りを交わす二人に向けられる周囲の目は。
果たして、仲の良い兄妹だと思われているのか……あるいは。
◆ ◆ ◆
「っしゃー、ウチの勝ちー!」
「ぜぇ……はぁ……結局競争になってんじゃん……」
最初はゆっくり平泳ぎで並んで泳いでいた二人だったが、途中で露華がクロールに切り替えてスピードアップ。
『恋人』としてはそのまま見送るわけにもいかないかと春輝もクロールで追いかけ、最終的には岩のところまで全速力で泳ぐ羽目になってしまったのだった。
「ちょっ、一旦ここで休憩……俺、このまま戻ったらたぶん溺れる……」
岩にちょうど良いスペースを見つけ、春輝はそこに上がって荒い息を吐く。
「オッケー、ウチも流石にちょい疲れたしー」
続いて露華も上がってきて春輝のすぐ隣に座った。
肌が触れ合うくらいの、程近い距離感。
普段であれば、それについて注意するなり距離を開けるなりしたかもしれない春輝だが。
(まぁ、恋人同士ならこんなもん……だよな?)
そう考えて、スルーしておく。
「にしても春輝クン、その疲れようはマジで体力なさすぎじゃない? 普段からちゃんと運動しなきゃダメだよー?」
「俺が運動不足なのは事実だけど、流石に十代の無限の体力と比べられるのはちょっと……」
「まぁウチらの体力も、別に無限ではないけど」
「いや、思えばあの頃は俺でさえも体力無限だった……尽きたと思ってもすぐ回復したし……今は、回復機能が限りなく低下している……最大HPも年々減ってくし……」
「そういうもん?」
「そういうもん……」
「でも、言うて二十七歳なんて野球選手でもサッカー選手でもむしろ全盛期くらいじゃない?」
「ガチ勢ofガチ勢の方々と比べられるのもちょっと……あの方々はもう、そういう生物だから……」
なんて益体もない会話を交わしているうちに、ようやく春輝の息も整ってきた。
「ていうかよく考えたらこれ、えーと……喜屋武くん? だっけ? その子、ちゃんと俺たちのこと見てるの……? 周り、ほとんど人いないけど……」
「んんっ……!」
春輝の指摘に、露華の顔が少し強張った。
確かにここまで沖に来ると人もかなりまばらで、高校生くらいの少年となると一人も見当たらなかった。
「ほら、アレよ! 双眼鏡で見てるらしいから! 自然なウチらを観察できるようにってさ!」
「それはそれで、大丈夫なの……? その、絵面的な意味で……」
見知らぬ、それも春輝からすればわざわざ休日を潰す原因となったはずの少年に対して、春輝は本気で心配している様子である。
やっぱり、少し罪悪感は湧くけれど。
「……ほんっと、そういうとこがさー」
「うん? そういうとこって? なんか、前も言ってたよね……?」
聞かせるつもりはなかったが、ポツリとした呟きは春輝の耳にも届いてしまったようだ。
「別に、なーんでもっ」
「なんだよ、そう言われると気になるな」
「にひっ、じゃあ当ててみて?」
「ノーヒントで当たるタイプじゃなくない……!?」
「それじゃ、ヒントはねー」
表面上いつものイタズラっぽい笑みを浮かべてはいるが、露華の胸はいつもよりドキドキと高鳴っている。
「好きだなー、って」
それは、ヒントではなく答えだから。
尤も。
「うん? それは、俺が『そういうとこ』とやらを好きってこと……? 俺の好きな場所とかが答え?」
もちろん、伝わらないことまで織り込み済みだ。
伝われば、確実に関係性が変わってしまうから。
悪い結果でも……たぶん、万一良い結果になったとしても。
「ヒントは、一個だけでーす!」
「もうそれノーヒントと変わらなくない……!?」
この心地良い距離感を、壊したくはなかった。
今は、まだ。
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