SS80 恋人とのデート

「おいーっす、春輝クン。ごめん、待ったー?」


 駅前の謎のモニュメント前に春輝の姿を見つけ、露華はそう言いながら少し足を早める。


「や、俺も今来たところだよ」


 お決まりの文句だが、春輝の口調からして恐らく本当のことだろうと思えた。


「その服、似合うね。可愛いよ」


 と、春輝は笑顔で褒めてくれる。


 今日の露華の出で立ちは、黒ボーダーの長袖シャツにデニムパンツ。

 春輝の前では初めて披露する格好である。


「サーンキュ! ニヒッ……真っ先に服装を褒めるとか、春輝クンもレベルが上がってきたじゃーん」

「誰かさんに鍛えられてきたからね……」


 微苦笑を浮かべる春輝だが、実際初めて会った頃に比べればだいぶ余裕が出てきていると言えよう。

 露華にとっては、良くも悪くも……では、あるのだが。


「ところで、例の男の子っていうのは? ここで合流するの? それとも、現地で?」

「んあー……」


 春輝の疑問に、設定の作り込みの甘さが早速露呈する。

 というかそもそも、「デートを見に来る」とはどういう状態なのか。


「ウチらがいつも通り過ごせるよう、こっそり見守るってさ。もう来てるから、大丈夫大丈夫」

「えっ、もう来てるの?」


 適当な嘘をでっち上げると、春輝はキョロキョロ周囲を見回す。


「どの子……?」

「まーまー、春輝クンは気にしないでいいって。その方が自然に振る舞えるっしょ?」

「どっから見られてるかわからない方が、あんまり自然に振る舞えない気がするんだけど……」

「いいからいいから」


 当然のことながら、実際には露華たちを見ている何者かなど存在しない。

 よって、露華は強引に話を進める。


「ちなみにその子、露華ちゃんとはどういう関係なの?」


 しかし、春輝はやはり非実在少年のことが気になるようだ。


「あー、ね? 関係ね?」


 一瞬、考えて。


「委員会で一緒の子なんだけどー。私とペアで作業することが多くて? なんか、いつの間にか好きになっちゃった的な感じ?」

「なるほど……」


 なお、これ自体は先日あった実話である。

 尤も、彼は一度断るとちゃんと諦めてくれたのだが。


 咄嗟に上手い言い訳が思い浮かばなかったのと、下手に作るより実際の出来事をベースにした方がリアリティがあるだろうとの判断だった。


(松岡くん……ごめんね?)


 件の少年、松岡くんに心の中で謝罪しつつ。


「それよりほら、デートはもう始まってるんだから!」

「っ……」


 春輝の腕に抱きつくと、春輝はピクリと少しだけ反応する。


「……そうだね、行こうか」


 けれど、微笑んで露華を伴い歩き出した。


 どこからか見ている松岡くん(不在)に動揺を見せない心積もり、というのもあるのだろうが。


(チッ……もう、この程度じゃほとんど反応無しか)


 これもまたなんだかんだで鍛えられているのであろう春輝の耐性に、露華は内心で舌打ちする。


(でも、ま……デートは始まったばっかだし?)


 そんな風に気を取り直し。


「春輝クン、しーっかり『カレシ』として振る舞ってよね?」

「あぁ、頑張るよ」


 気合いの入った様子の春輝の腕を掻き抱きながら、露華もまた気合いを入れ直すのだった。



   ◆   ◆   ◆



 そして、やってきたのは。


「すげぇ久々に来たな……学生の頃以来か……」


 電車で数駅、地方特有のそこそこの規模の遊園地であった。


「ウチ、遊園地って来るの初めてぇ!」

「あっ、そうなんだ?」


 はしゃいだ露華の言葉に、春輝は少し意外に思う。

 さほど娯楽施設が多いわけでもないこの地域で、大概の子供は一度くらい連れられてくるものだと思っていたのだが。


 と、そこまで考えたところで。


(そっか、露華ちゃんのところは……)


 早くに母親を亡くし、父親は仕事で忙しかったと聞いている。


 恐らく、あまり外に遊びに連れて行ってもらった経験などがないのだろう。


(それじゃ……今日は、沢山楽しんでくれるといいな)


