SS81 恋人の好きなとこ

 いもしない相手に見せつけるために、恋人同士という設定で回っていた遊園地で遭遇したのは……先日、露華に告白した松岡少年。


 恐らく、たまたま彼も今日ここに来ていたのだろう。

 横には友人らしき男子も三名いて、突然叫んだ松岡少年に奇異の目を向けている。


 春輝と露華の方を見て驚きの表情を浮かべていた松岡少年は、見る見るその目に剣呑な色を宿していった。


「この不審者! 小桜さんから離れろ!」


 そして、春輝に向けて猛然とダッシュしてくる。


「えっ……? ……あっ」


 いきなりの不審者呼ばわりに戸惑った春輝であったが、一瞬の後に理解する。


 現在の春輝は、露華を追いかけた末に彼女の着ている上着を引っ掴んでいる状態である。

 傍から見れば、無理矢理に上着を脱がそうとしているように見えるかもしれない……そして実際、そんなに間違ってもなかった。


 流石に無理矢理に脱がすつもりなんてなかったけれど、それは伝わるまい。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「ちょっ、待っ、ストップストォップ! 止まって、松岡くん!」

「僕なら大丈夫だから!」

「そういうことじゃなくてね! とりま一旦ストップ!」

「っ……!」


 殴りかからんばかりの勢い──というか、実際にそうするつもりだったのだろう──で駆けていた松岡少年だったが、その進路上に露華が立ち塞がると流石に足を止める。


「どうして変質者を庇うようなことをするんですか……!?」

「や、違うんだよ。このヒト、変質者でも不審者でもなくてね」


 まだ鼻息の荒い松岡少年を前に、露華は一瞬だけ躊躇するような様子を見せたものの。


「ウチの、カレシさんなんだわ」


 結局、短くそう紹介した。


 春輝に説明していることを踏まえれば、他に選択肢がなかった形である。


「かれし……?」


 松岡少年は、未知の言語でも聞いたかのように呆けた様子で目を瞬かせ。


「彼氏っ!?」


 一瞬の後に、言葉の意味を理解した様子であった。


「や、でも、だいぶ年上なんじゃ……?」

「こんくらいの歳の差カップルなんて、珍しくないっしょ?」


 春輝と自分を交互に指し、露華は肩をすくめる。


「えっ、っと……」


 ここに来てようやく冷静さを取り戻してきたらしい松岡少年は、気まずげに言葉を濁した。


「すみません、勘違いしてしまいました」


 それから、春輝に向けてペコリと頭を下げる。


 先程は義憤に駆られていただけで、本来はきちんと礼儀正しい少年のようだ。


「や、全然気にしてないよ。構図的に、勘違いするのも仕方なかったと思うから」


 春輝は、苦笑気味に手を振った。


「彼氏……そう、彼氏さんなんですか……」


 ただ、顔を上げた松岡少年はまだ春輝に対して思うところがある顔だ。


(というか、それは大前提として今日は俺たちのことを見てたんじゃないのか……? さっきのは、見かねて飛び出してきたのかと思ってたけど……)


 疑問を覚える春輝だったが、まさか存在しないはずの配役にちょうど役者が飛び込んできたとは思うまい。


「えーと、信じてもらえていない感じかな?」

「あっ、いえ、そんな!」


 とりあえず尋ねてみると、松岡少年は慌てて手を振った。


「ただ、あの、大人の男性とお付き合いされているのが少し意外だったと言いますか……」


 と、チラチラ露華へと視線を向ける。


(意外、ってことは……ちゃんと露華ちゃんのことを見てくれてる子なんだな)


 見た目だけで判断すれば、露華はむしろそういう・・・・タイプに見られがちだ。


 そう思うと、彼が何を考えているのかもなんとなくわかってきた気がした。


(露華ちゃんのことを心配してるんだな……援助交際で知り合った男がいる、なんて噂もあったみたいだしなぁ……年上の悪い男に騙されているんじゃないかとか遊ばれているんじゃないかとか、そんなところかな?)


 自分をフッた相手を真摯に想えるこの少年に、春輝は好感を抱き始めていた。


「でも、あの……小桜さんのどこが好きなのかな、とか……聞いてもいいですか?」


 それが彼なりに、春輝の真意を確かめるために思いついた質問なのだろう。


「もちろん、構わないよ」


 だから、春輝も躊躇なく頷いて応じる。


 すぅ、と少し大きく息を吸い込んで。


「こっちまで元気になれるような、明るい笑顔が好き。いつも楽しそうで、一緒にいたら凄く楽しくなれるところが好き。壁を感じさせない、人当たりの良いところが好き。妹思いで、実は凄く可愛がっているところが好き。だけどなかなか素直になれなくて、いっつもからかう調子になっちゃっうところも微笑ましくて好きだな。お姉さんのことも大好きで、いつも陰からフォローしてくれてるところも頼もしくて好き。言うべきところは嫌われ役になってでもズバッと言ってくれるところが好き。俺には思いつかない発想で驚かせてくれるところが好き。イタズラ好きだけど人が嫌がることはしない、優しい女の子だから好き。気遣い上手で、いつも人のことを優先しちゃうところが好き。頑張り屋さんなのに、人にそれを見せないところが好き。だけど一人で抱え込んじゃうところもある繊細な子だから、支えてあげたいと思ってる。なかなか見せてくれない本音をポツリと漏らしてくれる時なんて、凄く嬉しい気持ちになれる。積極的に引っ張ってくれるところも、俺からするとありがたいな。でも、実は押しに弱いって一面も可愛いくて好きだね。少しだけ抜けてるところがあるのも好き。お裁縫をしてる時の真剣な眼差しが好き。一緒に遊んでるとコロコロ変わる表情が好き。笑うと見える八重歯が可愛くて好き。よく通る綺麗な声が好き。それから……」

