SS84 ただお酒を飲んでいるだけのお話

 週末、本日は貫奈と出掛ける約束をしているわけなのだが。


「いやぁ、昨日はヤバかったな……」

「終電に間に合って良かったですね……」


 待ち合わせ場所にて、春輝と貫奈は共に疲れ気味の顔を突き合せていた。

 前日の終業間際に割と大きめの障害が発生し、二人して対応に奔走した結果である。


「つーか、ホントに日を改めなくて良かったのか? 昨日の今日だし、休んでたいだろ?」

「むしろ、だからこそですよ。昨日は暫定対応しただけですし、週明けからゴリッゴリに原因究明と対策会議でしょう? 今のうちにパーッと遊んで気分転換しておかないと」

「ははっ……」


 貫奈の発言に一〇〇%同意出来た春輝は、ただ乾いた笑みを浮かべるだけであった。


「そんじゃま、目一杯楽しむとして……結局今日、どこ行くんだ?」


 そして、疑問をぶつける。


 春輝としては自分でコースを考えるつもりでいたのだが、今回は自分に決めさせてほしいと貫奈から申し入れがあったのだ。

 本人の行きたいところに行くのが一番だろうと全面的に任せることにしたのだが、行き先についてまだ聞いていなかった。


「ふふっ、それは着いてのお楽しみです」


 けれど、貫奈はイタズラっぽく微笑むのみ。


「言ってくれれば、車の運転くらいはするんだが」

「いえ、今回は公共交通機関での移動がマストですので」

「そうなの……?」


 この段階では、春輝は首を捻るばかりだったが。

 その言葉の意味は、電車を乗り継いで辿り着いた最初の目的地が見えたところで理解出来た。



   ◆   ◆   ◆



「なるほど、酒蔵ね……」

「これは、車で来るわけにはいかないでしょう?」

「ふっ、確かにな」


 ようやく腑に落ちた気分で、春輝も軽く笑い。


「今日、年に一回だけの中を見学出来る日なんですよ」

「へぇ……よく知ってたな?」

「というかだいぶ前から知ってたんですけど、毎年タイミングが合わなくて。ようやく念願叶いますっ」

「ははっ、そりゃ良かった」


 なんて雑談を交わしながら、酒蔵の中へと足を踏み入れるのだった。



   ◆   ◆   ◆



「うぉっ、思ったよか広いんだな……?」

「お酒を造る工程って沢山ありますもんねー」

「なんか、建物自体は歴史を感じるのに中にあるのは最新機器ってギャップが凄いな」

「いやぁ、今は空っぽのこのタンクにいつもはお酒が並々注がれているかと思うと興奮しますよねぇ」

「ふっ、わからんでもない」


 時に随所に設置されている説明書きを見たり係員さんからの説明を聞きいたりしながら、二人はゆったりと歩みを進めていく。



   ◆   ◆   ◆



 そして、たっぷり時間をかけて一周し。


「いやぁ、面白かったなぁ」

「身近にあるものの製造工程を追っていくの、楽しいですよね」


 二人は満足げな表情で酒蔵を後にする……。


「さて、そんじゃ」

「次はお待ちかねの……」


 わけもなく。


『試飲!』


 ニヤリとした笑みを交わしあった後、颯爽と試飲コーナーへ颯爽と向かう。


「おっ、すげぇフルーティーで飲みやすい……これは危険な酒だな……」

「むむっ、こっちはガツンとパンチが効いてますが癖になってどんどん飲み進めてしまう系のお味……危険なお酒ですね……」

「うわ、これ絶対刺し身とめっちゃ合う! 無限にいけるやつ! これは危険な酒だな……」

「おおっ……? 私今、ホントにお酒飲みました? すごく美味しい水じゃなかったです? これは危険なお酒ですね……」


 そんな風に、試飲で提供されているお酒を順々に全て飲み干していく。


 なお、酒飲みにとってパカパカ飲み過ぎてしまう美味しいお酒は概ね全てが『危険な酒』である。


「春輝先輩は、どれが一番好きでした?」

「やっぱこの、フレッシュ感が強くてほんのり酸味が感じられたやつかなー。せっかくだし、一本買って帰るわ」

「そういうの好きですよねぇ。私は……」

「この、ガッツリ辛口の純米大吟醸だろ?」

「ふふっ……大当たりです。よくわかりましたね?」

「何回一緒に飲んだと思ってんだ。好みくらい把握してるっての」

「お互いに、ですねぇ……私も一本買って帰ります」


 ほんのりほろ酔い気分で、お土産も買って。


「さて、それでは次へと参りましょうか」


 貫奈の案内に従い、次の目的地に移動する。



   ◆   ◆   ◆



『ビアフェス、ウェーイ!』


 二人は、そんな声と共に透明なプラスチックを打ち付け合った。

 ビールが並々注がれているため、勢いの良い声とは裏腹にそっと触れる程度の乾杯である。


「カーッ! 昼間っから飲むビールの最高さよ!」

「んっんっんっ……プハーッ!」


 一口飲んで歓声を上げる春輝の傍ら、貫奈は一気に半分近くまで飲み干した。


「いやぁ、こんな近くでビアフェスまでやってるなんてツイてんなぁ」

「ふふっ、ですねー」


 微笑み合う二人の頬は、早くも少し紅くなり始めていた。


 なお、恋愛的な意味ではない……たぶん。


「春輝先輩、ここも当然コンプ……ですよね?」

「おぅ、もちろんだ」


 それから、再びニヤリと好戦的な笑みを交わし合う。



   ◆   ◆   ◆



