SS Extra3 ウソ? ホント?
とある平和な平日の朝。
「春輝さん、大変ですっ!」
その平穏を破ったのは、伊織の逼迫したような声だった。
「どうしたの……!?」
春輝は、表情を引き締めて振り返り……伊織の姿を視界に収めた瞬間、強烈な違和感を抱く。
そして、その違和感の正体は一目瞭然だった。
「胸が、縮んじゃいました!」
「そんなことあるの!?」
伊織の胸元の主張が、いつもと比べてやけに小さいのだ。
それでも一般的には大きい方ではあるのだろうが、シャツも若干伸びた状態となっている。
「ふふっ……なーんちゃって、ですっ」
かと思えば、焦った表情を浮かべていた伊織がニコリと微笑んだ。
「えっ……?」
一瞬、意味がわからなかったが。
「エイプリルフールですよっ」
「あっ、そういうこと?」
伊織の補足に、春輝もようやく状況を理解する。
どうやら、伊織なりに一計を案じたらしい。
「おぉ……お姉がついに正しい『なんちゃって』の使い方を……」
「成長が感慨深い」
なお、妹たちは別の部分に着目しているようだ。
「にしてもそれ、どうなってんの……?」
「さらしをガチガチに巻いててるんです……だから、結構苦しくって……」
「身体張り過ぎじゃない……!?」
よく見ると、伊織は笑顔ながらも若干顔色が悪い。
「見事に騙されちゃったけど……苦しいなら、早く外してきなよ」
「あっ、はい、そうですね……」
と、伊織はその場でシャツの背中側に手を突っ込んだ。
(んんっ、ここで……!?)
春輝としては、自室に戻ることを提案したつもりだったのだが。
「よっ、っと」
伊織はそんな軽い掛け声と共に手を動かし……それで、さらしが解けたのだろう。
胸が一気に
「おぉ……おっぱいが産まれた……」
「生命の神秘を感じる」
なお、妹たちは感心の面持ちであった。
(あれ……? ていうか、さらしをガチガチに巻いてたってことは下着はつけてなかったんだよな……? そんでさらしも外したんだったら、今って……)
チラリと目をやると先程までとのギャップもあってかいつも以上に『迫力』があるように感じられ、春輝はそっとまた視線を外した。
そんな中。
「ところでお姉、エイプリルフールって明日なんだけど?」
「現状、イオ姉は特に脈絡もなくおっぱいの出産を披露しただけの女」
「えっ、ウソ!?」
露華と白亜にジト目を向けられ、伊織は慌ててスマホを取り出して日付を確認する。
「って……もう、今日で合ってるじゃない」
「ひひっ。なーんちゃって、だね」
「今日は油断禁物」
騙されたと気付いて微苦笑を浮かべる伊織に、二人はしてやったりの表情であった。
「ところでハル兄、繧上◆縺嶺サ翫°繧画枚蟄怜喧縺代☆繧」
「急にどうしたの!?」
言葉の途中でバグった白亜に、春輝は目を見開く。
心なしか、いつもより無表情にも磨きがかかっているように見えた。
「譁?ュ怜喧縺台クュ縲∵枚蟄怜喧縺台クュ」
「怖い怖い怖い! それどうやってんの!?」
「縺オ縺……ごめん、文字化けしてた」
「口頭で!?」
「ふふっ、なーんちゃって」
普通の状態に戻り、ニヤリと笑う白亜。
「この日のために、文字化けっぽく喋る練習をしてきた」
「なんでそんなことを……」
「エイプリルフールって認識があっても、これなら驚くかなって」
「確かにビックリしたけど、その情熱はどこから来るの……?」
したり顔の白亜に、春輝は半笑いを浮かべる。
「ねーねー、春輝クン春輝クンっ」
「……何かな?」
次いで呼びかけてくる露華に、気を引き締めながら返事した。
平時からイタズラを仕掛けてくる彼女のことだ、きっと何か仕込んでいるに違いない。
果たして、今浮かんでいるのもイタズラっぽい微笑みだ。
「今日の、ウチ……いつもとちょーっと違うんだけど、わかるかなー?」
「えぇっ……?」
パチンとウインクする露華のことをざっと観察してみるが、現時点ではいつもとの違いは見つけられなかった。
(あっ、さては……!)
そこで、春輝はピンとくる。
「実はそれがウソで、いつもと違うところなんてない……でしょ?」
「は?」
ニヤリと笑って指摘すると、露華の顔から表情が抜け落ちた。
いつも表情豊かな彼女だけに、珍しいその状態が割と怖い。
「ふーん、わかんないんだ。春輝クン、ウチに興味ないんだね」
「えっ、あっ、いや……」
無表情のまま見つめられると酷く罪悪感が湧いてきて、春輝は慌てて再度、先程より懸命に露華を観察する。
「……にひっ」
かと思えば、露華が再びニンマリ笑った。
「なーんちゃってっ」
「だ、だよね……?」
いつもの調子に戻った露華に、春輝はホッと安堵の息を吐く。
「正解はぁ」
だが先程の言葉がウソだったわけでもないらしく、露華はどこか嫣然と微笑んで……なぜか、自らのスカートに手をかけた。
「じゃんっ!」
「ちょぉっ!?」
それから勢いよくたくし上げるものだから、春輝は慌てて目を逸らす。
「今日のウチは普段履かないスパッツを履いている、でした!」
「そんなウソのために身体張らないでくれる……!?」
「うん……?」
大きく顔を背けた春輝の物言いに、露華は軽く首を捻った。
なお、未だスカートはたくし上げたままである。
「スパッツ見せるくらいで、何を大げさな……」
「だから、それがウソなんでしょ……!?」
「はいー?」
露華は、疑問顔で視線を落としていき……。
「……あっ」
自らのスカートの中を見たところで、春輝が言っていることの意味に気付いたらしい。
「あはーっ……スパッツ履こうと思うだけ思って、実際に履くの忘れてたわ……」
ぎこちない笑みを浮かべる露華の頬は、少し赤く染まっていた。
「け、結果的に春輝クンが正解だったってことでっ」
「ははっ……」
やけくそ気味にそうまとめる露華に、春輝は苦笑を浮かべる。
「ロカ姉……それはやり過ぎ。完全に痴女の所業」
「わざとじゃねぇわお姉じゃあるまいし!」
「私ならわざとそういうことするみたいな言い方やめてもらえる!?」
白亜にジト目を向けられた露華が叫び、その飛び火で伊織も叫ぶこととなった。
(この流れ……俺も何かウソついた方が良いのかな?)
そんな中、春輝はふと思う。
ここで乗らないというのも、ノリが悪かろう。
とはいえ、今何を言おうとすぐにウソと看過されてしまいそうな気もした。
「ところで今日、帰るの遅くなりそうだから先にご飯食べててね」
というわけで業務連絡っぽく、ウソか本当かわからないようなことを言ってみた
「あっ、はーい」
「いいよー、待ってるから」
「ご飯、一緒の方が美味しい」
「ははっ、ありがとね」
果たして、伊織たちも信じてくれたようだ。
実際、現時点では春輝自身もこれがウソか本当かわからないところもある。
とはいえ。
(言うて年度始まりだし、今日は定時余裕でしょ)
早めに帰って、「ウソでした」とネタばらししようと思う春輝だった。
◆ ◆ ◆
が、しかし。
「……先輩。今日って何月何日でしたっけ?」
「四月一日だろ?」
定時間際、硬い表情で尋ねてくる貫奈に春輝は何気なく答える。
「出力されるはずのファイルやログのタイムスタンプが軒並み三月一日で止まってる子を発見しちゃったんですけど……これ、サイレントで一ヶ月くらいシステムダウンしてません……?」
「ははっ、そいつぁやべぇ」
わざわざ日付を確認してきてからのこれだ。
エイプリルフールネタだろうと、春輝は一応乗りながらも軽く笑う。
(つーか、マジだったらヤバすぎだし)
そんな風に考えながら、貫奈の画面を覗き込み……。
「………………あっ」
「とりあえずシステム担当に連絡! お客さんにも確認取って! あと監視システムにも! たぶん設定漏れか、そっちもどっか逝ってる可能性があるから!」
「承知です!」
先程まで穏やかだった空間が、一気に戦場と化す。
結局この件への対応は深夜にまで及び、結果的にこの日春輝がついたウソはゼロとなったのだった。
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