 本題の彼氏役とは別に、露華に楽しんでもらえるよう精一杯エスコートしようと決意を新たにする。


「それじゃ、今日中にアトラクション全制覇しないとだね」

「あはっ、めっちゃ張り切るじゃー、んっ」


 最後に露華の声が少し跳ねたのは、恐らく春輝がその手を握って歩き始めたからで。


「……うんっ、全部回っちゃおっ」


 そっと握り返す露華の頬は、少し赤くなっていた。



   ◆   ◆   ◆



 そうして。


「あっ、メリーゴーラウンド! あれ乗りたい!」

「ふふっ、それじゃ行ってきなよ。乗ってるとこ、写真撮ってあげるから」

「なーに行ってんの、春輝クンも乗るに決まってるっしょ?」

「えぇ……? 流石に、この歳になってメリーゴーラウンドはちょっと恥ずかしいんだけど……」

「ウチの『カレシ』……でしょ?」

「む……確かにね」

「ウチの後ろに乗るんだからねー?」

「逆に、その方が一人で乗るよりは恥ずかしくない気はするな……」


 そう言いつつも、メリーゴーラウンドに乗ってはしゃぐ露華を後ろから抱き締めては緊張に身を固くし。



   ◆   ◆   ◆



「初ジェットコースター、めっちゃ緊張するわー……!」

「ははっ、俺も久々だから結構緊張してるよ」

「あっ、ヤバいヤバいヤバいそろそろ落ちちゃうじゃん春輝クン手ぇ握ってぇ!」

「はいよ」

「来る来る来………………うっひょー! めっちゃ気持ち良いー!」

「順応早いね……!? 俺は結構しんどいけど……!」

「ねぇねぇ春輝クン、バンザーイってしようよ! バンザーイ!」

「ちょっ、俺の手まで無理矢理上げないで……!? 浮遊感でなんか凄い不安な感じになるから……!」

「ウチのカレシでしょっ?」

「くっ……わかったよ!」

「ひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ジェットコースターでは、両手を宙に放り出してヤケクソ気味に叫び。



   ◆   ◆   ◆



「うぇーい! 回すぜ回すぜー!」

「ちょっ、露華ちゃんコーヒーカップってそういう楽しみ方するもんじゃないと思うんだけど……!」

「いいからほら、春輝クンも全力で回して回して!」

「えぇ……?」

「ウチの『カレシ』でしょーっ?」

「これはもはや関係なくない……!?」


 などと言いつつも、結局は全力でコーヒーカップを回してややグロッキーになり。



   ◆   ◆   ◆



「うっひゃー、思ったより派手に水掛かるんだねー」

「だね……俺も忘れてたよ……」


 現在、ウォータースライダーに乗ってびしょ濡れになった姿で軽く苦笑を浮かべ合っているのであった。


「っ……って、露華ちゃん前隠して!」


「んあー?」


 露華の方を見た春輝が慌てて視線を逸らし、露華がのんびりと疑問の声を上げる。


「っ、きゃっ!?」


 けれどすぐに、シャツの白い部分に下着が透けていることに気付いて慌てて手で前を隠した。


「ほら、これ着な」


 と、顔を背けたまま春輝は上着を脱いで露華に羽織らせてくれる。


「でもそれ脱いだら春輝クン、寒いっしょ?」

「いいんだよ、俺は」


 そこで言葉を切り。


「君の……彼氏、なんだから」


 そう口にする春輝の頬は、元から赤かったのが更に赤みを増していた。


「……あはっ」


 ニンマリ笑う露華だが、その頬もまた先程より少し赤い。


「今のはカレシポイント結構高かったよー?」

「光栄だ」

「んじゃ、せっかくなんで着させてもらうね」

「どうぞどうぞ」


 そんなやり取りを交わしながら、露華は上着に袖を通す。


「……んふふっ」

「うん? どうかした?」


 頬を緩ませた露華に、春輝は首を捻った。


「春輝クンの匂いがする」


 と、露華はブカブカの袖口を顔の前に持ってきてスンスンと鼻を鳴らす。


(なんだか……春輝クンに包まれてるみたいっ)


 露華としては、そういう意図だったのだが。


「えっ、加齢臭が……!?」

「あはっ、誰もそんなこと言ってないじゃーん!」


 ショックを受けた様子を見せる春輝を見て、露華はケラケラと笑った。


「や、やっぱそれ返して……! ほら、売店いけばたぶんシャツくらい置いてあるだろうし……!」

「ダメ~! もうこれ、ウチのだもーん」

「あげたわけではないからね!?」


 伸びてくる春輝の手を、露華は軽やかなステップで躱す。


(なんか……今日、いい感じじゃない?)


 思ったより春輝が『彼氏』をしっかりと演じてくれているおかげで、まるで本物の恋人同士で過ごしているような気分になっていた。


(春輝クンは……どう、思ってるのかな?)


 露華が、そんなことを思った時のことだ。


「小桜さん!?」

「はぇ?」


 明後日の方向から呼びかけられ、露華のステップが乱れた。


「おっと」


 そこに春輝が追いつき、上着に手をかける。


 それから、二人揃って声の方へと目を向けると。


「えっ……松岡くん!?」


 先程設定のベースにさせてもらった少年、まさかのご本人登場であった。

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