SS91 お祭りが始まる
「良かった、見つけられて……!」
白亜の元に駆け寄ってくる春輝の姿が、花火の色に照らされる。
「ハル兄、どうして……!?」
いるはずのない人の姿に、白亜は目を丸くしていた。
「全然繋がらないから、ちょっと心配しちゃったけど……! 無事で良かった! 大丈夫? もしかして、スマホ落としちゃった?」
「えっ……?」
言われてスマホを取り出すと、確かに春輝から何件も着信やメッセージが入っていた。
メッセージを確認すると『今から行けることになったから行くね!』から始まり、徐々に既読が付かず電話も繋がらないことに対する心配へと文言が変化している。
最初のメッセージは、先の電話を受けてからさほど経過していない時刻だった。
人混みの方から来たことといい未だにぜぇはぁと大きく肩で息をしていることといい、今しがた来たというわけでもなさそうだ。
恐らく、人混みの中で白亜を探し回ってくれていたのだろう。
「……ごめん、気付いてなかった」
未だ驚きと混乱で頭がいっぱいな中、白亜は差し当たりその点について謝罪する。
「でも、どうして来れるようになったの……?」
次いで、つい疑問の声を漏らしてしまった。
電話口から聞こえてきた春輝の職場の状況は、白亜でさえわかるくらい切羽詰まっている雰囲気だったのだから。
「いやぁ、それがさ」
春輝は、苦笑気味に頬を掻く。
「さっきの電話の相手が白亜ちゃんだってこと、貫奈はわかったみたいで。事情を聞いてきたんで話すと、『ここは私に任せて行ってあげてください』って。他の皆もなんか察してくれたみたいで、盛大に送り出されたんだよね……」
苦笑の理由は、その状況が恥ずかしかったがゆえだろうか。
(……やっぱり、桃井さんは凄く大人)
自分に同じことが出来るだろうか? と、白亜は自問する。
自分も大変な時に、頼れる人を……それも、仮にもライバルの元に送り出すことが。
「浴衣、凄く似合ってて可愛いね」
「!」
モヤモヤとした気分が、微笑む春輝の言葉で吹き飛んだ。
そんなところも、我ながら単純で子供っぽいと思うけれど……今はそれで良い、ってことにしておく。
「……ありがと」
それより、なんだか妙に気恥ずかしくてお礼の言葉を出すのに少し苦労した。
「ごめんね、俺の方はこんな風情のない恰好で」
「んーん、来てくれて嬉しい」
スーツを少し引っ張って苦笑する春輝に、白亜は心からの言葉と共に首を横に振る。
会社から、そのまま急いで来てくれたことが、
必死に探してくれたことが、そして実際に見つけてくれたことが、本当に本当に嬉しかったから。
「それに、遅くなっちゃってごめん。もう屋台、一人で回っちゃったよね?」
白亜の手にあるりんご飴を見て、春輝が再度謝罪する。
「んーん」
今度も、白亜は大きく首を横に振った。
合流が遅くなったのは、白亜がボーッとしていてスマホのバイブに気づかなかったせいだ。
それに買ったのはりんご飴だけだし、回ったといっても物理的に一周しただけである。
「ハル兄、一緒に回ろ」
「いいの? 花火も始まっちゃってるけど」
「花火は、歩きながらでも見れるから」
「そっか、じゃあ行こう」
と、春輝は自然な感じで白亜に向けて手を差し出してくる。
「……?」
どういうことかと首を捻る白亜。
「はぐれちゃわないように」
けれど、続いた言葉でようやく春輝の意図を理解した。
そして、おずおずと自分の春輝の手に重なる。
すると、ギュッと力強く……けれど優しく、握られた。
手くらい何度も繋いでいるはずなのに、今日はなぜだか妙にドキドキしてしまう。
(これはハル兄が言った通り、はぐれないようにするための措置。わたしのことを、子供だと思ってるから)
以前なら、そのことで落ち込みもしただろうけれど。
(けど、わたしにとってのアドバンテージでもある)
今は、前向きに捉えている。
実際、伊織や露華、貫奈を相手に春輝は同じ行動を取りはしないだろう。
理由はともかく、白亜にだけの特別対応だ。
「りんご飴、美味しい?」
手を繋いで歩き出しながら、春輝が優しい口調で尋ねてくる。
「……ハル兄も、食べる?」
「いいの? ありがとう」
食べかけのりんご飴を差し出すと、春輝は特に思うところも無さげに齧り付いた。
これもきっと、白亜が相手の時だけの行動だろう。
「うん、久々に食べたけど美味しいね」
シャリシャリと咀嚼した後、春輝は白亜に笑いかける。
「……ん」
手を繋いでいていつもより近いからか、白亜にはそれがなんだか妙にくすぐったく感じられた。
照れ隠しに、自分もりんご飴も齧る。
先程、自分が食べた場所のすぐ隣。
春輝の目の前で、春輝が食べたところに口を付ける勇気は出なかったから……今は、まだ。
「……美味しい」
そして、白亜は再び目を丸くした。
さっきは甘ったるいくせに味気ないと感じたのに、今回は飴と林檎の甘みが混じった味がとても美味しく思えたたから。
「ふふっ、一口毎に感動があって良いね」
そんな白亜を、春輝は微笑ましげに見守る。
きっと、二口目なのにやたらリアクションが良いと思われたんだろう。
「ハル兄と一緒だから、美味しいんだよ」
「そっか、なら来た甲斐があったよ」
ホントにホントの言葉だったけど、春輝は話半分程度に聞いている様子である。
「あっ、ほらあそこ! わたあめの屋台あるよ! わたあめはもう食べたかなっ?」
春輝もお祭りでテンションが上がっているのか、その声はいつもより弾み気味だった。
「んーん、まだ」
「そっか、じゃあ行こう!」
春輝に手を引かれて、わたあめの屋台へ。
春輝が買ってくれたわたあめも、その後に買ってもらったかき氷も。
凄く凄く、美味しかった。
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