SS Extra バレンタインの日に

今回はバレンタイン記念SSということで(間に合ってませんが……)、前回までの流れとは別の番外編的なお話です。

―――――――――――――――――――――






 本日は、二月十四日である。


「皆様、女子一同からチョコの進呈でございまーす」

「あの、甘いのが苦手な方向けにビターなのも用意してますのでっ」


 この日会社では、休憩時間を用いて貫奈と伊織が女性社員を代表してチョコを配り歩いていた。

 といっても、個包装のお得入りパックのチョコを一つずつ渡しているだけなのだが。


「おっ、ありがとさーん」

「毎年悪いね」

「ありがてぇ、ありがてぇ……!」


 軽く受け取る者、割と本気で喜んでいる者、男性社員の間でも温度差はそれぞれである。


 そんな中。


「はい、先輩も」

「おっ、サンキュー」


 春輝も貫奈からチョコを手渡され、笑顔で礼を返す。


「……ん?」


 それから、ふと首を捻った。

 貫奈が、スッと……春輝のスーツのポケットに、箱状の何かを忍び込ませてきたためである。


「これ……」


 これは? と尋ねようとした春輝の耳元に、貫奈がそっと口を寄せた。


私の・・、です」


 先程の、『女子一同』からのものとは別であると。

 流石の春輝も、その程度は察せられて。


「あ、おぅ……ありがと」


 若干しどろもどろになりながらも、改めて小声で礼を伝える。


「さりげない本命チョコ、いただきました……!」

「言うほどさりげなかったか……?」

「つーか桃井、最近あんま隠さなくなってきたよな……」


 なお、そんなやり取りに気付いた同僚たちは少なくなかったという。

 貫奈が春輝の机に向かった時点で割と注目されていたのだが、貫奈は当然そのことに気付いた上で実行していたし春輝は普通に気付いていなかった。


「小桜派、息してる……?」

「いや、ここからだし見てろよ見てろよ……!」

「でも、小桜さんに動く気配なし……?」


 そんな風に、小桜派の一部をやきもきさせていることを知ってた知らずか……結局この日、伊織が会社で春輝にチョコレートを渡すことはなかった。


(ま、わざわざ会社ここで渡す必要なんてないものね)


 その理由について、本人を除いて唯一知っているのは貫奈のみ。


(さて、彼女たち・・はどんな戦略を立てているのやら)


