SS82 恋人たちの語らい

 露華と春輝の『デート』は、空が赤く染まり始めた時間になっても続いており。


「いやー、つっかれたー!」

「うん……疲れたね……」


 現在、観覧車の中にて向かい合って座っていた。


 露華は程好い疲労感を覚えているが、女子高生の体力に付き合った春輝は疲労困憊の様相を呈している。


「ホントに一日で全部回れちゃうもんなんだねー」

「そんなに混んでないから、並ぶ時間が短いのがマイナー遊園地の利点だね」


 感心の面持ちの露華に、春輝は苦笑気味に相槌を打つ。

 実際、この観覧車で二人は全アトラクション制覇を成し遂げていた。


「わーっ、すっごーい! こんなに見晴らしいいんだー! めっちゃ遠くまで見えるじゃん!」


 二人の乗ったゴンドラが高度を上げていくにつれて、露華がはしゃいだ声を上げる。


「ねーねー、あれって……」


 外を指差しながら、露華は春輝の方に目を向けると。


「どれだい?」


 こちらを見る春輝が、とてもとても嬉しそうにニコニコ笑っていたものだから。


「あはっ」


 思わず、露華も笑ってしまった。


「……? どうかした?」


 急に笑った露華を訝しんでか、春輝は小さく首を捻る。


「や……今、春輝クンなに考えてたのかなーって」

「ん? 露華ちゃん、楽しそうだなーって思ってただけだよ」


 きっと、本当にそれだけで。

 それだけなのに、こんなに嬉しそうに笑ってくれているのだ。


 だからこそ。


「ね……春輝クンは今日のデート、どうだった?」


 そう、尋ねたくなってしまった。


 半ば無理矢理に付き合わせてしまった今回のデート、春輝自身は退屈ではなかったろうか。


「ははっ。露華ちゃんと一緒にいて、楽しくないわけないだろ?」


 それに対して、春輝は軽い調子で返してくる。


 だけど、きっとそれも本心からの言葉。

 たぶん、保護者……良くて友人としての言葉ではあるんだろうけど。


 迷いなく言ってくれたことが、素直に嬉しかった。


「にひっ……春輝クンも言うようになったじゃーん」


 それを、茶化すことで誤魔化す。


「それはそうと……結局、本来の目的って達成出来たのかな?」


 そんな中、ふと春輝が表情を改めた。


「ホンライノモクテキ……?」


 コテン、と露華は首を傾ける。


「んあぁっ、本来の目的ね!」


 それから、少し遅れて理解した。


 ぶっちゃけ、途中でほぼ頭から飛んでいた設定である。


「おけおけ、バッチリよ! 今日一日でめっちゃ見せつけちゃったから、これで完全にウチらがカレカノだって納得してくれるの間違いなし!」


 やや早口気味に言いながら、何度も頷く。


「そっか……なら良かったよ」


 これも、心から安堵した様子で微笑む春輝と正対していると……流石に、チクリと胸が痛んで。


「やー、なんか今日ごめんねー?」

「うん? 何がだい?」


 思わず謝ると、春輝は何のことかわからないとばかりに首を捻る。


「結局、一日付き合わせちゃってさ」

「ははっ、何言ってんの。さっき言った通り俺も楽しかったし、おかげで凄く充実した休日を過ごさせてもらったよ。ありがとうね」

「それに……」


 本当は、『騙しちゃって』と告白するべきなのだろうけれど。


「それに?」


 結局、それは言えなくて。


「……なんか、変なトラブルにも巻き込んじゃってさ」


 代わりに、そう続ける。


「それだって、露華ちゃんのせいじゃないだろ?」

「そ……うかも、だけど」


 一応春輝の手前頷きはしたものの、ぶっちゃけこの状況を画策した露華のせいで発生したトラブルであると言えよう。


「に、にしてもさっ、あん時はホントにビックリしたっ」


 その気まずさを誤魔化すべく、言葉を続けた。


「あー……彼、急に来たもんね」

「や、そうじゃなくてー」


 松岡少年の登場についてだと思っているらしい春輝の言葉を正す。


「ウチの好きなとこ、春輝クンがあんなに沢山言ってくれたってことっ」

「そんなに驚くようなことかな……?」


 不思議そうな、春輝の表情が。


「ねっ、春輝クンはきっと」


 あの時から思っていた、とある件について露華に確信を抱かせる 

 

「お姉と白亜の好きなとこだって、同じくらい言えるんだよね?」

「もちろんさ」


 尋ねると、ノータイムで肯定が返ってくる。


「証拠に、今から言っていこうか? まず伊織ちゃんから……」

「いらんていらんて」


 指折り数え始めようとする春輝に、苦笑して手をひらひら振る。

 姉妹のこととはいえ、流石に『デート』中に他の女性とのノロケを聞かされたくはない。


 ……けれど。


「そんなことしなくても、本当だってわかってるから」


 露華は、少し不思議な気持ちを抱いていた。


 自分だけが特別じゃないということを、突きつけられた形である。

 もっと、ガッカリするかと思っていたのに。


「……春輝クンさ」


 実際に胸に湧き上がってきたのは、真逆とも言える感情で。


「ホント、そういうとこだぞっ!」

「どういうとこ……? というか、どういうこと……?」


 彼が自分に言ってくれたのと同じくらい姉と妹の良いところを知ってくれていることが、なんだか嬉しくて堪らない気分なのだった。



   ◆   ◆   ◆



 ……といった風に、じゃれ合う二人は。

 結局その日の最後まで、気付くことはなかった。


 例えば今は、三つ間に挟んだゴンドラの中。


「………………ふひっ」


 二人のデートを一日観察していた者が、本当に存在していたということに。





―――――――――――――――――――――

次回更新は、10/31(日)頃目処とさせてください……!

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