SS87 三女の戦略
とある日の、夕食後の歓談中。
「そういえば、これ……商店街の福引きで当たった」
ふと思い出した調子で白亜が取り出したのは、近くの大型プール施設の無料入場券だった。
「みんなで、行く?」
と、小首を傾げる白亜。
「お母さんはー、お留守番でいいわー。流石にー、プールではしゃぐ歳じゃないものー」
「ははっ、確かにな……」
母の物言いに、春輝は軽く苦笑を浮かべる。
(まぁ、言うて俺もそんな歳じゃないけど)
それから、自身に当てはめてそう考えた。
「それじゃ、三人で行ってき……」
「春輝さん、是非行きましょう!」
行ってきなよ、と言いかけたところに前のめりな伊織の声が被さってくる。
「そだねー、
「……ん。
それに露華と白亜も追随してきたものだから、なし崩し的に春輝も参加決定的な雰囲気に。
(いや、まぁ、いいんだけどね……)
考えてみれば、彼女たちだけで行くというのも『危険』だ。
美人三姉妹に声をかけてくる輩がいないとも限らない。
防波堤的な役割を果たす存在は必要だろう。
「そうだね、行こうか」
そう考えて、春輝もやや苦笑気味に頷いた。
「あっ、でも私、水着買わなきゃ……」
「ほっほーん? 去年のじゃ
「そ、そうなんだけど、あんまりそういうの言わないで……!?」
「せっかくなんだから、もっと大胆なの買ってみたら? 去年まで、あんま露出もない地味~なの選んでたでしょ?」
「うーん……そう、してみようかなぁ……」
「おっとぅ?
「エ、エロって……ちゃんと人前に出られるようなの選ぶんだよ……?」
「当たり前じゃん、なに想像してんの? はー、お姉の想像力が豊かすぎてエロい」
「もぅ、露華が変なこと言うから……!」
なんて、伊織と露華がじゃれ合う傍ら。
「……ふっ」
密かに浮かべられた、白亜の口元の笑み。
それが、勝利を確信したものであることに……気付いた者は、誰もいない。
今は、まだ。
◆ ◆ ◆
そして、次の休日。
「うぅ、水着姿を春輝さんに見せるなんて緊張するー……!」
「前に下着見せといて、今更何言ってんのよ」
「だから恥ずかしくないもん、とはならないでしょ……!」
「はー? 最強の武器を抱えてんだから、もっと胸張れば? 物理的に」
更衣室から出ながら、伊織と露華はそんな会話を交わしていた。
伊織の水着は、タンキニタイプの白ビキニ。
やや露出は抑え気味ではあるものの、それでも露華が視線を向ける先では巨大な『山』が大きく自己主張していた。
「まっ、言うてバランスならウチだと思ってるけどね?」
と、腕を上げてポーズを取る露華。
こちらは大胆な黒い三角ビキニで、彼女の均整の取れた身体が惜しげもなく晒されている。
「……で」
それから露華は、最後に出てきた白亜に視線を向けた。
「アンタは、ホントに
その目はどこか胡乱げであり、挑発的な色も含んでいる。
「問題ない」
当の白亜はといえば、フリル多めなワンピースタイプの水着を身に着け素知らぬ顔である。
露出はかなり控えめで、やや子供っぽいデザインが彼女をいつも以上に幼い印象に見せていた。
「ほーん? このリングじゃウチらに勝てないから諦めます、ってかい?」
引き続き挑発的な物言いは、彼女の落胆を表しているのかもしれない。
ライバルと認めた相手が、思ったより大したことがなったかのような。
「……ふっ」
だが、白亜が浮かべるのは余裕の笑み。
「確かに以前のわたしなら、自分も大人ぶってビキニタイプを選んでいたかもしれない」
というか確実に選んでいたであろう、というのが露華の見解である。
「でも、今のわたしは等身大」
それを表現するかのように、白亜は穏やかな表情で両手を軽く広げた。
「ゆえに選べた選択肢……諦めのワンピース? 断じて、否」
そして、ついに白亜も笑みに挑発的な色を混ぜる。
「これは、
「……?」
やけに自信たっぷりに言い切る白亜に、露華は眉根を寄せた。
と、その時。
「おっ、いたいた」
人混みを掻き分けて、春輝が三人に元に辿り着く。
「あっ、春輝さーん!」
「んおっ……!?」
かと思えば、手を振る伊織から思わずといった様子で目を逸らした。
恐らく、手と一緒に
「ふっふーん? どうよ春輝クン、ウチの水着は」
白亜の言葉は気になるが、今はアピール優先と露華も頭を切り替える。
「んあー、似合ってるよもちろん健康的でいいねっ」
目を逸らしたまま、やや早口気味に答える春輝。
「もー、ちゃんと見てよー?」
「み、見てるってば」
ニマニマ笑いながら言う露華にそう返すものの、春輝の視線はたまにチラリと露華に向けられる程度である。
「伊織ちゃんも、よく似合ってる。素敵だね」
「ありがとうございますっ……!」
同じく、伊織に対してもほとんど目を逸らしたままの褒め言葉だった。
「白亜ちゃんも、凄く似合ってるよ。可愛いね」
「さんくす」
他方、白亜に対してはしっかり視線を向けて褒めている。
(………………んんっ?)
露華が違和感を覚え始めたのはこの辺りだ。
「春輝ク……」
「ハル兄、ウォータースライダー行こっ」
「おっ、いいね」
露華も話しかけようとしたのだが、春輝は露華の方を見ていなかったのもあって気付いておらず。
「迷子になると困るから」
「ん、そうだね」
そう言って差し出される白亜の手を取って、春輝たちは連れ立ってウォータースライダーの方に歩いていく。
(まさか……
ここに来て、露華はようやく自分が
「伊織ちゃんと露華ちゃんも行く、かな?」
振り返ってそう尋ねてくるも、やはり春輝の視線はちょっとズレたところで止まっている。
「あっ、はーい」
「……ウチも行くー」
伊織に続いて露華も歩き出すと、スッと春輝は視線を前に戻した。
位置関係的にそうするのが当然ではあるのだが、先程から春輝が伊織と露華を極力視界に収めないようにしているのは明白である。
その理由も、容易に察しはつくだろう。
(ウチとお姉のこの格好じゃ、
どうやら、そのせいで伊織と露華の今の姿をまともに見れないらしい。
(チィッ……! 春輝クンをまだ見誤ってた……いや、というか)
先日、水着選びをしていた時のことを思い出す。
それは如何にセクシー路線で攻めるかという視点によるもので。
(そもそも、そんな発想はなかった……!)
どれだけ攻撃力が高かろうと、当たらなければなまくらと同じである。
(ここで白亜も際どい系の水着を選んでいれば、お子様体型ながらも……むしろ、だからこそ? 春輝クンはやっぱりあんまり見ようとはしないはず……つまり)
──これは、
先程の白亜の言葉の意味が、ここでついに示された形である。
結果的に、春輝の視線はほぼ白亜にだけ向けられているのだから。
(プールだから露出を増やしてアピールしようという、当然の考えとは真逆の思考……! ウチとお姉じゃ至れない結論……いや、仮に至ったとしてもウチらじゃあんま子供っぽ過ぎる水着も選べないしどうしても攻撃力がある程度残る……! これは、白亜にだけ許された戦法……!
そこまで考えた時、ふと白亜が振り返ってきて……ニンマリと、笑った。
まるで、露華の思考を全て読み切っているかのように……否、この場に限っては恐らく本当に読んでいるのだろう。
(やってくれんじゃない……! 今回はしてやられたと言う他ないねぇ……!)
そんな思いを込めて、白亜に強い視線を返す。
すると、白亜もまた挑発的な視線を返してきた。
そうやって、密かに火花を散らし合っている中。
「あの……なんだか私、妙に疎外感を感じる気がするんだけど……気のせいかな……? 気のせいだよね……?」
白亜の狙いになど微塵も気付いていなそうな伊織が、ちょっと寂しそうにしていた。
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新年あけましておめでとうございます。
本年も、どうぞよろしくお願い致します。
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