 その答えは、それこそ本人たちのみぞ知るのであった。



   ◆   ◆   ◆



 その夜。


「ハッピーバレンタイーンッ!」


 夕食後、まず先陣を切ったのは露華だった。


「おっ、くれるんだ? ありがとう、露華ちゃん」


 ラッピングされた手のひらサイズの箱を受け取った春輝は、素直に感謝を伝える。


「ねっ、開けてみて? 開けてみて?」

「ははっ、爆発でもするのかな?」

「ふっふーん、開けてのお楽しみっ」


 ワクワクとした様子を隠さない露華は確実に何かを仕込んでいることだろうが、きっと愉快なものなのに違いないと春輝も楽しみな気持ちと共に包みを開ける。


 果たして、出てきたのはチョコレート……では、あったのだが。


「えっ、こんなの出来るんだ?」


 まず春輝の口を衝いて出た声には、驚きよりも感心の色が多く含まれていた。

 円形状のチョコの表面いっぱいに、ウインクする露華の写真がプリントされていたためである。


「ウチを、食・べ・て? ってね」


 本物の露華も、ウインク一つ。


「ホントは、ウチの身体にチョコを垂らすって案もあったんだけど……」


 冗談か本気か判断しかねるトーンで言いながら、チラリと伊織に視線を向ける露華。


「露華? 食べ物で遊んじゃ、めっ、だよ?」

「って、お姉が言うもんだから」


 笑顔のまま静かに圧を放つ伊織に、軽く苦笑する。


「ま、この方がむしろウチが食べられる感もあるし良いなって」

「ははっ……謹んでいただくよ」


 ぶっちゃけ露華の顔がデカデカとプリントされたチョコはちょっと食べづらいなという気持ちもなくはなかったが、ちゃんと後で食べようと心に決める春輝だった。


「ハル兄、わたしからはこれ」


 と、続いて白亜が包みを渡してくる。


「ありがとう白亜ちゃん、嬉しいよ」


 こちらは特に変化球などはないだろうと、含みもなく礼を言った春輝だったが。


「こっ、これは……!?」


 包みの中身はスタンダードな板チョコレート……にも拘らず、驚きに目を見開くこととなった。


「一目でその正体を見抜くとは……流石はハル兄」


 と、白亜はしたり顔である。


「ほーん? 普通の市販チョコじゃん?」


 その理由がわからないらしく、露華は疑問符を浮かべていてる。


「ロカ姉……これは、『キスマークのないキスマークチョコ』」

「禅問答か何か?」


 そう説明する白亜だが、むしろ露華の疑問符を増やす結果にしかならなかった。


「キスマホのバレンタイン回でね。作ったチョコにキスマークを付けようとするんだけど、結局恥ずかしくてそのまま渡しちゃうって流れがあって」

「あー、その再現的なやつってわけ?」


 続く春輝の説明で、ようやく納得顔に。


「ちなみに原作通り、市販の板チョコを溶かした後にもっかい板チョコとして成型してる。ところどころ微妙に歪みがあるところがポイント」

「オタク、無駄にディテールにこだわるよね……」


 そして、引き続きドヤ顔の白亜に微苦笑を浮かべる。


「春輝さん、私からもあるのですが……受け取って、いただけますか?」

「うん、もちろんさ」


 満を持して……というわけでもないだろうが、最後は伊織。

 どこか恥ずかしげに上目遣いで差し出された包みを、春輝は笑顔で受け取った。


 先の二人の時と同様、早速中身を確認してみる……と。


「おぉっ………………お?」


 どうリアクションすれば良いのかちょっとわかりかねて、春輝の動きが止まる。


 中から出てきたのが、男性モノのボクサーパンツだったためである。

 なお、真っ赤で派手なデザインであった。


「なーんちゃって、です!」


 固まる春輝に対して、伊織は珍しくしてやったりとばかりの笑みを浮かべる。


「どこかの国ではバレンタインにおパンツを贈るという風習があると聞きまして、それを真似してみま………………あれ?」


 そのしたり顔が、徐々に困惑に彩られていく。


『うわぁ……』


 妹二人が、ガチでドン引きの視線を向けてきているためであろう。


「えっ、あの……! な、なーんちゃって! なーんちゃって、だよ!? 冗談だから! ほら、ちゃんと別にチョコも用意してるしっ!」


 と、伊織は慌てた様子でチョコらしき箱を取り出しながら弁明するも。


「いや……なーんちゃって、になってないんだわ……」

「事実として、イオ姉の手からハル兄におパンツが贈呈されるという事案が発生している」


 春輝の手に伊織から贈られたパンツが握られているという現実が存在しているため、妹たちに通じている様子はなかった。


「あ、あれ……?」


 ここに来て伊織も、春輝の手にあるパンツを見て「そういえば何かおかしい気もするな?」という表情になり始めていた。

 普段冗談に慣れていない者がたまにボケようとすると謎のミスが発生する、という典型と言えよう。


「えーと……ありがとう伊織ちゃん。これは大切に、えっと……履かせてもらうよ」

「履かなくていいです!?」


 未だ正解がわからない春輝はとりあえずちょっとぎこちない笑顔で礼を言うが、少なくとも伊織にとってそれは正解ではなかったらしい。


「いや、でもせっかく買ってくれたわけだし履かないのも勿体ないでしょ……?」

「そ、それなら、わっ……私が!」


 と、この辺りで伊織の目が安定のグルグルモードになり始める。


「私が、そのおパンツを履きますので!」

『うっわ……』


 その発言に、妹たちのドン引き具合が加速した。


「私が買ったおパンツを私が履くんだから何もおかしいことはなくない!?」


 なお、本人も恐らく自分が何を言っているのかもうよくわかっていないことだろう。


「いや、お姉が男用のパンツ履くって絵面がシンプルにおかしいでしょ……えっ、それともまさか……そういう、趣味……? もしかして、プレゼントのくだりはカモフラージュだったってこと……? あ、ははっ……ごめんねお姉、ウチのデリカシーが足りてなかったね……」

「変な気の使い方しないで!? そのデリカシーはいらないやつだから! ねぇ露華、ちゃんとお姉ちゃんと目を合わせて!?」

「カモフラージュじゃないということは、プレゼントする意思自体は本物……? つまり……一度ハル兄のモノとなった『ハル兄のおパンツ』を履くのが目的だった、ということになる。イオ姉、それはもはや淫魔の所業……」

「ということにはならないよ!? 変な独自解釈も加えないで!? 白亜、その目はお姉ちゃんに向けていいやつじゃなくないかな!?」


 と、場がだいぶわっちゃわっちゃとなっていく中。


「今年はー、沢山チョコが貰えてー、良かったわねー」

「うん……まぁ、うん……うーん……」


 ワンチャンこの騒動が目に入っていないのかと疑うレベルで平常運転な母に、春輝はパンツを握りしめた状態で半笑いを返し。


「キュン! キャンキャン! フンフン……!」


 そんな春輝の膝の上に飛び乗ったハルが興味津々な様子でパンツにじゃれついているが、単に派手な色合いの布が気になったのか十八禁警察的なアレのセンサーに引っ掛かったのはやはり本犬のみが知るところである。

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