SS88 水面下での攻防戦

 ウォータースライダーの入り口にて。


「はーるきクンっ、ウチと一緒に滑ろっ?」

「ハル兄、浮き輪膨らましたからこの上に二人で乗る」

「あの、わ、わた、私に乗ってくださいっ!」


 三者三様に春輝を誘う。


「えーと……」


 春輝は、伊織と露華の方に一瞬だけ目を向けた。

 なお、一部妙な表現が聞こえた気もするが空耳ということにしておく。


「最初に誘ってくれたのは、白亜ちゃんだからね。今回は白亜ちゃんと一緒させてもらうよ」

「道理なり」


 春輝の選択結果に、白亜はむふんと満足げな表情を浮かべた。


 白亜の戦略、『攻めのワンピース』。

 未だ、その効果は計画通りに発動している。


「それじゃ、行こっか」

「うん」


 春輝が後ろから白亜を抱く形で浮き輪に乗って、二人は仲良く一緒に滑り降りていった。

 はしゃいだ声が、徐々に遠ざかっていく。


(チッ……プールってステージで、まさかここまで白亜に場を掌握されるとは……こりゃ何か・・考えないと突破出来そうにないか……)


 露華としてはむしろ姉との一騎打ち展開になると踏んでいただけに、これは完全に予想外であった。


「あっあっ、露華は私と一緒に滑ろっか? 後ろから、ギュッてしてあげるね?」


 ウォータースライダーを睨んでいる露華を『寂しく思っている』とでも解釈したのか、伊織が妙に気遣わしげにそんな提案をする。


「……お姉、邪魔なの・・・・のせいで手ぇ回んなくてギュッて出来ないんじゃないの?」

「そこまでじゃないよ!?」


 なおこの後、結局伊織が後ろから露華を抱く形で一緒に滑った。

 伊織ははしゃいだ声を上げていたが、露華は終始虚無顔であった。


   ◆   ◆   ◆



 全員がウォータースライダーから滑り降りて、一旦プールサイドに上がった一同。


「ねーねー、あっちでビーチバレーやらない? ウチとお姉、白亜と春輝クンでチームねっ」


 そう提案する露華の意図は、明白であった。


(ビーチバレーの試合なら、揺れるの・・・・から目ぇ離すわけにはいかないっしょ!)


 だが、結果から言えば。


 露華のこの作戦は、失敗に終わる。


 春輝は『揺れるの』をまともに見れず、ビーチバレーはグダグダ。

 最後には、顔面にアタックを受けて軽くダウンするまでに至る。


 そして、ゲーム後の春輝の視線はますます白亜に向く傾向が強まったのだった。



   ◆   ◆   ◆



 そんな風に、露華が何度も画策する中。


(ロカ姉が何をしようと無駄)


 姉の意図を正確に見抜いた上で、白亜はそう断ずる。


(これがロカ姉とイオ姉の二人だけなら、ハル兄も最低でもどっちかとは向き合わざるをえない。いずれは耐性も出来ていく)


 だが、現状はそうではなはい。


ここには・・・・わたしがいる・・・・・・


 これこそが、白亜の戦術の要。


(絶対安全な『避難場所』……! ハル兄は確実に逃げ込んでくる……! 中途半端な刺激は私を見ることによる安堵を増大させ、むしろより私に有利に働いていく……蟻地獄!)


 実際、露華が色々画策するのに比例して春輝が白亜の方を向いている時間も伸びているのである。


(わたしに隙はない)


 春輝の視線をほとんど独占し、表面上は天使の笑みを浮かべながら内心では魔王的な笑みを浮かべている白亜であった。


「チッ……」


 後ろから小さく聞こえる、露華の舌打ち。


 果たして露華も己の戦略が上手く機能していないことは理解しているらしく、先程から春輝が見ていないのを良いことに美少女がしてはいけない類の顔となっていた。


「なら……」


 かと思えば、何かを思いついた様子だ。

 その表情には、ある種の『覚悟』のようなものが感じられる。


「春輝クーンっ! 次、流れるプール行こっ!」

「んぉっ!?」


 と、勢いよく春輝の腕に抱きついた。

 大きく晒された胸部が、ふにょんと変形する様が見て取れる。


 流石にこの露出度で抱きつくのは露華としても恥ずかしいらしく、その頬は少し赤く笑顔も少しだけぎこちない。


「そ、そうだね、行こうか……」


 春輝は驚いた表情で露華の顔を見て、次に自分の腕に触れてる『部分』に一瞬だけ視線を向けた後にギュンッと白亜の方に目を向け直した。


(ロカ姉……それは普通に悪手では?)


 当の白亜は、春輝に笑顔を向けながらも露華に疑念の視線を送る。


(そんなことをすれば、余計にロカ姉の方に目をやらなくなるに決まって……ハッ!?)


 返ってくる姉の視線に、白亜はその意思を見た。


 ──どうせこっち向いてくれないなら、視覚なんてくれてやる・・・・・・・・・・


 見てくれないなら、見なくともわかる・・・・・・・・ようにすれば良いじゃない。


 それは、今までとは逆。

 持たざる者・・・・・である白亜では取れない戦法と言えた。


 それに対して、白亜は。


(よろしい、触覚くらいくれてやる・・・・・・・・・・


 そんな意思を込めて、姉に強い視線を返した。


 今の春輝は白亜と手を繋いでいることなど頭から飛んで、露華の『感触』で頭がいっぱいになっているだろう。

 なるほどそれは、鋭い反撃ではある。


 それでも。


(所詮は付け焼き刃の浅知恵。後日振り返った時、ハル兄の中に残るロカ姉の記憶は脂肪の感触のみ。一方のわたしは……)


 白亜は、春輝の方に意識を向け直す。


「ハル兄、知ってた? 普通の屋内プールだと水温は28〜30度くらいに設定されてることが多いけど、オリンピックなんかの国際大会では水温は25~28度って定められてるの」


「へぇ、ちょっと冷ためなんだね? なんでだろ?」


「水温が高すぎると汗をかいて体力の消耗が激しくなっちゃって、記録が伸びないんだって」


「あー、なるほどなぁ。白亜ちゃん、よく知ってたね?」


「Hakupediaと呼んでも良い」


「ははっ、流石だねハクペディアちゃん」


 露華の『感触』から意識を逸らすためか、春輝は白亜との会話にノリノリである。


(今日のために用意してきた小粋なプールトークまで展開して、ハル兄の思い出を実質独り占めできる!)


 白亜は、未だ己の完勝を確信していた。



   ◆   ◆   ◆



 妹たちが、水面下で火花を散らしてる場から一歩分ほど離れたところを歩きながら。


(なんだろう……? 今日の春輝さん、なんだかやけに白亜の方ばかり見ているような……?)


 ここに来て、ようやく伊織もその認識を持ち始めていた。


(……そうか! 私、わかっちゃいました!)


 そして、その理由についてもピンと思い当たる。


(今日の白亜、いつもにも増して可愛いですもんね! 私も、ずっと見てられます!)


 と、一人わかっちゃっている伊織であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る