SS90 お祭りに行こう
「今度の土曜、お祭り行こ?」
とある日の夕食の席で、白亜がそんな提案を上げた。
「ごめんね白亜、私その日友達のおうちに遊びに行く約束しちゃってて……」
「ウチは、リアタイで観たい番組あるからパスー」
「私もー、ママ友の会にー、呼ばれてるのよねー」
伊織が申し訳無さそうに、露華が適当な感じで、母がいつも通りのマイペースでそれぞれ断りを入れる。
白亜は、春輝の方にチラリと視線を向けた。
「俺は大丈夫だけど……二人きりで行くことになっちゃうけど、良い?」
「ん、望むところ」
そう……望むところであった。
(その日、ハル兄以外の皆に予定があることは最初から確認済み)
むしろ、だからこそこの提案を上げたのだから。
「それじゃ、一緒に行こうか」
「うん、楽しみ」
コクリと頷く白亜の頬は、少しだけ上気している。
それは、春輝と一緒に出掛ける予定を取り付けられたから……。
「あのね、わたしりんご飴食べてみたいっ。わたあめも、あとかき氷っ」
「そうだね。色んな屋台、回ろうね」
だけでなく、純粋にお祭りを楽しみにしている気持ちも強かった。
ワクワクした調子を隠しきれない白亜に、春輝が微笑ましげに相槌を打つ。
「あっ……そっか。白亜、お祭りって初めてなんだ……」
「我が家、高校上がるまでは子供だけで夜出掛けるの禁止だったもんねー。てかお姉、それで気ぃ使って外したわけじゃなかったんだ……」
「私ので良ければー、浴衣ー、直してあげるわねー」
白亜が楽しそうにお祭りでやりたいことを語る中、小声でそんな会話を交わす外野であった。
◆ ◆ ◆
そして、お祭り当日の朝。
「ごめんね、リリースのヘルプに呼ばれちゃって。でも、午前中には終わるから」
「ん、気を付けていってらっしゃい」
休日出勤に出掛ける春輝を、白亜は姉たちと共にふりふり手を振って見送った。
◆ ◆ ◆
けれど、午後に入っても春輝は帰宅せず。
白亜がおやつのプリンをちょうど食べ終わった頃に、春輝から電話が掛かってきた。
『ごめん、ちょっとまだかかりそうで……会社から直接行くことになると思うから、現地集合で良いかな?』
「ん、むしろその方がそれっぽいから良き」
『それっぽい……? えっ? あっうん、そのファイルで合ってる!』
途中からの言葉は、向こうにいる同僚へのものだろう。
『それじゃ白亜ちゃん、神社の鳥居のところ集合でお願い!』
最後は早口でそう言って、春輝からの通話は切れた。
通話中ずっと背後から慌ただしい雰囲気が伝わってきていて、白亜は少しだけ嫌な予感を覚える。
「白亜ちゃーん。そろそろ着付けー、試してみるー?」
「あっ、はい。お願いしますっ」
けれどそれは、お祭りに対するワクワクですぐに掻き消された……この時点では、まだ。
◆ ◆ ◆
『ホンットに申し訳ない!』
約束の鳥居の前で待っている白亜が電話に出ると、春輝は開口一番大きな声で謝ってきた。
『ちょっとトラブっちゃって、今日行けそうになくて……!』
『ロールバックまだ終わんねーの!?』
『駄目ですこれ、作業前に取ったバックアップやっぱ逝ってます!』
『なんで確認取ってねぇんだよ!?』
『ステータス上は正常終了してんだよなぁ……!』
『人見ぃ! これ朝に日次で走ってるバックアップ二本あるけど、どっちが本番機の!?』
『後で走ってる方のやつです! ごめんね白亜ちゃん! 今度必ず埋め合わせするから!』
説明されるまでもなく、春輝が大変な状況の合間を縫ってわざわざ連絡してくれていることはわかった。
「ん、わたしのことは気にしないで。ハル兄、お仕事頑張ってね」
『ありがと、それじゃ!』
と、慌ただしく通話が切れる。
「……はぁ」
自らの口から出た溜め息は、思ったより重い響きを伴っていた。
「……りんご飴、買おっかな」
そうして白亜は、一人で人混みの中へと歩き出した。
屋台の列からりんご飴の店を見つけて、小銭とりんご飴を引き換える。
キラキラと赤く輝くそれは、如何にも甘くて美味しそう。
なのに。
「……あんまり、美味しくないかも」
一口齧りついて、白亜はポツリと感想を漏らした。
甘ったるいくせに、妙に味気なく感じられる。
思ってたよりずっしりと手に重みを感じるそれを若干持て余しつつ、白亜は人波に流されるまま何を買うでもなく屋台の間をゆっくりと歩いて行く。
それは、白亜の未練を示すような時間。
◆ ◆ ◆
結局一口齧っただけのりんご飴を持ったまま、たっぷり時間をかけて入り口の鳥居のところまで戻ってきた時のことだった。
──パンッ! パパンッ!
音に振り返ると、夜空を鮮やかな花が次々彩っている。
「花火……」
口に出したのには、特に意味も理由もない。
白亜は、しばらく鮮やかな花火をぼんやりと見上げていた。
初めてこんなに間近で見る花火に、けれど何の感慨も浮かんでこない。
(……イオ姉とロカ姉を出し抜こうとしたバチが当たったのかな)
普段なら考えないそんな思考が、今の心理状態ゆえというのは自覚している。
「……帰ろっと」
これ以上一人で見ていたら余計に虚しい気持ちになるだろうと、踵を返……そうとした、その時だった。
「あっ、いた! 白亜ちゃん!」
思わず出たといった感じの声……聞き慣れた、けれど聞こえるはずのない声に、白亜は半ば以上反射的に振り返る。
「おーい! あっ、すみません! ちょっと通ります、すみません!」
果たして人混みを掻き分けながらこちらに向かって走ってくるのは、人見春輝その人だった。
―――――――――――――――――――――
更新間隔が空いてしまいまして、誠に申し訳ございません。
SS(本編)再開です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます