SS92 お祭りのあとで
春輝と共に屋台を回るのは、一人でそうした時と比べ物にならないくらいに楽しかった。
屋台の灯りがキラキラしていて、花火に照らされる度に色が変わって見えて。
まるで、世界そのものが輝いているみたいだった。
そして。
花火も佳境に入って連続でどんどん打ち上げられ始めた今、白亜と春輝は小さな神社の石段に並んで座って花火の咲く夜空を見上げていた。
屋台が並ぶところから少し離れているからか、二人の他に人影はない。
「ここ、いいでしょ? 俺が子供の頃から、花火を見る時の穴場なんだ」
と、ここに案内してくれた春輝は少しだけ得意げだ。
「ん、静かで好き」
花火の弾ける音と、少し遠くの喧騒。
他には、二人の会話する声だけだ。
「いくつになっても、お祭りって楽しいもんだね。なんやなかんや、来れて良かったなー。白亜ちゃん、誘ってくれてありがとうね」
それは本心でもあるのだろうけれど、きっと白亜を気遣う言葉でもあるのだろう。
元来、春輝は責任感の強い人間である。
それが、周囲の合意……どころか、後押しまであったようだが。
とはいえ、白亜のために仕事を放り投げて来てくれたようなものだ。
それを、白亜が心苦しく思っている部分もあるのを見抜いているのだと思う。
「……ん。わたしも、とっても楽しかった。ハル兄、来てくれてありがとう」
そんな気遣いにも感謝して、そう返すに留める。
それから、チラリと春輝の方を伺った。
「……ふぅ」
自然と出てきたのであろう小さな息は、春輝の疲労を示したものなのだろう。
朝から仕事で、昼には既にトラブルの気配があった。
それにずっと対応していた上に、急いで駆け付けて白亜を探し回ってくれたのだ。
疲れていないはずがない。
汚れた革靴、少しよれたスーツ、沢山の汗の跡もそれを示している。
そんな姿を見て、白亜は改めて思うのだ。
(嗚呼……この人のこと、好きだなぁ)
それは、子供ゆえの幼い感情なのかもしれない。
それはただの憧れだよ、なんて言う人もいるだろう。
それでも、今の白亜にとっては本気の恋だった。
「花火、最後凄かったねー」
気が付けばいつの間にか花火は終わっていたようで、クルリと振り向いた春輝と目が合った。
「……白亜ちゃん?」
白亜がジッと春輝を見つめているからか、春輝は不思議そうに首を捻る。
そんな仕草も愛おしい。
「ハル兄、わたし」
好き。
喉元まで出掛けた言葉は、けれど結局は口に出すことが出来なかった。
一度始めてしまえば、もう後戻りは出来ないから。
本当の意味で、今と同じ時間は過ごせなくなるから。
「わたし、今日凄く楽しかったよ」
だから、そんな言葉で上書きする。
「うん、なら良かった」
さっきと同じことの繰り返しになったが、春輝は嬉しそうに笑ってくれた。
凄く疲れているだろうに、白亜の喜びを自分のことのように喜んでくれる。
(そんなところも、好き)
今度も、心の中だけで唱える。
「それじゃ、帰ろっか」
「……うん」
返事が一瞬遅れたのは、白亜の名残惜しい気持ちゆえ。
彼が自分だけを見てくれている時間が終わってほしくないという、子供っぽいワガママである。
たとえ、その視線に含まれるのが親愛だけであっても。
「……ハル兄」
そんな想いが、白亜の手を春輝の方に差し出させた。
自分から手を繋ぎにいったことだって何度もあるのに、それだけでやっぱりドキドキしてしまう。
断られたらどうしよう。
彼に限ってそんなことはありえないとズルい自分は知っているのに、心には不安もあった。
「うん」
果たして、春輝は微笑んで手を握ってくれた。
もう、はぐれる心配だってないのに。
それだけで、なんだかとても嬉しい気持ちになれた。
◆ ◆ ◆
(なんだか、今日の白亜ちゃん……いや。最近の白亜ちゃん、かな……?)
