SS79 恋人になってください

「ねぇ……春輝クン」


 頬を少し上気させた露華が、春輝と向かい合う。


「ウチの、さ」


 一瞬、躊躇するようにそこで言葉を切って。


「ウチの……恋人に、なってください」


 春輝を真っ直ぐ見つめながら、そう口にした。


 一方の春輝は、それを受けて。


「いいよー」


 微笑を浮かべ、とても軽い感じで頷く。


「………………ほーん?」


 たちまち、露華がジト目となった。


「ちな、そのココロは?」

「あれでしょ? 何らかの事情で彼氏役を用意する必要があるってことでしょ? 大丈夫、俺そういうの勘違いしないタイプだから。散々見たやつだからね」


 なお、この場合の『散々見た』対象は二次元が対象であろう。


「正解……チッ」

「なんで今、舌打ちされたの……?」

「もうちょっと面白い反応してくれると思ったのにー」

「ははっ、それはご期待に添えず申し訳ない」


 春輝が、微苦笑を浮かべる中。


(これ、マジの時・・・・もこういう反応になる可能性大だよねー……今までの態度を反省すべきか……にしても、ちょっとくらい動揺するとかさぁ……まぁ、予行練習になったと思えば良しとしよっか……)


 露華は、心中でそんなことを考えていた。


「ちなみに、どういう経緯でそうなったか聞いても大丈夫?」

「あー、うん」


 春輝の問いかけに、露華は意識を目の前のことに戻した。


 それから、今度は今日の昼のことを思い出す。



 ◆   ◆   ◆



「露華さー、例のカレとその後なんか進展あったん?」


 昼休み、お弁当を食べながら友人からそんな質問を投げかけられて。


「んあー? やー、特にはないかなー」


 露華は、何気ない調子でそう答える。


『そっかー……』


 同席していた女子一同が残念そうな表情となる中、露華は唐揚げを自身の口に放り込んだ。


(……そういや、最近マジで何もなくね?)


 そして、モグモグしながらふとそんなことを考える。


「ラストのそれっぽいのは……もしかして、お姫様抱っこでのキスまで遡る……?」


『めちゃくちゃ進展してんじゃねぇか!?』


 少し前の出来事を思い出しながらの露華の呟きに、一同が一斉に叫んだ。


「えっえっ、詳しく詳しく!」

「いつ!? どこで!?」

「つーか、どうやったらそんなシチュになんのよ!?」

「や、その前に付き合い始めるとこのエピソードからヨロ!」


 興奮気味に、次々と質問が飛んでくる。


「や、付き合ってはないんだけど」

『付き合ってないのにキスしたの……!?』


 衝撃を受けた様子ながらも、内容が内容だけに周囲に聞こえないよう小声で叫ぶという器用な真似を披露する友人一同である。


「てか、あん時は結局直前で止まったからキスもしてなくて」

「だとしてもだよ!」

「何、オトナの関係ってやつ……!?」

「んんっ……!? 『あの時は』ということは、もしやそれ以外の時には……!?」


 色めきだつ声をボーッと聞きながら、露華は思考を巡らせていた。


(白亜はなんか覚醒入ったっぽいし、お姉は過失キスかますし、桃井さんは相変わらずクッソ強いしで……おっとぅ?)


 つぅ、と頬を汗が流れる。


(ワンチャン……今、ウチが一番遅れてるまであるか……?)


 それが、冷静に分析した場合の露華の現状認識であった。


(こりゃ、お姉を煽ってる場合じゃねぇな……とはいえ……)


