SS86 帰宅と釈明と
「ぐぉ~……すぴぃ~…………ふごっ?」
目覚めたことで、春輝は初めて自分が寝ていたことを自覚する。
(俺、いつの間に寝たんだっけ……?)
ぼんやりする頭の中、前日の記憶が酷く希薄だった。
(てか、何かいつもと違うような……? 良い匂いがする……?)
自室との空気感の違いのようなものを漠然と感じながら、ゆっくりと目を開けていく。
すると。
(………………おぉ、美人がおる)
引き続き稼働率の低い脳内、目に飛び込んできた光景にとりあえ浮かんできたのはそんな感想だった。
「すぅ……すぅ……」
規則正しく寝息を立てる女性の顔は、十年来の見慣れたものだ。
けれど、流石に数センチの近さで観察したことなどなく。
(睫毛なっがいなー……顔ちっさい……唇、綺麗だ……出会った頃は『可愛い』って感じだったけど、いつの間にか随分と色気が………………んんっ?)
この辺りまできてようやく、自分が
「うぉっ!?」
そして、勢いよく跳ね起きて距離を取る。
「んがっ……!? あったま痛ぇ……!」
同時に襲ってきた頭痛に、思わず顔をしかめた。
それから、徐々に現状を確認していく。
(そっか、貫奈にハメられ……もとい、策略に陥れられ……もとい、計画的犯行に巻き込まれて……もとい、えーい何でもいいわ! とにかく、貫奈と一緒の部屋に泊まることになったんだったな……)
少なくともその辺りまでは、ハッキリと記憶が残っていた。
(で、その後………………えっ? 何もなかった……よな……?)
若干の焦りと共に、自分の格好を確認。
多少の乱れはあるものの、ちゃんと着衣の状態である。
ひとまず、そのことにホッと安堵の息を吐いた。
(一緒のベッドに寝てたのは……トイレの帰りに寝ぼけて、ってところか?)
貫奈が今なお眠っているのは、一応春輝用と定められたはずのベッドである。
とはいえ泥酔状態でその決まりを覚えているかは怪しく、トイレから近い方のベッドでもあるのであり得る話だった。
「ふぁ……」
落ち着きを取り戻しつつ、あくび混じりに何気なくベッド脇のデジタル時計を見る。
……と。
「ふぁっ!?」
そこに表示されている数字に、一気に眠気が吹き飛んだ。
「おい貫奈、起きろ! チェックアウトの時間マジでもうすぐだぞ! お前、色々と準備とかあるだろ!?」
割とシャレになっていない時刻に、春輝は貫奈の腕を掴んでゆさゆさと揺する。
「んぇぁ……?」
その甲斐あってか、貫奈の瞼も徐々に上がり始めてきた。
貫奈は焦点の合ってなさそうな目で、パチパチと何度か瞬きを繰り返す。
寝ぼけ眼の貫奈は、いつもの出来る女モードとは程遠く。
(可愛い………………じゃなくて!)
思わず浮かんだ考えを、首を振って頭から追い出す。
一方で。
「わぁい、私の部屋に春輝先輩がいるぅ……」
「っ!?」
貫奈が急に抱きついてきて、春輝は目を白黒させることとなった。
(柔らか……いやいやいや!)
いつの間にか
「おい、寝ぼけてるんじゃないよ!?」
「ふぁ……?」
とそこで、ようやく貫奈の寝ぼけ眼が焦点を結び始め。
「ふぁっ!?」
かと思えば、猛烈な勢いで飛び退いて春輝から距離を取った。
「えっ、あの、なんで先輩が……?」
貫奈が、目を白黒させている中。
「それについてはゆっくり思い出してもらうとして、とりあえずチェックアウトの準備を進めてくれ! ASAPだ!」
「あっ、はぁい、承知ですぅ……?」
仕事モードで話を振ると、まだ頼りない様子ながら貫奈もノロノロと動き始めるのだった。
◆ ◆ ◆
そして、数十分後。
「二日酔いにバスは、
「そ、そうですね……」
帰りのバスの座席にて、二人は青い顔で隣り合わせていた。
「ブラックの缶コーヒー、買っといたから。二日酔いも多少はマシになるだろ」
「どうもです……」
「水もな。あんま一気に入れると
「至れり尽くせりな対応、ありがとうございます……」
まだ比較的状態がマシな春輝が、あれこれを貫奈の世話を焼く。
「昨日は任せっぱなしだったから、帰りくらいはな」
と、軽く苦笑。
「……ふぅ」
しばらくすると、貫奈の様子も落ち着いてきたようだ。
「それで……先輩、
まだ若干青い顔ながら、ニヤリとした笑みを浮かべる貫奈。
「どう、って何が……?」
主語が省かれた質問に、春輝は首を撚る。
「私のカラダの、お・あ・じ」
「ぶっふぉ!?」
耳元で囁かれ、思わず吹き出してしまった。
「いや、何もなかったよな!? ………………よな?」