隣を歩く白亜にそっと視線をやりながら、春輝はふと思う。
(前より、大人びて見えるような気がするな)
今日は、浴衣姿が尚更そう見せているのかもしれない。
(それとも、俺の見方が変わったのか……?)
頬にとはいえ、キスを受けたあの時から。
(……いや)
ただ、それだけではないと思った。
実際、こうして見ると。
「白亜ちゃん、身長伸びたね」
プールの時にも同じことを言ったが、こうしてすぐ隣に並んで静かに歩いていると改めて実感する。
「……そう?」
白亜自身に自覚はないようで、白亜は小さく首を捻った。
そんな白亜の頭の上に、春輝はポンと手を載せて。
そのまま、高さを維持して自分の前まで水平に移動させる。
「ほら」
春輝の顎の、少し下くらいの高さ。
「前は、ここくらいだったもん」
出会った頃の白亜を思い出し、春輝は二センチくらい手を下げる。
「むぅ……それは、ほとんど変わってないということでは?」
「いやいや、大したもんさ」
実際、春から夏にかけてだけでこれだけ成長しているのだ。
「あくまで理論値ではあるけど、このペースでいけば来年の春には更に三センチくらい伸びてる計算になる。更にもう一年そのペースが維持できれば、もう今の伊織ちゃんくらいになるんじゃない?」
「ほぅ」
思ったより具体的な話だったからか、白亜が興味深げに目を輝かせる。
「そうなれば、わたしもモテモテ」
「ははっ、今だってモテるでしょ?」
「今のモテはわたしの理想とは何か違う……ハムスター的なものに向けられるのと同じ感情を向けられている気がする……」
「男子から告白されたりとか、しないの?」
「ガチのはあんまり……」
「そっかー、みんな見る目ないんだね。こんな魅力的な女の子なのに」
「……ハル兄は、そう思う?」
「もちろん。魅力的なところを一個ずつ挙げていこうか? まず……」
「ハル兄」
「うん?」
「好き」
「………………えっ?」
雑談に交じって、あまりにさりげなく告げられた言葉に。
春輝は、一瞬その内容を理解できなかった。
◆ ◆ ◆
(今日は感情が揺さぶられすぎて、少し情緒がおかしくなっている……)
そんな自覚は、ある。
だから白亜は、さっき飲み込んだ言葉をあえて口にした。
そして……そっと己の胸に手を当て、自分に問いかける。
(……うん)
最終確認。
(やっぱり、今日はなし)
今日を、楽しい思い出で終わらせたかったから。
今それを言えば、無理を押して来てくれた春輝を困らせることにもなるから。
「ハル兄は小さい子、好き? 赤ちゃんとか」
「えっ、あぁ、そう言ってたんだ? ごめんごめん、何か変な風に空耳しちゃってたみたいで……」
フリーズしていた春輝は、言い直した白亜にちょっと苦笑しながら
「小さい子ね……うん、好きかな。最近気付いたんだけど、俺って割と子供好きみたいでさ。会社の人に子供の写真見せてもらうのとか、かなり好きなんだ」
「なるほど……」
「うん……? なんでスマホ……」
──パシャッ
「あぁ、今日の記念に写真ってこと? もう、それなら言ってよー。白亜ちゃんは可愛く撮れてるけど、俺なんか変な顔しちゃってるじゃん……うん? 何それ、録音アプリ……? 何か編集してるの……?」
『ハル兄は小さい子、好き?』
『小さい子。うん、好き。かなり好き』
「よし」
「ねぇ、なんでさっきの録音してたの……!? ていうか、なんか変な風に切り取られてない……!?」
「来たるべき日のために、今のうちに証拠や言質を集めておこうかと思って」
「何かしら俺の不名誉に繋がる気配を感じるんだけど……!?」
「大丈夫。一度受け入れさえすれば、それはきっと胸に輝く勲章になるから」
「どういうこと……!?」
そんな風に茶化して、『日常』に戻ることにした白亜であった。
(あと、ワンチャン本当に言質として使う日が来る可能性も……)
そんなことも、考えていたりいなかったりとか。
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