 と考えていたところに。


「……小桜さん。もしや、進みそうで進まない関係に手詰まり感を感じていらっしゃるのではござらんかぁ?」

「っ……」


 心中を言い当てられて、ヒクと頬が動いた。


 発言者は、椿本つばきもと瑠璃るり

 ややオタク寄りのメガネ女子である。


「ちょっと待って、お姫様抱っこって進展してない扱いなの……!?」

「未遂だとしても、キスまでいきそうだったんでしょ……!?」

「オトナ過ぎてついていけないんだけど……!」

「チッチッチィ」


 他の女子一同の動揺に、瑠璃はしたり顔で指を振った。


「ポイントは『子供扱いされている』……ですな?」


 ちなみに彼女は以前、露華の片思い状況をかなり正確に見抜いた実績を持つ。


「色々としてくれる、だけどそれはきっとこっちを子供扱いしてるから。カレは私のこと、恋愛対象として見てくれてないんじゃないの……? なんて?」


 そして、今回もまた露華の心情を正確に見抜いていた。


「ははっ、お手上げだよ瑠璃りん」


 露華は、微苦笑を浮かべながら両手を挙げる。


「ヒュゥ! 当たりでござるかぁ! わたくし、そういう展開大好物ですぞぅ!」


 そんな露華を、瑠璃がニンマリ笑いながら両手の人差し指で指した。


「さて、そこで一つ提案があります」


 かと思えば、スンッと真顔に戻る。


 テンションが上がった時は謎のオタク口調が出る瑠璃だが、普段は丁寧な口調のクール女子である。

 その擬態自体は完璧なものだが、本性が割と簡単にまろび出る傾向にあるのであまり擬態出来てはいない。


「名付けて……『カレに恋人のフリをしてもらって、私のことを意識させちゃおう作戦』です」

『あー……』


 瑠璃の提案に、やや微妙な周囲の反応。


「これがどういう作戦なのかと申しますと……」

「や、大体わかるからいいわ」

「漫画でよくあるやつっしょ?」

「てか、作戦名で全部説明出来てんじゃん」


 説明を始めようとする瑠璃に、次々ツッコミが入る。


「ご理解いただき恐縮です」


 特に気にした風もなく、瑠璃はクイッとメガネを上げた。


「とはいえ、今どきそんなのに騙されてくれる人いるぅ?」

「それこそ、ありがちなアレだもんね」

「つーかもはや、そのお願いをする時点で告白同然まであるくね?」


 と、友人一同の評価はよろしくないようだが。


「いや……」


 露華もまた、瑠璃の案について検討し……春輝の顔を思い浮かべて。


「あの人なら……騙されるね!」


 そう、結論を下したのだった。



   ◆   ◆   ◆



 結果。


「いやぁ、実はさぁ。告白断ったのに、しつこい男子がいてぇ。つい、『カレシいるし』って言っちゃったんだよねぇ。したら、ホントにいるのかめっちゃ疑われちゃってぇ? じゃあ今度デートするから、見に来ればいいじゃん! 的な流れになっちゃった的な?」

「なるほど……モテるのも大変だね」


 果たして、かなり雑な設定だったが春輝はあっさり信じた様子であった。


「でも、俺を頼ってくれて嬉しいよ」

「ふーん? それってもしかしてぇ?」


 何気ない調子の春輝の言葉に、ふと思いついて露華はニンマリと笑って見せる。


「ウチの彼氏役を、クラスの男子とかがやるの春輝クン的にはイヤ……ってことだったりぃ?」

「えっ……?」


 その問いかけに、春輝はそんなこと考えてもなかったとばかりに目を瞬かせた。


 それから、考えるように少しの間を空けて。


「そうだね、ちょっとイヤかもね」

「おっ、とぅ……!?」


 肯定されるとは思っておらず、露華の胸中に動揺が広がる。


(もしや、ジェラってくれてる系だったりぃ……?)


 と、少しだけ期待するも。


「だって、相手役の子が可愛そうじゃない?」

「可愛そう……?」


 今度は露華の方が、予想外の言葉に目をパチクリ。


「露華ちゃんみたいな子と恋人の距離感で過ごしちゃったら、高確率でホントに好きになっちゃうだろ?」

「はぇ?」

「なのに偽物の立場に徹さないといけないのは、可愛そうかなって」

「っ……そ、そっ……かぁ……そういう、視点はなかったかなぁ……」


 続く言葉も予想外で、頬が熱を持ったのを自覚して思わず顔を俯ける。


 少なくとも春輝は、恋人の距離感で接して「好きにならない方がおかしい」くらいに露華を評価してくれているらしい。


 ……もっとも。


「ほっ……ほっほーん? それじゃ、春輝くんもウチのこと好きになっちゃうのかにゃー?」

「ははっ、そうかもね」


 胸をツンと突付いた程度では、今更春輝に動揺もなく。


(肝心な人に刺さんないと意味ねぇんだよねぇ)


 露華は、内心で苦笑する。


(でも、ま、本人のお墨付きもいただいたことだし……好きになってもらうとしましょっか!)


 それから、気持ちを新たにするのであった。





―――――――――――――――――――――

更新が遅れがちで申し訳ございません。

また、重ねて申し訳ございませんが次回更新は9/26(日)目処とさせてください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る