「ちょ、も、もういいです! もうわかりましたので!」


 思いつくままにつらつらと並べ立てていると、顔を真っ赤にした松岡少年が手を突き出してきた。


「あれ、もういいの?」


 春輝としては、まだまだ言い足りないくらいだったのだが。


「えぇ、十分に伝わってきましたので……」


 松岡少年は、まだ赤みの残った顔に苦笑を浮かべる。


「小桜さんのことを……凄く、想ってるんだなって」

「……うん」


 一瞬だけ迷った末、春輝は大きく頷いた。


「とても、大切に思ってるよ」


 そして、嘘のない言葉を返す。


「すみません……実は僕、少し前に小桜さんに告白してフラれまして」

「えっ? あ、おぅ……そうなんだ」


 このタイミングでそんな吐露が来るとは思わなかったが、春輝はギリで知らなかったフリを出来た……はず。


「それで……嫉妬、しちゃってたんだと思います。元から、僕が口を出すような問題じゃないのに」

「そういう側面もあったのかもしれないけど……だけど、露華ちゃんのことを心配してくれてのことでしょ? その気持ちは、凄く尊いものだと思うよ」

「あはは、参ったな……全部見抜かれてるんですね……」


 どこか気まずげに頬を掻いてから、松岡少年は何かに納得したかのように小さく頷いた。


「今、ようやく吹っ切れた気がします」


 言葉通り、松岡少年はここに来て言葉通りすっきりとした表情となったいた。


「こんなに愛してくれる彼氏さんがいるんだから、僕なんてフラれて当然ですよね」

「そんなに卑下することはないと思うけど……」


 否定も肯定もしづらく、春輝は言葉を濁す。


「それでは……あの、せっかくのデートを邪魔してすみませんでした! 小桜さん、また学校で!」


 言うだけ言って、松岡少年は返事も待たずに踵を返して駆けていった。

 事の次第を見守っていたらしい友人たちから、肩や頭を優しく叩かれている。


「ははっ……良い子みたいだね」


 春輝の彼への評価は、そんな感じだった。


 そもそも、勘違いだったとはいえ女性に襲いかかる暴漢に迷いなく立ち向かおうとしていたのだ。

 勇気ある少年なのだろう。


「……露華ちゃん?」


 松岡少年の背中を見送っていた春輝は、返事が来ないことを疑問に思って隣に目を向ける。


 すると、露華は両手で顔を覆って俯いている状態だった。


「どうかした? 体調悪いとか?」

「や……ちょーっとクールダウンが必要っていうか……」

「クールダウン……?」

「あと五秒……や、十秒待って!」

「別にいいけど……」


 よくわからないが、待てと言われれば否はない。


 そのまま待つこと……結局、三十秒程。


「ぷはっ!」


 息継ぎでもするかのように、露華は顔を上げ……同時に、パッと両手がどけられた先にあったのは。


「いーや春輝くん、咄嗟にあんだけいっぱい好きなとこでっち上げられるとかタラシの才能エグくないっ?」


 ニマ~~~~ッという、これ以上ないからかいの笑みだった。


 茶化す調子で、春輝の肩をぺちんと叩く。


「うん、まぁ、でっち上げるっていうか……普段から思ってることだからね」


「っ……!」


 しれっと返す春輝に、露華は再び顔を俯けることになった。


 真っ赤になっているだろう顔を、見られないように。

 ドクンドクンと激しく脈打つ鼓動を、悟られないように。


「も、もう……! 春輝クン、ウチのことめっちゃ好きじゃーん!」

「そりゃ好きだけど?」

「~~~~~~~~~~~~!!」


 手足を思いっきりジタバタ動かしたくなるような衝動を、どうにか抑える。


(わかってる。春輝クンの言う『好き』が、ウチとは違うってこと)


 それでも。


(今は……それで、良しとしといてやりますかっ!)


 露華としては、春輝の口から直接それを聞けただけで満足で。


「そんじゃ、ウチのことが大好きな『カレシ』さんっ! デートの続きといきましょうか!」

「えっ……? でも、さっきの彼にわかってもらえたんだからその設定はもういいんじゃないの?」

「や、実はあれ別口だから。たまたまエンカウントしただけなんで」

「そんなことあんの……!? でも、確かにずっと見てたにしてはおかしな反応ではあったもんな……友達と来てたっぽいのもそういやおかしいし……にしても露華ちゃん、どんだけモテんのさ……」

「にひひ~……そんなウチのカレシ役なんて、役得っしょ?」

「はいはい、光栄ですよっと」


 今は……偽物でもいいから。


 この恋人関係を、もう少しだけ楽しんでいたかった。





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次回更新は10/17(日)頃目処とさせてください……!

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