 宣言通り、ここでも二人は提供されている全種のビールを飲み干した。


 とはいえ一口ずつ提供されるだけの日本酒の試飲とは違い、コップに並々と注がれたビールを飲み干すには時間がかかる。

 結局、二人はここで数時間を過ごすことになった。


 そして。


「それじゃあ次、いきまっしょー!」

「おうよー!」


 だいぶテンションの上がった二人は、しかしまだ確かな足取りで次の目的地へと向かう。



   ◆   ◆   ◆



 次の目的地には、バスでの移動となっていた。


 単調で、どこか心地良いバスの揺れを背中に感じながら。


「くぁ……」


 だいぶ酔いが回ってきているのに加え、前日が遅かったこともあって春輝はついついあくびを漏らしてしまう。


「っと、悪い」


 仮にも『デート』の途中であくびは失礼だったと、すぐに謝罪。


「ふふっ、構いませんよ。何なら、着くまで寝てていただいても」

「や、流石にそれは申し訳ないわ……」

「いえ、というか私もちょっとウトウトしてきてまして……到着予定時刻の少し前にアラームかけて、一眠りしようかと」

「そうか……? なら……」


 既に若干判断力が衰えてきている春輝は、お言葉に甘えて目を閉じることにしたのだった。



   ◆   ◆   ◆



「先輩っ。春輝先輩、着きましたよっ」

「んおっ……!?」


 身体を揺すられる感覚に、春輝はビクッと震えながら目を開けた。


「あ、ぉぅ、センキュ……」


 寝ぼけ眼に酔いも加わり、やや呂律が怪しい。


(ん……? この時期の日暮れって、こんな早かったっけ……?)


 バスから降りた途端、すっかり暗くなっている空に一瞬違和感を覚えるも。


「こちらが、本日の最終目的地……」

「おぉ、日本酒にビールときてワインか。いいねぇいいねぇ」


 目の前の建物、ワイナリーが目に入って上がったテンションの前ではたちまち吹き飛んでいった。


「中で食事も出来るんで、一通り回った後そこで夕食にしましょう」

「了解」



   ◆   ◆   ◆



 工場見学、ワインの試飲というお決まりの流れを挟んだ後、二人は予定通り併設されている食事施設へ。


「それでは改めまして……乾杯」

「かんぱーい」


 二人の手にするワイングラスが、チンと小さな音を立てる。


「ふふっ、これで今日何度目の乾杯でしょうね?」

「ははっ、いちいち数えてらんねーよ」

「ですよね」


 移動の時間で良い感じにお腹もこなれてきたようで、まだまだ入りそうな気分だった。


「肉を食いながら飲む赤ワインこそが至高の組み合わせだよなー」

「いやいや、チーズだってかなり至高の組み合わせですよー」

「おぅ、どっちも至高の組み合わせだ」

「至高の組み合わせは、何個あったっていいですもんねー」


 既に二人共どれだけ飲んできたのか自分でも把握出来ておらず、だいぶ会話のIQも下がってきている。


 けれど……だからこそ楽しくて仕方ない時間が、どれだけ続いた頃だっただろうか。

 ふと、少し会話が途切れたタイミングで。


「……なんか悪いな、貫奈」

「んぇ? 急にどうしました?」


 真顔となって謝罪した春輝に、貫奈は小さく首を捻った。


「今日、相談に乗ってもらったお礼なのに結局全部案内してもらってさ」

「なんだ、そんなこと気にしてたんですか?」


 言葉通り、貫奈の口調は何とも思っていないようなものだった。


「私がそうしたいって言ったんですから、当たり前じゃないですか」

「それはまぁそうなんだけど……こんなんで、ホントにお礼になってるのか……?」


 言わんとしていることはわかるのだが、釈然としない気持ちがあるのも事実ではある。


 けれど。


「もちろんですよ。本当に……私としては、今日一日ありがとうございました、という気持ちです」

「んぉ……? 何が……?」


 突然頭を下げられ、今度は春輝が首を捻る。


「こんな酒クズツアーに付き合ってくれるのなんて、春輝先輩くらいですから」

「ははっ……なるほどな」


 春輝を気遣っての部分もあるのかもしれないが、恐らく本心からの言葉でもあるのだろう。

 いずれにせよ、おかげで春輝としてもずっと小さく刺さっていたトゲが抜けた気分だった。


 そこからは、また楽しくおしゃべりしながら飲んで。


「いやぁ、にしても今日はマジで欲張りセットだったなー」

「ふふっ、せっかくなので詰め込んじゃいました」


 ほとんど一日中ずっと酒を飲んでいたというレアな体験に、春輝は心地よい満足感を覚えていた。


「しかし、まさか日帰りでこんだけ回って色々飲めるとは思ってなかったわ」

「や、それは普通に無理ですけど?」

「……うん?」


 何を当然のことを? とばかりの貫奈の言葉が理解出来ず、春輝は首を捻る。


「いやだって、実際今日……」

「いえ」


 実のところ……春輝は早い段階で理解したつもりになっていたが、全く理解出来ていなかったのである。


「終バスの時間、とっくに過ぎてますので」


 ──今回は公共交通機関での移動がマストですので


「………………んんっ?」


 その言葉の、本当の意味・・・・・を。

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