若干自信がなくて、最後はだいぶ弱めの語調となった。
「ふふっ、冗談ですよ。
「マジで心臓に悪い冗談やめろよ……」
イタズラっぽく微笑む貫奈に、春輝は苦い顔で溜め息を吐く。
「それはともかく」
一方、当の貫奈は凉しい顔。
「今回の『大人のデート』……これは私にしか出来ないものだったと思うんですけど、どうでした?」
「……確かにな」
続いての問いに、春輝は少し考えて頷いた。
「『大人の』っつーか、『酒クズの』って気もするけどな」
苦笑しながら言うけれど、だからこそ。
これは、他の誰でもない貫奈とだからこそ楽しめた旅だったのだと思う。
例えば仮に、数年後。
成人した伊織たちと同じコースを回ったとしても、きっと春輝は今回と同じようには振る舞わない。振る舞えない。
どうしても、『保護者』としての顔が先立ってしまうだろうから。
「先輩のお泊りデート処女も、いただいちゃいましたね?」
引き続き、イタズラっぽく微笑む貫奈。
「………………」
一方、露華と泊まった一件が脳裏に浮かんだ春輝の頬に一筋の汗が流れる。
「……えっ?」
瞬間、貫奈の目からハイライトが消えた……ような、気がした。
「あるんですか……? お泊りデート……」
「い、いや、デートではなかったから! むしろ緊急措置的なアレだったから、うん! と、思いますよ……!?」
妙な『圧』を放ち始める貫奈を相手に、春輝はしどろもどろに釈明することになったのだった。
◆ ◆ ◆
そんな一幕もありつつ、途中で貫奈と一緒に昼食を取った後に帰宅。
「ただいまぁ……」
色んな意味で疲れ切った春輝の声は、力ないものだった。
『おかえりなさい!』
対照的に、笑顔で出迎えてくれた三姉妹の声は元気の良いものである。
「……ハル兄、お酒臭い」
「ははっ、ごめんね。しこたま飲んだせいで、昨日は終電まで逃しちゃってさ」
眉根を寄せる白亜に、春輝は苦笑交じりで謝罪したのだが。
「……くんくん」
「あの、白亜ちゃん……? お酒臭いから、あんまり嗅がないでもらえると……」
なぜか更に顔を近づけて匂いを嗅いでくる白亜に、春輝の苦笑が更に深まった。
が、しかし。
「……女の人の匂いがする」
「っ!?」
その鋭い嗅覚に、思わずちょっと仰け反ることとなる。
「……へぇ」
伊織の声に宿るが温度が、数度程下がった……ような、気がする。
「ほーん?」
露華は、獲物を見つけた猫のような嗜虐的な笑みを浮かべている……ように、見えなくもない。
「うん、そうだね! 女の人
と、ここでも早口で釈明することとなる春輝。
(マジで、浮気を誤魔化す旦那みたいになってきたな……!?)
昨日伊織に『言い訳』の電話をした時もそうだったが、謎の罪悪感のようなものが湧いてくる。
(い、いや、これは彼女たちの教育上あまりよろしくない可能性がワンチャン微レ存かもしれない話を聞かせないためだから……!)
そんな風に、自分自身にも言い訳する中。
「すりすり……」
「えっ、っと……ちなみにそれ、白亜ちゃんは何をしているのかな……?」
春輝の腕に顔を擦り付けてくる白亜に、春輝は遠慮がちにツッコミを入れた。
「猫は、顔や身体を擦り付けることによって自分の匂いで他の匂いを上書きする習性がある……にゃあ」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
最後に、両手を頭の上にやって耳の形を作る白亜。
状況の説明になっているようななっていないような言葉に、春輝は何とも言えないような表情となる。
「ふっふーん? そんじゃ、ウチも付けちゃおっかなー? ウチの、に・お・い」
「っ!?」
続いてイタズラっぽく笑った露華が白亜とは反対側の腕に抱きついてきて、春輝は顔を引きつらせることに。
「ちょっ、ちょっと、二人共……」
一人取り残された形の伊織は、何やら葛藤の様子を見せていた。
妹たちに対して、注意しようとしているのか。
あるいは……だんだん、その目がグルグルと回っていき。
「わ、私も上書きしちゃいますっ!」
と、勢いよく正面から春輝に抱きついてきた。
(いや、あの……白亜ちゃんだけだったら、可愛いもんだったけど……)
両手と胴体をホールドされたことになり、全く身動きが取れない中……。
(これはもう、
春輝の腕に額を擦り付ける白亜はともかくとして、腕を絡めて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます